第12話 晴天の不死者

 青空の下、ビルの高さにして五階程度の高さから、シャインは落ちていく。重力を受け、その身体は落下速度を増していく。


 城守彩は、落ちていくシャインを見つめることしかできなかった。救う手立ては持っていない。


 レインは、包川から視線を外さない。持っていたペットボトルから水の弾丸を撃ち出す。


「あ、お前。あの時のやつか。その手品は、無駄だってわかってんだろ?」


 包川は、あの夜と同じように透明な空気の風船で防ぐ。目の前で水が四散し、風船の四角い平面を露わにしただけだった。ブロックのような透明な風船だ。


 青い空に太陽が輝いている。


 シャインは足から着地できるように、空中で体勢を整えた。


 芝の地面に衝撃が走った。同時に空気が震えて音を運ぶ。シャインが地面に着地したのだ。直ぐさま、包川のところへ走り出す。ダメージは全く受けていなかった。


「あの高さから、な、何で無傷……」


 包川は慌てて透明な風船で、シャインの突撃を防いだ。だが、シャインは、その透明な風船に右手刀を斬るようにあてる。右手はわずかに光っているようだった。弾力ある風船が溶けるように開く。そしてしぼむ。


 銃弾すら防ぐ防御壁を解体されて、包川は慌ててシャインの足元から透明な風船を作り上げる。先ほどと同じ様に、再び上空へとシャインを追いやる。そして、自らも少し遅れて、四角い透明な風船を地面から膨らませて空へと上がっていく。


「何度やっても、同じだって」

 シャインが得意げに言う。


「うるさい! 同じことをするわけないだろう。滝石を殺した方法がダメなら、角脇を殺した方法も加えてやる」


 包川はシャインの上空にさらに透明な風船を生成して、素早く圧縮していく。そして、軽く手を叩いた。シャインを乗せていた透明な風船が割れる。


 シャインが落ち始めると同時に、包川はもう一度を手を叩いた。圧縮された空気の砲撃がシャインの身体を捉える。重力による自由落下に加えて、空気砲の衝撃がシャインを急激な速度で地面へと叩きつける。


 さすがのシャインも、今度は体勢を整えることができない。


「シャインさんっ!」


 彩が叫ぶ。だが、その声には、彼女を救う力はない。


 シャインは高速で地面に激突した。先程よりも重い衝撃が広がる。


 ボキッバキッ、ぐちゃっ。硬いものが折れ、柔らかいものが潰れる音がした。地面に激突したところから、そんな音が響いた。


 青い空には、太陽が輝いている。


「ははははっ。ほら、死んだ。異能を持っていようと、ぼくには触れることもできずに死ぬんだ!」


 包川はビルのような形の透明な風船の上で、両手を広げて言った。


 城守彩は、驚きと恐怖を隠せなかった。目の前で、こんなにもあっさりと人が殺されたのだ。


 彩の隣でレインは、シャインが激突した場所を一瞬見た後、言った。


「城守さん、例のスイッチをオンにしてください。あと、斗沢の側で護衛を頼みます」


 彩はあまりに冷徹すぎるレインの態度に、嫌悪感を覚える。そして、不安にもなった。


「今度は、レインさんが戦うのですか? 相性が良くないって……」


 そう言いながらも、彩は手元に携帯端末を取り出した。自分のものではない。このサッカーグラウンドの備品だった。


「今日はシャインに任せるって話だから、俺はサポート。そのためにスイッチをオンにね。頼むよ」


 レインは、まるでシャインが五体満足で戦線にいる前提で話しているようだった。


「シャインさんはさっき……」


 そう言って、彩はシャインが落ちたところを見た。そして、そこから目が離せなくなった。


 彩の視線の先では、大きな球形状で空気が揺らいでいた。丸い蜃気楼という言葉が合いそうだった。その丸い揺らぎの中では時が早戻るかのような光景が映っていた。シャインの身体が元の形を取り戻すように還っていく。


 揺らぎが消えた。シャインが何事もなかったかの様に直立していた。


「何度やっても、同じだよ」


 シャインがもう一度、上空にいる包川に視線を向けながら言い放った。


「……あいつは、太陽の下でなら不死身だ。誰にも負けない」


 レインは、平然とした態度で彩に伝える。


「さぁ、城守さん、スイッチをオンにしてくれ。逆転劇を始めよう」


 そう言われた彩は、手元に持っていた携帯端末の画面を見て、言われるままにそのスイッチをオンにした。


 それは、サッカーグラウンドのスプリンクラーのだった。いくつもの場所から装置が顔を出し、勢いよく水を噴出しながら回転しだした。


 その水をレインが操る。霧のように細かくなった大量の水滴が、宙を舞い、包川が作り出した透明な風船にまとわりつく。透明であることの強みが消失する。どこにどんな大きさで透明な風船があるのか、空間に映し出されていく。


「ふざけるな。たとえ見えたとしても、敵うはずがない」


 包川は、幾多の透明な風船を作り出し、シャインやレインに向けて放つ。物量によって近づかせない狙いのように思えた。


 だが、シャインが一人で圧倒的な速さと身体能力を使って、いくつも風船を斬る様に割っていく。見えていれば余裕な作業だった。彼女の左右の手刀が淡く光っている。


 しかし、物量ある透明な風船は、包川が用意した囮だった。


 上空にいる包川は、その間に本命として巨大な透明な風船を圧縮していた。あたり一帯に作られた霧によって見えてしまっているが、あの女には防げないはず。狙いは斗沢だった。まずはあいつを殺して目的を達成する。その後は逃げればいい。無理に異能の勝ち負けを決めようとするのは愚かなことだ。包川は冷静だった。


 圧縮した透明な風船を、斗沢の背後に忍ばせるように操って移動させる。吹っ飛ばして、サッカーゴールの柱にでもあててやる。


 空気砲を放った。だが、その透明な超圧縮された空気は、斗沢にはぶつからなかった。透明な風船自体があさっての方向へと飛んでいく。


「な、何でた?」


 包川は、仕掛けが失敗したことに狼狽した。


「お前の異能は、周囲にある空気を詰め込んで透明な風船を作る。空気を生み出しているわけではない。まわりにある霧も取り込んでくれた。感謝してるぜ。水を含んだ風船なら、俺にも操れる。簡単な手品だ」


 レインが、その細い目開いて、上空で驚いている包川に告げた。思いの外、大きな声だったので、彩は驚く。そして、あ、この人、けっこう根に持つタイプだと思ったのだった。


 シャインは周囲の風船を斬り終わった。残るは包川を上空に留めているビルのような高さの風船だけだった。


 ビルの様に大きな風船に向けて、シャインは軽く駆けて跳躍した。右手で作った手刀をその壁に当て、落下に任せて斬り開いていく。勢いよく空気が漏れ、しぼんでいく。


 包川は体勢をくずした。足下の風船が萎んでいくのだ。当然だった。このままでは落下してしまう。慌てて、宙に浮く大きくて透明な風船を作り出した。それに乗り換える。


 斗沢を見逃して撤退しようと、包川は決めた。その瞬間だった。生成したばかりの風船が大きな音を立てて割れた。


 包川はガシッと背後から捕まった。


「にひひ。やっとかな」


 背後から聞こえたのは、シャインの声だった。異能を使って跳躍し、割る勢いで風船を突き抜けてきたのだった。


 包川は、シャインに羽交い締めにされた。その状態で一緒に落下を始める。異能を使ってシャインを引き剥がそうとした瞬間だった。


「超絶な絶叫アトラクション、スタート!」


 シャインは、包川を羽交い締めにしたまま回転しだした。さながら、アイスリンクの上で高速に回転するフィギュアスケート選手のように。


 自由落下のゾッとさせる浮遊感に加えて、高速に回転する視界。重力と遠心力のワルツは激しかった。


 シャインは包川を羽交締めにしたまま、芝の地面に着地する。異能によって当然、無傷だった。平衡感覚も問題ない。


 包川は、高速落下と高速回転をさせられたことで、三半規管が正常に働かなくなっていた。シャインから解放されたが、地面がひっくり返るように感じながら、倒れる。倒れても激しく地面が回っているようだった。それでいて、逆立ちをしているようなつらさ。


 シャインは、ポケットからオートインジェクターを取り出すと、倒れ込んでいる包川の首元に撃ち込んだ。


「確保完了だよッ!」


 シャインは、彩たちに向かって、ニッコリとVサインを決めた。

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