第13話 取り調べ

 レインは、いまだ三次元空間の酔いで伏している包川に駆け寄った。彼の衣服に操った水をかける。回っていたスプリンクラーからの水だった。異能で拘束するためだ。濡れた衣服が包川の関節を固定する。


 そして、城守彩も、手錠を取り出し包川の両手首に嵌めた。


 レインがスキャングラスで確認し告げた。


「包川の判定は、レベル1のグリーンに変わった。もう異能は使えない」


「先ほど、斗沢へ向けた自白がありました。さらに殺人未遂の現行犯で逮捕です」


 彩が背筋を伸ばしたスーツ姿で言った。


「彩ちゃん、それは大げさだよー。私は、お日様の下では死なないから」


 シャインは、晴れ晴れとした笑顔で言った。レインは、それでも暴行罪やらはあるだろうと心の中で呟く。


 レインたちによって、拘束された包川は車へと運ばれた。実際は、シャインが異能を使って担いだのだった。もちろん、うら若き乙女の仕事じゃないよって思いながら。


 女神ヶ丘市都城とじょう区、そこにある都城大学から女神ヶ丘警察署へと包川は連行された。女神ヶ丘警察署は、同市の天円区てんえんくにある。


 *


 警察署で、ひと息ついた後、さっそく包川の取り調べが始まった。担当するのは、他の事件捜査の応援からもどっていた正岡。そして、城守彩だ。


 レインとシャインは別室だった。取り調べの模様をオンラインモニターの映像と音声で確認する形。二人の刑事のイヤフォンに聞きたいことを伝えられるようにしてある。


「斗沢さんへ向けて、滝石さんと角脇さんを殺したと告げていましたね。間違いありませんか?」


 城守彩が、包川に確認する。


 取調室のドアは閉じられていた。机を挟んで包川と彩が向かいあわせに座っている。正岡は彩の横に立っていた。当然、包川の両手首は手錠で繋がれたままだ。


「……」

 包川は、口を閉ざしている。


「お答えいただけなくても、大丈夫です。私があの場におりました。ウェアラブルカメラで録画はしています」


 それを聞いた包川は、冷たく告げる彩の顔を見た後、うなだれた。すでに証拠は彩が身につけていた小型カメラで確保していたのだった。


「滝石さんと角脇さんを殺した動機は、何だ?」


 正岡が聞く。包川が面倒くさそうに顔を上げる。


「昔、いろいろ嫌がらせを受けていたから。その仕返しだよ」


 包川はつまらなそうな顔で言った。楽しみを取り上げられた子供の様にも見えた。


「空気を操る異能の力は、急に使えるようになったと思うのですが、何かきっかけがあったのですか?」


 彩が切れ長の目で、包川の表情を見逃すまいと見つめながら言った。


「…………」


 包川は、彩の視線に耐えかねて目を逸らす。沈黙したままだった。


 レインが二人の刑事のイヤホンに声を届ける。それを受けて、正岡が訊く。


「『魔女』のような女性に会わなかったか? そういった服装ではなく、見た瞬間にそう感じるような人物にだ」


 包川は目を見開いて、質問した正岡を見る。そして、少し考えた後、急に話し出した。


「……会ったよ。彼女たちのことだろう? ある晩、近所のコンビニに買い物にいった帰りだった。ぼくのアパートの前に、黒い服をまとった長い黒髪の女性と白い服をまとった銀髪の女性がいた。いつの間にかそこにいる感じだった。二人の女性はそっくりだった。双子のように思えた。美人の姉妹かもしれない。でも対照的だった」


 まるでその人物たちを崇拝しているような、急に熱がこもった話ぶりになった。彼の顔が紅潮しているのがわかる。


 その話を聞いていたレインがつぶやく。


「彼女たち? どういうことだ」


 刑事二人は、包川の独白を沈黙で促す。


「包川さんですか? と確認された。うなずくといきなり黒髪の女性にキスをされたんだ。驚いた。舌を絡めるような深いやつだよ。そして、銀髪の女性にも抱きつかれて耳元で、『お大事になさってくださいね』と言われたんだ」


 包川は、その時のことを思い出して恍惚とした表情になっていた。


「なぜ、『お大事に』と言われたのですか?」


 彩が少し嫌悪感を滲ませながら、問う。


「……その後、その興奮して寝られなかった。でも、それだけじゃなかった。急に熱が出て悪寒がして、布団から出られないくらい具合が悪くなった。二日くらい寝込んだ」


 レインはモニターごしに、包川の話を真剣に聞いている。


「そして、体調が復活したら、今まで以上に調子が良くなっていた。あの力が使えるようになっていたんだ」


「異能が使えるようになって、なぜ、あの二人を殺害しようと考えたのですか? 動機は先ほど伺いましたが。大学を卒業して随分経ってますよね」


 彩は静かに聞いた。異能を獲得した経緯は、なんとなく分かったが、殺人までまだ結びついていない。


「彼女たちからと思えるメッセージが、携帯端末に届いたんだ。差し出し人は適当な文字列だったけれど、辛かった過去に復讐したくないかという内容だった。そして、斗沢を含めた三人の位置情報が送られてきた。『どうして、そのことを知っているのか』と返事をしたら、『あなたに、しあわせになってほしいから』と」


 その後に何回かやりとりした中で、包川は復讐を実行する気持ちが高まっていったという。三人を葬れば、自分の辛い過去を忘れることができ、彼女たちに再会できるかもしれないと考えるようになったそうだ。そして、「ウィル」の異能者が邪魔をしてくるかもしれないと教えてもらったとのことだった。


 取調室から離れた別室にいるシャインは、隣にいるレインに聞く。


「『魔女』って双子なんですか? それとも姉妹?」


「……いや、『魔女』は一人なはずだ。雨宮家が仕えていた『魔女』は悠久の刻を生きてきた女性だ。黒髪で黒い服装を好む。話に出てきた銀髪の白い服の女性は……何者だ?」


 レインは自分に問いかけるように言った。双子や姉妹に見えたというのが、ひっかかる。


 その後、取り調べは時間が来たので終了となった。警察医により、包川の血液採取が行われた。犯罪行為をした異能者は、例外なく血液サンプルを採取されることになっている。



「とりあえず、引き続き調査はあるにせよ、私たちのお仕事は完了ですね」


 シャインは両腕を上にあげて伸びをしながら言った。警察署の建物から出たところだった。


「あとは正岡さんたちに任せるしかないが……調書は提供してもらえないか交渉したいな」


 レインは、考え込みながら言った。

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