第11話 二度目の接触
天気の良い日曜日だった。朝寝坊をした包川は、一人暮らしのアパートで窓のカーテンを開ける。すでに日は登っていた。日の出から時間が経った午前十時過ぎ。何の予定もない日。
先日は帰宅途中に変な男に絡まれたが、大したことはなかった。自分と同じ異能者だったようだが、返り討ちにしてやった。どうやって逃げたか知らないが、能力の差は歴然だった。気にする必要もない。
そう思いながら、包川はオーブンレンジで食パンを焼いていた。
異能を手に入れてから、本当の人生が始まったような気がしている。圧倒的な力。それを自由に行使する。空気を操る能力だ。これはとんでもない力。なぜなら、空気はどこにでもあるから。その空気を風船のようにして自由自在に操れるのだ。
眠気覚ましのインスタントコーヒーを作りながら、考える。
人を二人殺した。でも、捕まるかもという恐怖はない。罪の意識もない。自分は人間以上の存在になった優越感が、それらを感じさせない。学生時代の不幸は思い出すかもしれないが、あと一人、斗沢を葬ればそんな悩みも消えるだろうと思う。
テレビをつけ、トーストをかじりながら、携帯端末を見る。
メッセージがちょうど届いた。差出人は記号を適当に並べたような文字列である。でも、包川はこれまでも届いてた情報から信頼していた。書かれていたのは、斗沢の現在位置の情報だった。添付された地図の画像に記された場所は、都城大学。母校に何かの用事で行ったのか。ちょうど良い。
脳裏に一瞬、あの三人にいじめられていたことが浮かんだ。授業を勝手に欠席にされそうになったこと。教室が変わったと言われ、そこへ行ったら誰もいなかったこと。レポートの期日が延びたと嘘を言われたこと。それらは、おそらく遊び半分でやられていたのだろう。だが、奨学金とアルバイトで金を工面して、何とかやっていたあの頃の自分にとっては、単位を落としそうになるひどい仕打ちだった。
包川はだんだんと怒りが沸いてきたのを感じる。思い出したくもないことだ。斗沢を殺して、早く忘れてしまいたかった。
都城大学はここから近い。人目を避ける夜を選ぶ必要もない。もう殺してスッキリしたかった。後のことは、その時に考える。
この能力があれば、例え相手が異能者であろうと勝てる自信がある。身の回りにある空気を自由に操れるのだ。自分に触れられることはまずない。もう会社員の生活を無理して続ける必要はないのかもしれない。
包川は、適当に身支度をしてアパートを出た。
空気を操る異能を使えば、高層ビルの屋上へ簡単に登ることもできるし、空を歩くこともできる。試していないが、うまく使えば、空気の噴射力で空を飛べるかもしれない。斗沢を仕留めたら、研究してみるのも面白いだろう。
そんなことを考えながら、包川は公共機関を使って都城大学に向かった。
三十分おきに、斗沢の居場所を教えてくれるメッセージが届く。自動発信されているようだ。前の二人の時もそうだった。
斗沢はまだ、大学のキャンパスにいるみたいだ。どうやって殺そうか。何となく前の二人と同じでは、つまらないなと感じていた。
*
「ほ、本当に、包川が滝石と角脇を殺したのですか?」
斗沢という男は少し怯えた表情で言う。すこし憔悴した顔の男だった。だが、ジャケットやチノパンを着こなしている。普段はお洒落な男なのだろう。
レインとシャインは彼の護衛として、同行していた。また、刑事の城守彩と警察官二名も付き添っている。もう一人の刑事である正岡は、他の事件の応援で今日は不在だった。
ここは都城大学のキャンパスだ。日曜ということもあり、人は少ない。
「はい。その通りです。そして次に、あなたを狙っているでしょう。警察は彼の動きをマークしています。どうやらここに向かっているようです」
彩が護衛チームの代表のように述べた。『スティグマ・システム』で包川の行動を捕捉していることは伏せつつも、事実を伝えたのだった。
「包川を確保するためにご協力いただけること、代表してお礼を申し上げます」
と、彩が続けた。そして、包川を確保するまでの作戦の中で、斗沢が関わるところを説明した。
「わ、わかりました。本当に身の安全は保障してくれるのですよね? 大丈夫なのですよね?」
斗沢は説明の内容を聞いた後、不安そうになって訊いた。
「全力を尽くします」
彩が答えた。実際の働きは、異能者であるレインとシャインにかかっているのであるが、警察の面子というものもある。
やがて、包川が大学のキャンパス内に入ったことが確認された。
シャインが斗沢の側についている。傍目には、カップルに見えるだろう。それが狙いでもあった。大学のキャンパス内で、不自然さがない様にかつ護衛ができる形なのだった。
レインや彩たちは、離れた場所で待機している。残りの警官二名は人払いのために外していた。
レインの発案で、包川を待ち伏せる場所はサッカーグラウンドになった。青々とした芝生の本格的なサッカーグラウンドだ。聞けば、都城大学のサッカーチームはそれなりの強豪らしい。
シャインと斗沢が、サッカーグランドのゴール付近で話していると、近づく人影があった。
「よぉ、久しぶり、斗沢。こんなところで会うなんてな。すごい偶然だな。そちらさんは彼女か?」
包川が、遠慮なく話しかけて来た。
「包川……。滝石先輩と角脇先輩が亡くなったのは知っているのか?」
斗沢は、包川に拒絶するような眼差しを向ける。
「ああ、知っているよ。あの二人は僕が殺したんだから。次はお前だ」
包川の変わり様を見て、斗沢が怯えた表情になった。学生時代のおどおどした雰囲気は、全くなくなっていたのだった。
「ついでお前の彼女も一緒に殺してやるよ。可哀想にな、斗沢と付き合ったばっかりに」
包川の殺意を孕んだ声が、二人に向けられた。
その途端、地面から長方形の空気の塊が上方へと膨れ上がっていった。
危険を察していたシャインは、斗沢を強く押した。シャインだけ、上方へと高く膨らむ透明な風船で高所へと登らされたのだった。押された斗沢はサッカーグラウンドに尻餅をついている。
「はははっ。お前、間抜けだな。彼女に助けられてやんの。いいのか? 僕が異能を解除したら、女はあの高さから落ちるぞ」
包川は、斗沢を見ながらニヤニヤしていた。
シャインは、大きくて四角い透明な風船に押し上げられていた。エレベータに乗ったような勢いで、ビルでいうと五階ぐらいの高さまで上がってしまったのだった。
透明な風船は目を凝らさないと見えない。まるでシャインは空に浮いているようだ。
「どうする? 彼女の命乞いでもするか?」
包川は、優越感に浸った顔をしていた。
レインと城守彩が、斗沢と包川の間に割って入った。彩は銃を構えている。この市では、異能犯罪者に対しての発砲は許可されていた。
彩は、
「ぼくに銃は効かない。それにしても、警察を呼んでいたのか? ほんと気に食わないな」
そう言って、包川は両手をパンッと叩いた。それに応じるように、シャインを上空まで運んでいた透明な風船が割れた。
「もう、彼女の方から死んでもらう」
足場を失ったシャインは、自由落下をはじめる。五階建てのビルくらいの高さからだった。
「あっ」と、彩が声をあげて、落ちていくシャインを目で追う。
だが、レインはシャインのことなど気にしていないようで、包川を逃すまいと細い目で睨んでいた。
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