第9話 雨男の推理
包川との接触した翌日だった。レインとシャインは、事務所に出ている。
「レインさん、もう平気なんですか?」
「ああ。あの後、自宅で湯船に浸かっていたから、大丈夫だ」
水を操る力で、身体に受けたダメージを回復させる。全身が包まれる湯船は最適なのだった。
「透明な風船みたいなのを作り出して、操る力でしたね」
シャインは観察していたことを共有する。
「それで間違いないな。つま先を上げ下げする動作に呼応して、透明な風船はでかくなっていった。ポンプで膨らませるような、その動作が必須かまではわからないが……」
レインは、経験上、異能の発現に特定の仕草をする者がいると思っていた。ただ、異能に慣れてくると、そういった動作も自然としなくなるものでもある。
「透明な風船を圧縮させて放つ、空気砲みたいなのはやっかいそうです」
シャインが言ったことに、レインは同意のうなずきをした。
「とりあえず、刑事さんたちと情報を共有しよう。接触して手に入った情報で被害者二人を殺害した方法は推理できたから」
「ですね。あんな異能があれば、余裕でしょう」
シャインはそう言うと、コーヒーカップに口をつける。砂糖なし、ミルクありが好みだった。
レインは、携帯端末で正岡と城守、二人の刑事にメッセージを送る。ほどなくして返事が返ってきた。午後イチにオンライン会議をすることが決まったのだった。
*
レインは事務所のパソコンから、シャインは事務所の窓際付近で携帯端末から、オンライン会議にチェックインした。まだ刑事たちは会議には入ってきていない。
「お待たせしました。すぐに正岡も入ってきます」
一分ほど、誰もしゃべらない時間が流れた。
「お待たせした」
やっと、正岡が入ってきた。
おそらく携帯端末からオンライン会議に入ったのだろう。まだ落ち着いていないらしく、正岡を映すカメラがブレまくった。
「昨晩、包川に接触することができました。結論から言って、やはり彼は異能力者です。能力を使いこなしていました」
レインは簡潔に述べた。
「どんな異能かは、わかったのですか?」
彩が尋ねる。
「透明な風船のようなものを作り出して空気を操る力、と思われます」
今度は、シャインが報告した。
「残念ながら、その場で確保はできませんでした」
レインが添える。そして続ける。
「ただ、異能がわかったことで……二人の被害者、滝石さん、角脇さんがどのように殺されたのかは推理できました」
その言葉に、正岡と彩は驚いた顔をした。包川がスキャンレベルが3のオレンジだったから異能力者は確実と思っていた。だが、レインたちは接触することで殺害方法まで辿り着くとは。
「詳しく、その推理を教えていただけますか?」
彩が言った。目が好奇心に満ちていた。声のトーンにもそれが感じられる。頬も少し紅潮しているように見えた。
「ああ、レインさん、シャインさん。城守は大のミステリー・マニアでね。本格ものからライトなものまで、読み漁っているんだよ。そちらの事務所の階下が本屋になっていることも羨ましいと言っていた。謎解きには、目がないんだ」
正岡が言った。それは彩の反感を買ったらしく、彼女は冷たく言い返す。
「正岡さん、今のはホビハラですよ。ホビー・ハラスメント。個人の趣味を勝手に暴露するなんて、ひどいですね。今の話の流れで、私の趣味を公にする理由がわかりません。最低です」
オンライン越しにも関わらず、その切れ長の目から放たれる冷たい視線が正岡を射抜く。彩の切り返しで、場が一気に冷えた。
「いや、ほら、滝石の遺体が発見された事件現場で言ってたじゃないか。女子高生探偵が活躍するライトノベルで、屋上で転落死した事件の話があったって……。それを最近読んだって」
正岡が言い訳のように話し続けるのを、レインとシャインは傍観するしかなかった。
「あのお話は学園が舞台で、今回のは高層オフィスビル。周囲の条件がまったく違います。なので、その話に出てきたトリックは不可能とも言ったはずです。一体、何年刑事をしているんですか? 今ここで話す必要ないですよね」
話をしている途中から、彩に切り返されて、見事に返り討ちにされた正岡は、黙ってしまった。
しばし、沈黙が流れた。
「……それでは、包川に接触して得た情報から検討した推理を聞いていただけますか?」
レインがやっと話を戻した。彩がうなずく。好奇心に満ちた目に戻っている。それを見て、レインとシャインは何故か安心したのだった。
「まず先に、角脇さんの事件から。オフィス内で、長い廊下の先にあった曲がり角の壁に転落していた件です」
レインが話し始めた。
「簡単に言えば、異能で作り出した透明な風船を使って、角脇さんを吹っ飛ばして、曲がり角の壁に叩きつけたとなります」
「透明な空気の風船を使ってとは、具体的に?」
彩が詳細を尋ねる。
「包川の能力は、透明な風船をつくり、中の空気を圧縮することができました。さらに特定の方向にその圧縮した空気を放つことも可能です。人を吹っ飛ばすくらいの威力を余裕で作り出せます」
そう話すレインをオンライン会議のカメラ越しではなく直に見て、シャインは思う。それをこの人は飛ばされずに耐えたんだよなぁと。異能で何かをしたのは間違いないのだろうけれど。
「殺害方法はそうだとして、どうやって包川はあの現場に侵入したんだ?」
正岡がもっともな疑問を提示した。
「透明な風船の能力は、おそらく鍵穴に対して合鍵を作ることも余裕と思われます。鍵穴に合う形で空気を固めるわけです。オフィス内は電子施錠で管理されているところも多いですが、火事などが起きた時には、直接施錠を解除できるようになっているものです。特に避難経路になるところは」
レインが解説した。
「つまり、オフィスへの侵入にも能力を使ったと」
正岡の確認に、レインはうなずく。
「レインさん、ちょっと気になるのですけど、角脇さんが一人で残業していた時に狙われたのですよね? 彩ちゃんの話だと翌朝発見されてたってことでした。どうやって、一人で残業していたことがわかったのですか?」
シャインがレインに聞いた。
彩は「ちゃん付け」で呼ばれたことに驚いていた様だが、シャインは当然という様に気にしていない。
レインは、人間関係の距離を簡単に最短で詰める陽キャラなシャインを、いつも恐ろしいなと感じる。こいつの様な距離の詰め方をされた陰キャラな男がいたら、自分は好かれているとあっさり勘違いしそうだからだ。そして、そんな気はないよと爽やかに振るシャインも想像できるから、余計にだ。
「おそらく協力者がいる。絶好のチャンスになったことを伝えられたから、あの時あの場に包川は侵入し、角脇さんを殺害した」
「どうやって一人で残業しているとわかったのですか?」
今度は彩が尋ねた。
「俺らも使っている『スティグマ・システム』があるじゃないか。それなりのアクセス権を持っている者が包川に状況を教えた。絶好のチャンスだと……だから、包川はそれにのってオフィスの内で派手に殺しをした」
そう言った後、レインは一息いれて告げる。
「……おそらくこの事件は、いじめられっ子の復讐劇という単純な構図ではない。復讐劇を隠れ蓑にした、別の目的を持って行われた殺人だ」
レインの言葉に、他の三人は驚いた。
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