第8話 接触と隔絶

 包川が駅に向かう。距離をおいて彼を尾行するスーツ姿のレイン。傍目には帰宅途中の会社員に見えるだろう。シャインは、一本ずらした道で駅に向かう。


 改札を抜けて、電車を待つ包川。彼に気づかれにくい位置で、レインも待つ。シャインは、 同じプラットホームのかなり離れた位置で携帯端末をいじっていた。駅でよく見る姿だ。


 電車が来て、それぞれが乗り込む。包川と同じ車両で別の扉から乗ったレイン。シャインは隣の車両からだった。今のところ、気づかれてはいない様だ。


 包川が自宅の最寄駅で下車した。二人は彼の自宅も把握しているので、当然降りる駅も把握している。静かに追うようにレインも、シャインも降りた。


 包川は改札を抜けた後、買い物のためにコンビニに寄る。おそらく夕飯を買うのだろう。


 ここから彼の自宅へは閑静な住宅街になる。シャインは先回りするために先に行った。レインは外で待つのは不自然と思い、コンビニに入る。ペットボトルのミネラルウォーターを棚から取る。すでに鞄の中には二本ほど入っているのであるが、水量は多いに越したことはない。


 レインの異能は、簡潔にいえば「水を操る力」だからだ。


 包川がレジを済ませて、レンジで弁当が温まるのを待っている。レインは店内を物色するように歩き、包川が温められた弁当を受け取ったことを確認すると、素早くセルフレジで支払いを済ませた。後を追いつつ、ペットボトルの蓋を一度開けて、閉めておいた。


 静かで少し暗がりが目立つ住宅街。街灯の灯りが、定期的に道に明るさを広げている。


 包川が街灯の明るさの下にいて、レインはその外にいる。そのタイミングで声をかけた。こちらからは相手の表情がよく見えて、逆に彼からはよく見えないはずだ。


「包川さん、滝石さんと角脇さんをどうやって殺したんですか?」


 レインは単刀直入に尋ねたのだった。


 夜道で声をかけられたことに、包川は非常に驚いていた。しかし、すぐに冷静な表情になった。


 レインがスキャングラスに示される情報を確認する。やはりオレンジのレベル3。異能を使える。警戒する。


「あんたは警察か?」

「そんなところだ」

「……それとも、あの方たちがおっしゃっていた『ウィル』の異能者か?」


 そう言いながら、包川の右足は地面を足踏みするように動かしていた。


 レインは、先ほどコンビニで買ったペットボトルの蓋を開けて、その口を包川に向ける。中の水が高速に渦を巻き、一部が弾丸のような水の塊になって飛び出す。


 水を操る能力。ゆえに、相手の服を濡らせれば、拘束することができる。


 先手必勝。能力の見極めだ。運よく濡らせることができば、この場で確保、無力化も狙う。


 だが、水の弾丸は、レインと包川の間ではじけ散った。飛散した水滴が透明な壁のようなものを浮かび上がらせる。


「なんだそれ? 水鉄砲かよ。手品みたいでしょぼいな」


 包川がニヤリと笑った。


「僕のは、見えない砲弾だ」


 そう言うと、水に濡れている透明な壁は縮み始めた。水で濡れていたのは、ほんの一面だった。大きな正方形で風船のような透明な塊が圧縮されて、小さくなる。


 レインは驚き、ペットボトルを持っていた右手を下ろした。逆さまになったペットボトルから残っていた水がこぼれ落ちる。


「吹っ飛びな」と包川は言い放った。


 包川が、パンっと両手を叩いた。その合図に呼応するように、小さくなった透明な正方形の風船から圧縮された空気が、レインに向けて放たれた。


 爆縮された空気が、一方向に絞られて放たれたのだ。その威力は一人の人間を吹き飛ばすくらい余裕の威力だった。レインに直撃した。


 レインは両腕を身体の前に十字に構えて防御の姿勢を取っていたが、凄まじい威力が彼の身体をとらえた。持っていたペットボトルは吹き飛ばされた。鞄も転げ落ちる。


 だが、レインの身体は後方へ吹き飛ばされなかった。爆縮された空気のダメージは負ったが、吹き飛ばされて壁に叩きつけられる様なダメージは避けた。その場から動かされてはいない。


「な? なんで飛ばされない!?」


 包川は、予想とは違う結果に狼狽した。だが、レインもダメージを受けている。


「手品のタネは、教えねえよ」


 レインは、ふらつきながらも強がるように言った。


「何をしたか知らないが、もう一撃喰らえば終わりだろ」


 包川は、再び右足のつま先を上げ下げする。まるで空気入れで浮き輪を膨らませるように。


 空気が詰まった巨大で透明な風船が目の前に現れる、そして再び圧縮されていく。


 レインは、スキャングラスを指で軽く3回叩いた。


「終わりだ。お前が誰だか知らないが、邪魔されたら困るからな」


 圧縮された空気の砲撃が、レインに向かって放たれた。


 だが、次の瞬間には、レインがいた場所には誰もいなくなっていた。無人となった空間を、空気の暴力が唸るように突き抜けていく。


 近くの住宅の屋根に、レインがいた。そばにはシャインもいて、彼に肩を貸している。空気の砲撃がレインに直撃する前に、シャインが超速移動で救出したのだった。

 

 シャインは、蓄えている太陽エネルギーを多く消費してしまうが、目で追えないハイスピードの移動が可能だった。発動するためには、少し溜めの時間も必要。だが、切り札のひとつなのだ。


 もちろん、成人男性であるレインの身体を運ぶためにもエネルギーを消費してしまう。


 レインがスキャングラスを叩いたのは合図だった。


「……助かった。あの能力は、俺と相性が悪すぎる」

「ですね。一旦、退きますよ」


 シャインの言葉に、レインはうなずく。


 包川があたりを見回して探していたが、見つかる前に二人はシャインの超速移動を使って、その場から撤退した。

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