第7話 容疑者の色と烙印
「容疑者のスキャンレベルがグリーンからオレンジになるって、そんなにおかしいのですか?」
シャインが確認するように、三人に聴く。
「ああ。通常、一般市民のスキャン結果は、レベル1のグリーンだ。異能の発現が弱い段階がイエロー、レベル2。この段階は当然、異能の力も弱い。それを経て、本人の意思で異能を使いこなせる状態になったのが、オレンジのレベル3になる」
レインが、ちゃんと覚えろという気持ちを込めながら言った。
「あー、そうでしたね」
シャインは、聞いた覚えありますねといった感じで、うなずきながら返す。
「この街の市民はほとんどグリーンです。それがいきなりイエローを飛び越して、オレンジのレベルになった。スティグマ・システムのログがそれを示していました」
彩が添えた。
それを受けて、正岡が告げる。
「包川は、『魔女』か、またはそれに準ずるものによって、異能者になったと警察では推測している」
レインの、普段は糸のように細い目が鋭く開いて、タブレット端末に表示されていた包川の写真を凝視した。
「つまり、『魔女』に会っている可能性がある……」
「それは、容疑者を確保してから、取り調べれば良いことです。お二人には包川の確保と無力化をお願いしたいのです」
彩が脱線しそうになる会話を戻す。
「斗沢という最後の一人を護衛していれば、いずれという線もあるが、それでは後手になる可能性もある。異能が不明だからだ。容疑者は市民なので、追跡がシステム的に可能だろ?」
正岡が、獲物を狙う様な目をして言った。
「まぁ、そうですね。追跡のアクセス許可は取ってあるのですか?」
レインが聞く。
「クラウドさんからのご連絡を受けて、すでに済ませてあります。お二人に権限付与済みです。それから、斗沢を同様に追跡できるようにもしてあります」
彩が、すでに必要なことは準備してあると告げた。
「じゃ、シャイン、人がいないところで、包川に接触を試みるぞ。それから、斗沢も気にしておいて、包川が近づいたら積極的に介入する。いいな?」
「はい。わかりました。今から出ますか? 私的にはもうやる気がなくなる時間帯です」
シャインのその言葉に、レインの顔がいつものようにひきつる。確かにもう日が沈み始める時間だ。
「狙われている斗沢は現在、仕事の関係で市外というか遠地にいる。二人の被害者とも友人関係だったし、警察の聞き込みで察して、包川を警戒しているともとれる。なお、容疑者である包川はいつも通りの生活を市内でしていることを、確認済みだ」
刑事の正岡が情報を共有する。
「すぐには三人目の斗沢は狙われない。とはいえ、包川の異能が人を殺せるものであることは確実だろう……。あんな本格ミステリーのような状況で人が死んでいるのだから」
そう言って、考え込むレイン。
「うーん。じゃ、レインさん。やっぱり早く接触して、異能の見極めをしましょう。悩んでいるより行動した方が楽ですよ。チャンスがあれば、確保、無効化で」
最短が最善手というのが彼女のポリシーだ。切り替えも早い。
「だな。ただし、包川に接触するのは、俺だ。シャインは、彼に見つからないように少し離れて状況を把握だ」
レインは応えた。
「えっ、どうしてですか?」
「今回の接触で確保できればいいが、逃げられる可能性もある。次に確保のために接触する際、顔が割れていると警戒されてすぐ逃げられてしまうからな。ただし、俺が接触して戦闘になったら、援護を頼む」
レインの入念な準備を聞いて、シャインは納得したようだ。
「二人の刑事さんは、どうしますか?」
シャインが尋ねる。
「異能についてはプロに任せたい。よろしく頼みます」
正岡が軽く頭を下げて言った。城守彩は、少々不満そうな表情をしていたが、上司には従う。
「では、接触を試みた結果は、別途、報告します」
レインが言った。正岡が合意のうなずきを返した。
「包川の現在位置を確認したら、そこへ向かうぞ」
*
事務所に来ていた二人の刑事を見送った後、レインとシャインは女神ヶ丘市
目の前のオフィスビルは、容疑者である包川の勤め先であるIT企業のオフィスがあった。正岡たちの調べによると、包川の勤め先はリモートワークも許可されていて、多くの社員は自宅でリモートワークすることが多いそうだ。だが、月に何回かは出社することになっているらしい。
自宅に押しかけるよりも、はるかに接触しやすい状況だ。レインとシャインは、包川が仕事を終えた後の帰宅途中を狙うことにしたのだった。
カフェの二階にある窓際のカウンター席。そこに二人は座っていた。
「まだ、向かいのビルにいる感じですね」
シャインの携帯端末には、包川の位置情報が地図上に表示されていた。
レインはスキャングラス越しにビルを見る。包川の位置がメガネのレンズ上にも表示される。五階のあたりにいることがわかった。
この女神ヶ丘市の市民ならば、今どこにいるのかが特定されてしまうシステムが存在するのだった。異能の発現状況も把握可能なのである。当然、プライバシーの侵害であるため、公にはされていない。三年前のパンデミックがきっかけなのであるが、ひた隠しにされている事実だった。そのシステムは「スティグマ」と呼ばれていた。烙印という意味だ。
「残念ながら、彼は引き続き仕事の様だな」
レインが時計を確認する。午後六時半。包川が残業する場合は、カフェで粘らないといけない。
レインはしっかり砂糖を入れたカフェオレを少しずつ飲んでいた。
対して、シャインは、アイスレモンティーにピザトースト。タバスコのかけ具合にレインがひいた顔をしていたが気にしない。しっかり食べることに余念がなかった。
しばらくして、動きがあった。包川がオフィスビルから出てきたのだ。
「俺が尾行して、適当なタイミングで仕掛ける。合図はスキャンゴーグルに送るから、離れたところから彼を観察しておいてくれ。可能だったら、退路を断つ様に裏へ回ってくれ。緊急時の合図はいつもどおりだ」
それを聞いて、シャインは右手の親指を立てた。
夜になってしまったが、スキャンゴーグルの暗視機能とズーム機能を駆使すれば、遠目からでも状況把握は可能だった。
「じゃ、いくぞ」
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