第6話 協力依頼と殺人事件

 レインとシャイン、それぞれがくるみベーカリーのパンをおやつにした翌日。今日も二人は事務所にいた。


「クラウドからメールが来てる。警察から捜査協力依頼だそうだ」

 レインはパソコンに向かいながら言った。


「そういえば、クラウドさん、全然事務所に顔出さないですよね。会議も基本オンラインだし」

 シャインはパイロットゴーグルをかけていた。事務所の出窓に腰掛けて眼下の駅前ロータリーを眺めている。レンズの部分にいろいろと文字が浮かんでは消えていく。


「まぁ、管理職だからな。現場は俺たち任せだろう。雲隠れしてサボってるかもしれないが」


「クラウドさんは、隠れててもすぐ見つかりそうですよね。グラサン・アフロ・マッチョだし」


 シャインの的確な表現に、レインは吹き出しそうになった。クラウドは、便宜上二人の上司にあたる。 もちろん、クラウドというのは、コードネームだ。


「で、メールによると捜査協力の対象は、どうやら不可能殺人の事件らしい」


「つまり、犯人は異能力者である可能性があるってことですね?」

 シャインは、パイロットゴーグルを外して首にかけながら言った。


「ああ。それで今日の午後、刑事さんが二人ここに来る。そこで詳しい話を聞いてくれ、だそうだ」


「はーい。わかりました」


 *


 午後というのは幅が広い時間帯だ。結果から述べると、二人の刑事は午後四時過ぎに来た。どうやら捜査が忙しかったらしい。


 シャインは少しだけご機嫌斜めになっていた。いつ来るかもわからない来客を待つというのは、なかなかつらいものだ。何かに束縛され、自由を失う感覚が伴うからだ。


 一人目の刑事は、中年の男性で体つきはがっしりとしているが、顔には長年の苦労が刻まれていた。無愛想な顔つき、身なりは少し野暮ったさを感じさせるスーツ姿だった。


正岡邦臣まさおかくにおみです」

 そう言うと、お決まりの様に警察手帳をチラッと見せた。ご機嫌斜めなシャインは、もうちょっとちゃんと見せてよねと心の中で呟く。


 二人目の刑事は、若い女性だった。セミロングの黒髪に、切長の目をした美人だった。ピンク色の唇は薄い。きちんとアイロン掛けされたスーツを着こなしている印象だ。背は高い方ではないが、背筋をきちんと伸ばす立ち姿が美しく、隙がなかった。きっと脚は速いだろうなと、シャインは思った。


城守彩しろもりあやと申します」

 そう言って、レインとシャインに名刺を差し出した。こちらは警察手帳を見せる気はないようだ。


 レインとシャインは、コードネームを告げた。特殊人材派遣会社「ウィル」の所属員は匿名性を保った人員である。そのことを、二人の刑事はすでに知っている。


 簡単な自己紹介が済むと、二人の刑事が準備をしている間に、シャインはコーヒーメーカーからカップへコーヒーを注ぐ。レインはあらかじめ来客用に用意していた菓子を用意した。パイ専門店パリオリのスティックパイだ。


 女神が丘駅周辺は特にスイーツの激戦区だ。甘党のレインにとっては、なかなか悩ましいらしい。新しいスイーツを楽しみやすいが、気に入ったお店が潰れてしまうことも多いからだ。


「……異能による可能性が高い奇妙な事件だとか」

 レインが口火を切った。


「城守、説明を頼む」正岡が言った。


「はい。ここ二週間の間に事故死または殺人かと思われる事件が二件ありました。二名の被害者はどちらも転落死と思われるような損傷。ただ、その状況がかなり特殊だったのです」

 城守彩は、応接のテーブルに置いたタブレット端末で現場写真を順に見せながら伝えた。スティックパイが気になるのか、時折、彩の視線がそちらにいく。


「まず、一人目も被害者は、滝石広高たきいしひろたか、二十七歳男性。IT企業の営業マンです。彼は勤め先のオフィスビルの屋上で亡くなっているのが発見されました。無断欠勤とされた日、窓拭き清掃の業者が屋上で発見しています。死因は転落死。ただし、周囲にはそのビルよりも高い建物はありません。被害者のいたオフィスビルは三十階建てです。場所は女神ヶ丘市双雷区そうらいく、IT特区に指定されているところですね」

 彩は一息つくと、出されたコーヒーで乾きを潤す。


「つまり、転落するなんてあり得ない場所で、転落して死んでいたってことだ」

 正岡が奇妙な点を簡潔に指摘した。


「もう一つの方は? こちらもあり得ない場所だったのですか?」

 レインが先を促す。


「もう一つの事件の被害者は、角脇光史かどわきこうじ、二十七歳男性。一つ目の被害者と同い年で、出身大学も一緒です。勤め先は、女神ヶ丘市命音区めいおんくにある医療系検査会社の職員です。彼はその会社オフィスの廊下の壁に落下した様な損傷の遺体で発見されました。朝、出社した職員が第一発見者です。角脇さんが叩きつけられた壁は長い廊下の曲がり角でした」

 彩は、正岡に目をやる。


「つまり、長い廊下からちょうど曲がり角の壁へ落下して死んだってことだ」

 正岡が先ほどと同じように奇妙な点を抜き出してくれた。


「それで、私たちウィルに捜査協力依頼するのは何故ですか?」

 シャインは素直に聞いた。


「被害者二人は同じ大学の出身で、同じサークル仲間だったことが、調査の結果、判明しています。さらに当時の大学の同級生などに聞き込みをしたところ……容疑者候補が浮かび上がりました。また、その容疑者が狙っているであろう人物も一人残っていることが、わかりました」

 彩は静かに答えた。


「まず、容疑者が狙いをつけているであろう残り一人は、斗沢道之とざわみちゆき。滝石や角脇よりも一つ年下だ。大学時代、この三人は同じサークル仲間の包川透つつみかわとおるをどうやらいじめていたらしい。」

 と正岡が代わって説明した。


「いじめのきっかけは、サークルへの参加率が悪かったことのようです。当時、包川は家庭環境が苦しく、奨学金やアルバイトで学費や生活費を工面する苦学生でした。そのため、大学の授業とアルバイトで忙しくサークルにはなかなか出られなかったようです。それに対して被害者を含めた三人は裕福な家で気楽な大学生活を過ごしていました。付き合いが悪い包川さんに対して、だんだん嫌がらせをして楽しむようになったようです」

 彩が補足した。


「で、肝心のウィルに捜査協力依頼する理由は?」

 レインがシャインの質問を繰り返す。


「容疑者である包川のスキャンレベルが、グリーンからオレンジにどうやら急に上がっていたらしい。それも二つの出来事が起きる少し前なんだ。異能に覚醒したから、復讐を始めたように思える。ああ、それと、話が回りくどくなって、申し訳なかった」

 正岡が謝罪を添えながら、言った。


「ウィルに協力をお願いしたいのは、異能を獲得したであろう容疑者である包川の確保。そして、斗沢さんの護衛です」

 彩が綺麗に背筋を伸ばした姿で言った。

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