第3話 雨の日は無敵
「何がしたいのか知らないが、俺らのアジトにひどいことしてくれるじゃねぇか」
山火は、高い天井に空いた大きな穴を見て、文句を言った。
「ここをもう使うことはなくなる。お前は負けるからな」
レインは静かに返す。左手には水滴がまるで膜のようにまとわりついた傘を持っている。
「は? お前も俺には近づけねえよ」
そう言うと、レインに向けて指を差した。空中に爆炎が上がる。レインは避けていた。指を差したところに爆炎が上がる。仕掛けがわかれば、一発だけなら避けるのは決して難しくない。
レインは傘のボタンを押した。勢いよく傘が開くが、まとわりついていた水は一滴も飛ばない。傘の布地に厚い水の膜がついている様だった。
「傘ごと、燃やしてやる」
いきりたつ山火は、傘に向けて爆炎を撃ち込む。ジュッという音が鳴るだけで爆炎は上がらなかった。傘にまとわりついている水の膜が相殺したのだ。
「面白え。これならどうだ?」
山火は、両手で傘に狙いをつけて、爆炎を連射する。ジュッ、ジュッ。傘についた水の膜が爆炎を消し込むが、次々と白い水蒸気になっていく。
「そろそろ、傘ごと燃えちまいな」
山火は右手のひらを広げて五本の指を傘に向けた。五つ分の巨大な爆炎が上がった。
ついに、傘はその爆炎を相殺できず燃え上がった。レインは傘を手放す。
「盾はなくなったぜ」
山火はレインに向けて左手人差し指で狙う。レインは舞い上がる爆炎を避けた。
「これで終わりだな」
避けたところを狙い撃つように、山火は右手を広げて五本の指をレインに向ける。
巨大な爆炎は……上がらなかった。代わりに白い煙が揺らいだだけだった。
「なっ?!」
山火は、思わず自分の手元を見た。再度、レインを狙い撃ちする。
ボンッ。ときちんと爆炎が上がる。しかし、レインには、命中しなかった。
続け様に、狙いをつけて爆炎を発生させる。
ジュッ。白い煙がなびく。よく見ると、それは不発の爆炎の煙ではなくて、水蒸気の様だった。
何度も指差して狙い撃つが、ついに全てジュッという音を上げ、白い湯気が上がるだけになった。
廃倉庫内で、山火の周りだけ、いつの間にか雨が降っていた。
「正々堂々ってのはわりと苦手なんだ。すまないな」
そう言うとレインは上を向いた。山火も天井を見る。つぎつぎと落ちてくる水滴の正体を知って、驚愕の顔が刻まれた。
天井一帯には、まるでプールのように分厚い水のかたまりが貼り付いていた。浮いているようにも見えた。
爆炎を撃ち込むたびに、その着弾点に相殺する量の水が天井から落ちていたのだった。撃っても、不発の水蒸気が上がるだけ。
「お前、雨の日は無能だな」
レインは、細い目を開いて
気づいた時にはすでに遅く、山火が操る爆炎の異能は完全に封じられていたのだった。圧倒的な差を突きつけられていた。
「ふざけるな!」
山火は懐からナイフを取り出した。レインに突き刺そうと走って距離を詰める。
だが、レインに辿り着くことはなかった。濡れた床に足を滑らせ、派手に転んだのだった。持っていたナイフだけが、床を滑って、レインの足元に到着した。
レインは、転んだ山火を見下す様な目で蔑みながら、言う。
「
そして、レインは骨組みだけになってしまった傘を
巨大な水のかたまりが、まるで滝のように山火に降り注ぐ。降り注いだ水は流れ去ることなく、山火のまわりで巨大なコップに注がれたように溜まっていった。
転んだ時に濡れた服。それに、レインの異能が下に引き込む力をかける。床に接着する様に山火を離さない。水面に顔を出すことを許さない。
山火は息が続かなくなり、口から泡を出すと気絶した。
それを見届けると、レインは水の塊を解除した。あたり一面が濡れ広がっていく。
そして、山火に近づくと、ポケットから取り出したオートインジェクターを彼の首元にあてる。プシュッと音が鳴った。山火の身体がビクッと動く。
レインは、しばらくしてスキャングラス越しに山火の判定がグリーンに変わったことを確認した。取り出した携帯端末をいじりながら、言う。
「これで任務完了。あとは警察が着くまで監視だな」
警察には端末を通じて、位置情報などをまとめて送信したのだった。
「あ、あの、助けてくださって、ありがとうございました」
シャインに連れられて来た被害者の女性は、礼を述べた。
「怖い思いをさせてしまって、申し訳ない。警察には、治療とカウンセリングを頼んでおいたから……」
レインは丁寧に謝った。
*
やがて、警察が到着した。レインとシャインは、ことの顛末を説明したのだった。すでに警察と特殊人材派遣会社「ウィル」は、街全体におよぶこの事態に協力関係となっている。
「それでは、別途、弊社から報告書を提出させていただきますので」
レインは、現場を仕切る警部補に告げた。
被害にあった女性は、婦人警官に付き添われて行ったのを確認する。
「それじゃ、シャイン。業務終了ってことで帰るか」
「はーい。帰りましょう!」
廃倉庫の外では、すでに雨が上がっていた。雨雲が風に流されていく。その隙間から、輝く半月が見えた。
その夜空の下を、一組の男女が歩いていく。
女は、機嫌よい顔で、足取りが軽い。
男は、落ち込んだ表情で、足取りが重い。
布地がなくなって骨組みだけになった傘を、男は寂しそうに引きずっていた。
どうやらお気に入りだったらしい。
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