第2話 輝く暴力
シャインは、若い女性を押さえつけている片方の男に鋭い蹴りを浴びせる。男は吹っ飛ばされて、廃倉庫に残されていた段ボールの山に埋もれた。
その山の段ボールが崩れる音を聞く前に、シャインは残る一人の男に回し蹴りを喰らわせていた。麗しい脚線の
高みの見物をしていた他の男たちはようやく事態が飲み込めたのか、鉄パイプやナイフを取り出し、シャインに向けて一斉に構える。その数、約十人。
廃倉庫内が騒がしくなる中、レインは暴行を加えられていた女性のそばへと歩いていく。上着を脱ぎながらだった。先ほど閉じた傘は、レインの後を杖をつくようにコツンコツンとついてきている。
男たちから解放された女性は、座り込んで震えていた。
「もう大丈夫。安心して」
レインが、彼女に上着をかけながら言った。
そして、取り出したハンカチに、持っていたペットボトルの水をかける。彼女の顔の腫れているところへ優しくあてた。
「このまま濡れたハンカチをあてておいてください。腫れはすぐひくから。口の中も切れているね。この水を一口含んで」
言われるままに、彼女はしたがった。そして、驚いた顔をした。顔の腫れと痛みが少しずつひき、口の中の刺すような痛みも弱くなったのだった。
レインは彼女がすこし落ち着いたのを確認すると、周囲の男たちを見回す。彼のメガネには様々な情報が表示されていった。
廃倉庫の奥の方で、体格がよい茶髪の男が革張りのソファに偉そうに座ってテーブルに足を投げ出していた。
レインのメガネに表示されたその男の名前は、
「シャイン。奥のソファに座っている男がターゲットだ。名前は、山火克己。レベル3」
レインたちの前に立ち、十人ほどの男たちと対峙している彼女に情報を伝える。
「えっと、レベル3って何でしたっけ?」
その反応に、レインの顔がすこしひきつった。
「あの茶髪が、オレンジってことだ」
「あ、りょーかい」
おかしな日本語だったが、シャインには通じたようだった。
「他のやつらは、レベル1。グリーンだ」
それを聞いたシャインは、右拳の親指を立てて応答した。
得体の知れない二人組の侵入者のひとりをまずは排除しようと、三人の男がシャインに向けて襲ってくる。鉄パイプ、ナイフ、金属バットをそれぞれが持っていた。だが、シャインは臆することなく、応戦する。
いや、正確には一方的な蹂躙だった。
シャインは、振り下ろされた鉄パイプを避けながら、カウンターで右拳のストレートを男の顎に決める。先ほどのと同じように、男は吹っ飛び、転がっていった。
シャインの隙を狙って、背後からナイフを持った男が刺そうとする。
しかし、隙はなかった。
彼女は舞うように回転してかわす。そして、その勢いを利用した左踵が男の左こめかみを直撃する。回し蹴りだった。その威力に、男は上下が逆転するような勢いで舞い、床を転がるように進んで、動かなくなった。ナイフも手から離れて、床の上を転がった。
金属バットの男がシャインに向けて薙ぎ払うように振る。シャインはそれをバク転でかわすと、左の裏拳を顔面に叩き込んだ。男はその場に崩れ落ちる。
残りの男たちも一斉に襲ってきたが、数が多少増えようと結果は同じだった。人並み外れた速い動きと、その身体つきからは想像つかない重たい拳や蹴りで、男たちは倒されていく。
堂々と立つシャインの周囲には、倒された男たちと鉄パイプやナイフなどが散乱する結果となった。
「あんなの無理ですよ。逃げましょう」
山火のそばに立っていた男が言った。
「あん? お前、何言ってんだ?」
そう言って山火は立ち上がると、その男の胸元を指差した。途端に爆炎がその男から上がった。突然のできごとに慌てる男を、山火は遠慮なくテーブルへ叩きつけた。
「俺が負けるかよ。ったく」
仲間を炙り殴り倒した山火は、上背があり、がっしりとした筋肉質の身体をしていた。派手なシャツを着ていてもわかる。
「そこのお嬢ちゃん、相当腕が立つみたいだが、俺には勝てねえぜ」
そう言いながら、山火はシャインに向けて指を刺す。
爆炎が上がった。
だが、シャインはすでに避けていた。
「いいね。やるじゃん。これでどうだ?」
人差し指で、シャインがいる場を指すとまた爆炎が上がった。シャインは、脅威的な身体能力で回避する。だが、続け様に、山火は狙いをつけて爆炎を生み出す。
「ハードモードにしてやるぜ」
今度は、両手を使ってきた。同時に二箇所。または時間差をおいての爆発。
シャインは、人並み外れた反射神経とスピードで全てを避ける。だが、避けるのが精一杯で、なかなか山火の元に近づくことができないでいる。
山火は、高笑いをしながら攻撃を繰り返した。
「シャイン。俺と代われ」
とレインが言った。
「でも……」
「夜だし雨だしだろ? あとは任せろ」
そう言われて、シャインはうなずく。
「残量は?」
「十七パーセント」
レインとシャインのやりとりを、山火は余裕を見せつけるように静観している。
「俺は別に二人がかりでも、かまわないぜ」
そう言って、山火は右肩を回しながら、見下すような表情を二人に向けた。
「選手交代で頼むよ」
レインは、シャインと入れ替わる。そして、上に向けて指差しした。
「んもう、あとで激辛カレーパン奢ってくださいよ」
レインの出したサインの意味を理解したシャインは、近くにあったドラム缶を両手で掴む。
そして、軽く上に投げる。落ちてきたドラム缶を、思いっきり蹴り上げた。ドラム缶はまるでロケットの打ち上げのような凄まじい勢いで、廃倉庫のトタン屋根を貫いた。
屋根に空いた穴からは、雨が降り注ぐ。天井の穴の形を写し取るように、床が濡れていく。
山火は、シャインたちのとった行動が理解不能のようだった。
「ありがとう。これで俺たちの勝ちだ」
レインは背を向けたまま、シャツの腕をまくりながら、シャインに礼を言った。そして、付け加える。
「彼女の側にいてあげてくれ。女性の方がいい」
シャインはうなずき、震えて座り込む彼女に駆け寄った。
「安心して、もう大丈夫だよ」
シャインは微笑むと、彼女に被せられていたレインの上着越しに優しく包みこむようにハグをした。そして告げる。
「……あの人、雨の日は無敵だから」
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