雨のち晴れの事件簿 ~ 性格も好みも真逆の男女バディですが、異能犯罪者は沈めます ~

凪野 晴

第1話 はじまりは雨

 はじまりは、雨だった。


 天気というのは切れ目がないもので、人々の都合を気にせずに勝手に変わっていく。つまり、この物語のはじまりでは、たまたま雨が降っていた。それだけだ。


 黄昏時を過ぎ、夜のとばりが降りた頃。天気予報にしたがって、午後から雨がずっと降っている。路面は濡れていた。アスファルトの歪んだ凹みには水が溜まっていて、街灯の光を反射している。


 人気のない道を、一組の男女が歩いていた。


 女性の方は二十代で、小麦色の肌、髪は少し天然パーマがかかった丸みショートで明るい茶髪だ。広いおでこに、大きな瞳、唇は厚みがある。美人というよりも可愛い印象を与えるだろう。

 服装は、白のパーカーにデニムのジャケットを羽織っている。黒い革製の指抜き手袋をはめていて、ベージュのショートパンツからは綺麗な脚があらわになっている。足元はスニーカーだ。


 ひとことで言えば、彼女は動きやすいカジュアルな服装だった。


 この雨降る中、彼女は傘もささず、上機嫌にスキップするように軽い足取り。パーカーのフードもかぶっていない。不思議なことに、髪も服も全く濡れていなかった。


「シャイン。で、何パーセント残っている?」

 彼女の横の男性が聞いた。


 隣を歩く男は、二十代後半くらい。彼女よりも背が高く、右手で紺色の傘をさしている。左手にはミネラルウォーターのペットボトルを持っていた。黒い髪はクセのないマッシュルームカット。四角いメガネをかけていて、その奥の目は細かった。すこし面長の顔で顎は鋭い。

 痩せ気味の体格。服装は、紺色のスーツだ。水色のシャツに水玉模様のネクタイをしている。黒の革靴が規則的な足音を立てる。

 

 ひとことで言えば、彼は会社員の様な姿だった。


 閉じた傘が開いた傘を持っているようなシルエットが、静かに歩いている。その彼の後ろには、大きな水のかたまりが懐くように、弾力を主張しながらころころと転がってついて来ていた。不可思議なことは、それくらいだ。


「レインさん。えっと、大体四割くらいですね」

 彼の横の女性が答えた。


 レインと呼ばれた男の顔が、わずかにひきつった。

 シャインと呼ばれた女はニコニコしている。


「俺は、何パーセントか? って聞いたんだが」

「あー、そうでした。三十七……いや、三十六パーセントですね」

「じゃ、三十パーセントで見積もっておく」

「えー、四捨五入したら、四十パーセントですよ」


 それを言ったタイミングで、シャインの片足が水たまりに飛び込んだ。はねる水しぶき。だが、レインが濡れることはなかった。シャインも平気な顔をしている。悪びれる様子もない。飛び散った幾多の水滴は、レインの後ろの水のかたまりが吸収したのだった。


「今日のターゲットは、わかっているか?」

 とレインは尋ねる。


「不良グループのリーダーでしたっけ?」

 とシャインは疑問文であること気にせず返す。


「ああ。能力を獲得して暴力性が増したようだ。いろいろ悪さをしているらしい。この先の廃倉庫がたまり場だ」


「で、その人をやっつければ、お仕事完了ですか?」


「おそらくな。グループの中に他にも能力者がいる可能性はあるけれど」


「ところで、レインさん。夜だし雨だし、私あんまり活躍できないと思うんですけど……帰っていいですか?」


「だめだ。仕事だろ」

 その返事を聞いて、シャインは肩を落とした。口を尖らせている。


 シャインはコードネーム。彼女の本名は、陽向咲輝ひなたさきだ。

 レインもコードネーム。彼の本名は、雨宮雫あめみやしずくだった。


 犯罪行為に加担するような異能力者を捕らえて、無力化するのが二人の主な仕事である。警察ではなく、民間の特殊人材派遣会社「ウィル」に所属している。


「ところで、シャイン。スキャンゴーグルはどうした?」

 そう言ったレインの四角いメガネの右レンズには、いくつかの文字が浮かんで流れている。


「一昨日、直帰だったじゃないですか。家に置きっぱなしになってます」

 それが何かと言いたげにシャインは答えた。


「ってことは、昨日も持ってなかったのか?」


「そうなりますね。私、早起きは得意なのですけど、家を出るのがいつもギリギリなんですよ。何ででしょうね。で、持ってくるのを忘れて二日です」


 レインは小さなため息をついた。


 シャインは事務所への出社時間もだいだい五分遅れだ。タイムカードを切るような職場ではないから問題となってはいないが、本当に早起きが得意な朝型人間なのかと疑わしくなるというもの。


 肌艶は良くて元気なので、しっかり寝てはいるのだろう。寝坊か二度寝の疑いは、晴れない。


「レインさんのスキャングラスがあるから、大丈夫ですよ。ヤバいやつがいたら教えてください」


 このお気楽な後輩の面倒をみるレインの方は、時間にはうるさく、最低でも五分前に出社はしている。

 静かな夜の時間が好きな夜型人間だった。でも、アラームで朝はきちんと起きる。そのせいもあって、いつも寝不足気味だ。目の下には隈ができていて、色白の肌もあって、不健康そうに見える。



 目的地の廃倉庫に着いた。周辺は街灯も少なく、人気のない場所だった。大きな黒塗りでスモークガラスのバンが二台停まっていた。


「とりあえず、こいつは屋根上に上げておく」

 と、傘をさしたままのレインは、背後に懐くようについてきていた大きな水のかたまりを背中越しに親指で示した。それは、ずいぶんな大きさになっている。シャインがうなずいた。


 大きな水のかたまりは、重力を感じることがない様で倉庫の壁を転がる様に登っていった。


 廃倉庫のシャッターは降りている。地面との隙間から漏れる光で、中に人がいるだろうと推測できた。鍵もかかっている様だ。


「裏にまわって、侵入できるところを探すぞ」

「えー、面倒ですよ。私が開けちゃいます」


 そう言ってシャインは、シャッターの持ち手を片手で取り、一気に上に引き上げた。かかっていた鍵が壊れる金属音がした後、ガラガラと大きな音を立ててシャッターが上がる。


 ガシャンと最後に派手な音を響かせた。


 廃倉庫内の灯りがシャインたちの足元にも届く。内を見ると、十数人の男が一斉にこちらを見ていた。


 レインは何度目かのため息をつくと濡れている傘をたたみながら、倉庫内を観察する。濡れているその傘から地面へ、なぜか水滴はまったく落ちなかった。

 隣のシャインも素早く中を見回す。


「なんだ、お前ら!」

 定番の反応が返ってきた。


 だが、それを気にも止めない二人は、目の前で繰り広げられていた光景を見て、そろって嫌悪と怒りが混じった表情をした。


 二人の男が、若い女性を床に寝かすように押さえ込んでいる。その女性の顔は腫れ、涙を流している。口元から血が垂れていた。髪は乱れ、着飾っていたであろう衣服も乱れている。すでに暴行が行われたことは明らかだ。

 三人目の男がいやらしい表情を浮かべて、仕上げをしようとズボンのベルトに手をかけているところだった。


 レインの横で、軽く地面を蹴る音がした。


 直後、ベルトに手をかけていた三人目の男は、シャインの右拳ストレートを顔面に喰らって吹っ飛ばされた。廃倉庫の床を何度も跳ねるように転がっていく。


「許さない! あんたたち全員、沈めてやる!!」

 シャインのまとう空気が、蜃気楼のように揺らいだ。


 

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