第7話『強襲』

 







 –––––ここ最近の村には、いつも以上の活気があった。


 あの集会からはや2ヶ月、村の中に魔物の姿が見られるようになった。


 最初の頃は皆も不安そうだったけど、ゴブたち魔物側が尽力してくれたおかげで、今では子供からも笑顔を向けられるほどになった。


 今では村の人の農作業を手伝ったり、子供たちと遊んだり、村にすっかり溶け込んでいた。


「よぉ、ゴブ!調子はいいみたいだな!」


「リュウノ、ダンナ!オカゲサマ、ミンナ、ナカヨシ!」


 ゴブは一生懸命に魔物たちを説得し、この村の人たちと協力して過ごすように何度も繰り返し言った。


 ゴブには人望?魔望?があるのだろう、魔物たちは素直に従った。


「ダンナ、ドコイク?」


「ガッチェスさんのところだよ。頼んでた物が完成したらしいから、それを取りに行くんだ」


 昨日、ガッチェスから手紙がきた。

 俺の武器がほぼ完成したから、最終確認をしたいらしい。


 俺は一人で彼のところへ行く、シロたちには何も言っていない。

 もしもガッチェスが龍神のことを話したりしたら、なんと言われるかわからないからな。


「じゃあな!何かあったら、父さんを頼れよ!」


 俺が手を振ると、ゴブも大きく手を振りかえしてくれる。

 まさか魔物とここまで仲良くなれるとはな……。


 俺だって正直のところ不安はあったし、できる限りの協力はしてきた。

 もちろん、これからもずっと彼らを支えていくつもりだ。


「おっと、寄り道してる場合じゃなかったな……」


 俺はシロに見つかる前に鍛冶屋へ赴いた–––––。




 鍛冶屋に着くと、ガッチェスは武器の手入れをしているところだった。

 鋭く細い職人の目がギラギラと光り、細部に至るまでチェックをしている。


 手に持っているのは、農作業用の鎌……か?

 正直言って、少し声をかけづらい……。


「あの、こんにちはガッチェスさん!武器が完成したそうですね!」


「あぁ、待たせたな。ついに完成したぞ。ほら、これがお前の剣だ」


 ガッチェスは一つの箱を開けて見せた。


「–––––おぉ!これが!」


 そこには俺が注文した通り、俺の思い描く日本刀のような剣が入っていた。


 刀身は蒼く淡く美しく光り、見ただけで身が引き締まる。


 よく見ると見覚えのない文字が彫られている。

 もしかすると、これがーーーーー。


 ーーーーー前世での父親が使っていた居合用の刀を使っていたこともあり、一番使い慣れたこの武器を頼んだ。


 俺にはまだ大きいが、背中から抜刀すれば使えなくもない……かも?


「それにしても不思議な形をしている剣だ。お前から教わった製法も、今まで聞いたことはない」


 それもそのはず。

 この世界では両刃の剣が主流で、日本刀のような物が存在するのは、謎の多い獣人種が住む大陸くらいだと聞く。


 日本刀の製造方法は、前世で教わっていた。

 実際に作ったことは無いが、父親に刀を作っていた工房に良く居座っていた。


 鍛治職人の人たちからは物好きだと言われていたが、俺はあの場所が大好きだった。

 大昔の人らが使っていた刀は再現できないと聞いたが、それでも美しい刀たちがあの場所で産まれていた。


 本当に大好きだった……。

 あの時間も決して無駄ではなかったということだ–––––。


「この剣の名は、《龍極剣 オルシオン》だ。龍神の祠で手に入れた魔法石は、刀身に使った。魔法石の効果は調べたところ、付与した魔法の威力を増強させる効果と、魔法などで作られた結界を解く力だな」


 凄いなぁ……岩でもなんでも斬れそうな剣だ。


 でも、少し重いかなぁ、これでも頑張って鍛えてきたんだが……。

 もう少し俺が大きくなれば、この刀の重さも気にならなくなるのだろうか。


「付与魔法の威力を増強といっても、それがどれくらいなのかは分からん。そこらへんは、自分で実際に試して見ろ」


 ガッチェスは俺の頭を優しく撫でながら、そう静かに笑った。


「それと、これが頼まれてたルーン文字だ。これがある武器が魔法を付与できる武器ってことだ。魔法剣士になるってんなら、いつかこの文字について学んでみると良いかもな」


「ありがとうございます!こんな凄い剣が出来上がるなんて……!! 形も、俺が頼んだものと同じですし!!」


「なに。龍神の力になれるのなら、安いものだ。また何かあったら言ってくれ」


 俺はガッチェスに何度もお礼をし、オルシオンをミシェルに預けた。


「そうだ、今その武器に付与できる魔法の等級は聖級ぐらいが限界ってところだ。一応それ以上も付与できるとは思うが、すぐ効果が切れるか耐えきれず壊れるかは分からん、俺は聖級なんて使えんからな」


「あ、はい! 気をつけます、ありがとうございました!!」


ガッチェスからの忠告を背に、俺は足早に帰路へと着いた。


 (はやく森に行ってゆっくりじっくりと眺めたい!!!)


試し斬り、性能実験、やりたいことは沢山ある!!


 彼は……ガッチェスは本当に凄い人だ。

 また何かあったら、頼らせてもらおう。






 –––––







 一度家に帰り、シロに魔法を教えるために、森へ行くことにした。


 家に帰ったら、俺が居ないことに気づいて探していたシロに見つかってしまったのだ……。

 さすがにシロの前でじっくりと眺めるわけにもいかないし、今日はお預けかなぁ……。


 その途中、村の広場を通りかかったときだ。

 広場の中に人だかりができ、村人たちは皆、上を見上げて何かを指差し、言い合っていた–––––。


「–––––あれはなんだ?」

「–––––どれだ?」

「–––––なんだ?鳥じゃないのか?」


 皆、口々に言い合っている。


 俺も空を見上げた。

 遥か遠くの方に、本当に小さな黒い点のようなものがあった。


 俺はこっそり龍眼を使い、それが何かを確かめる。


 周りの人は空を見上げてるから、バレはしないだろう。

 もしバレると厄介だから、あまり使いたくはないが……。


「–––––ッ!!!!」


 ……なんだよ、あれ。


 –––––巨大な黒い体に、大きな翼。


 –––––体表には黒い鱗がびっしりと張り付いている。


 –––––真っ赤なその瞳に映ったもの全てを喰らい尽くすかのような、鋭く強大な牙。


 間違いない、ドラゴンだ……!!

 ゴブが言ってた北の山を荒らした奴か?!


 (どうなってんだよ……!! 調査隊が何度も探し回っても見つけられなかったのに……居なくなったはずじゃ……!?)


 俺は龍眼への魔力を切り、すぐに叫んだ!!


「みんな!あれはドラゴンだ!!巨大なドラゴンが、こっちへ向かってきてる!!!!」


 皆信じがたいといった表情でもう一度空を見上げる。


 間違いなくアレはこっちへ向かっている、段々と点が大きくなっていく!!


「なんだって!!?」

「まずい、早く避難しろ!!君はルシフェルさんのとこの子だね?急いでこのことを彼に知らせるんだ!!」


 すぐに広場は大混乱になり、悲鳴を上げる者、武器を取る者、避難を促す者で溢れかえる。


「分かりました!!ゴブ!村のみんなを森の中の大洞窟へ避難させろ!! あそこなら荷車も入るはずだ!!」

「ワカッタ!マカセロ!」


 俺はシロと急いで来た道を戻り、ルシフェルにこの事を知らせた。




 –––––





「俺も話は聞いている、無事で良かった……。お前たちは急いで洞窟へ避難しろ! 俺が奴を倒す!」


 俺たちが急いで戻ると、ルシフェルは既に武器や防具を装備していて、他の騎士たちに指示を出していた。


 村中に危険を知らせる鐘が甲高い音で鳴り響き、辺りには馬に乗った騎士たちが走り回っている。


 ルシフェルは他の騎士たちを率いてドラゴンを討伐するべく指揮をとっている。


「ダメよ!あなたを置いて逃げることなんてできない!私も戦うわ!」


「そうよ! 私たちだって戦える!」


 アインスとメイアは、一緒に戦うと言っている。


「何を馬鹿なことを言ってんだ!!お前たちまで居なくなったら、誰がこいつらのことを守るんだ!!」


 ルシフェルはそれに反対する。

 彼が2人に声を荒げるのは初めて見た。


「わかってるけど……けど、だからって–––––っ!!」


「–––––メイア、アインス。二人は村の人たちを洞窟まで安全に連れて行くのに必要なんだ。それに、俺がいなくなった後で、家族を守って欲しいんだ」


 ルシフェルがそう言うと、メイアは泣き崩れてしまい、アインスは拳を硬く握り締め、唇を噛む–––––。


「–––––リュウ、これからもっと大変なことがあると思うが、お前なら大丈夫だ。家族を任せたぞ」


 ルシフェルは俺の肩を抱き寄せて言い、そのままサティファに目をやる。


「サティファ、悪いが契約は終了だ。一応、これからの生活費と住む場所は確保してある。避難したあと、お前たちは–––––」


「–––––いいえ、必要ありません。ルシフェル様はおっしゃいました。私たちはもう、家族なのだと。ならば私は、家族を守ります」


 サティファは、力強い瞳をルシフェルに向けて言った。


「……そうか、悪かった。わかった、あとは任せたぞ」


 ルシフェルはその言葉に思わず苦笑いしていた。


 サティファの答えは聞く前から分かっていただろうに、彼なりの誠意なのだろうか。


 というか、ルシフェルが負けるはずが無い。

 彼は……父さんは間違いなく強い冒険者だ。


 この世界に来て、父さんに剣術や戦術を教わってきたが、俺はただの一撃も当てたことが無い。


 どれだけ魔法を使って工夫しようと、ルシフェルはその全てに対応してくる。


 たしかに俺の戦闘経験は少ない。

 それでも、何度も父さん達と一緒に森で魔物と戦ったこともある。


 あのドラゴンがどれだけ強いかは知らないが、それでも父さんが負けるはずない……ッ!!


「……リュウ!最後に言っておくことがいくつかある!」


 だから……だからさ。

 そんな顔……しないでくれよ–––––。


 –––––最後なんて……言わないでくれよ。


「お前は俺によく似た子だ! きっと好色な男になるだろう! だがな、忘れるんじゃねぇぞ。お前を本気で愛してくれる人を見つけたら、その気持ちに応えてやるのが漢ってもんだ……。人の乙女心を弄ぶクズにはなるなよ!」


「……なんだよ、それ」


 こんな時に……なに言ってんだよ……。


「リュウ!漢は心にいつも剣を持たなきゃならねぇ!どんなことにも諦めずに立ち向かう、決して折れない剣だ!」


「……剣」


「そうだ、剣だッ!! 真っ直ぐでギラギラ光って、そんでもって誇り高い剣。どんな名工が打った剣よりも、ずっとずっと硬く鋭く曲がらねぇ剣だッ!! 負けらんねぇ、諦めれねぇ、いざって時に引き抜くんだ。その剣は、きっとお前を助けてくれるッ!!」


 クサいこと言いやがって……やっぱ、ルシフェルは最高の父親だよ。


「それと、もう一つ。これも大事なことだから、忘れるんじゃねぇぞ」


 ルシフェルはそう言い、力強い瞳を俺に向けた–––––。


「–––––いいか、人を簡単に信じるな。だが、人の可能性(・・・)は信じろ。人はな、こんな怪物どもがいる世界で生き残ってきたんだ。スゲェ可能性を秘めてるんだよ。神をも超える力を持つ可能性が……な」


 人を信じるな。だが、人の可能性を信じろ……か。



「だけどな、自分を本気で信じてくれる奴は、お前も本気で信じろ。自分の背中を任せられる奴に、お前も出会えるはずだ」


 ルシフェルはチラッとアインスとメイアを見た–––––。

 その横顔から見える瞳には、俺には計り知れないほどの信頼がこもっていた。


 そしてルシフェルは笑って、俺の頭を優しくそっと撫でた。


「俺はお前に全てを教えれたわけじゃねぇが、半分は教えた。残りの半分は、自分で見つけろ」


 そう言ってルシフェルは、今度は寂しそうな顔を見せる。


 ……そんな顔をしないでくれ、そんなことを言わないでくれ。


「メイア、アインス!子供達を頼む……ッ。メイシェル、エレナ!喧嘩ばかりして、母さんたちを困らせるんじゃねぇぞ!」


 ルシフェルはメイシェルとエレナを抱き上げて頬ずりした。


 その言葉を聞いてメイアは泣き止み、力強く頷く。

 アインスはいつものキリッとした表情に戻り、ルシフェルの肩を叩く。


「……シロ、リュウのことが好きか?」


 ルシフェルは俯いていたシロの顔を覗き込むように腰を落とし、そっと話しかける。


「……うん、大好き!ルシフェルさん、必ず帰ってきてね……」


 ルシフェルはその言葉に満足そうに頷き、首を振った。


「いや、帰って来れない。変に希望を持たせるのは嫌だから、はっきり言っておく。–––––俺は、帰っては来れない」


 その言葉に誰もが沈痛な表情をした。


「ゴブ達の件と言い、リュウの言う特徴といい、アレは間違いなく黒竜だ。あんな化け物がこの辺境の土地に現れるはずは無い。今回の襲撃の裏には、黒幕がいるはずだ」


 ルシフェルはその黒幕に、心当たりがあると言った様子だ。

 その表情から察するに、因縁のある相手か。


 –––––もしくは、黒竜以上の化け物か。



「だからな、シロ。俺がいなくなったら、俺の代わりにリュウを守ってやってくれ。シロになら、リュウを任せられる」


 おいおい、どさくさに紛れて何言ってんだよ。

 ……なにニヤニヤしてんだよ。


「それじゃ、あまり時間もないな。ドラゴンはもうそこまで来てるはずだ、早く避難してくれ。みんな……元気でな」


 ルシフェルはそう言って、家を飛び出した。

 ……俺は見た。


 –––––ルシフェルは最後に、涙を流していた。







 –––––








「みんな急いで!!森の中にある洞窟なら、安全だから!!」


「ミンナ!コッチ!コッチ、アンゼン!」


 –––––あれから2時間は経ったか。


 村人たちは列を作り、森の中にある洞窟を目指して歩いていた。

 メイアとアインス、ゴブと他の魔物たちは村人の護衛と道案内をしている。


 洞窟へはあと30分くらいで着くが、この調子だとそれ以上はかかりそうだ。


 ドラゴンはすでに村へと降り立ち、村の方からは煙が上がっている。


「リュウ……」


 俺が暗い表情で村の方を見ていると、シロが心配そうに俺の手を握った。


「……大丈夫だ、早く行こう」


 父さん……頼んだよ。


 村人たちはみんな、暗い表情をしている。


 ルシフェルが戦っているのに、自分たちが逃げるのはおかしいと言う人もいた。

 それだけ、皆ルシフェルを信頼していたのだろう。


 だが、彼らが残っても無駄死にだろう。

 これから街へ避難するかもしれないし、洞窟でやり過ごしたあとに村を復興するかもしれない。


 そんな時のためにも人員は少しでも多い方がいい。

 避難所としての役割を想定して、洞窟には日頃から食糧などの備蓄がある。


 この大人数で、いったいどれだけ耐えられるかはわからないが……。


 –––––しばらく移動すると、開けた場所に出た。


 俺がいつもシロと一緒に遊んだりするところだ。

 ゴブや他の魔物たちと出会った場所でもある。


 –––––そんな思い出の場所には、怪しい男が立っていた。


 男が身につけているのは、下の方がところどころ裂けている黒いローブ。

 顔は色白で綺麗に整った顔をしているが、禍々しい雰囲気だ。

 背中からはドラゴンのような翼が生えている。


 男の雰囲気を一言で表すなら、魔王だ。


「–––––待ちわびたぞ、光の力を持つ者よ」


 男は不気味に微笑んで言った。

 

 その冷たく重々しく響く声に全身が強張り、冷や汗が止まらなくなる。

 足が動かない、手が震える、本能が逃走を命じる–––––ッ。


「……貴方いったい誰よ!そこ、どいてくれない!?」


 メイアが強張った声で叫び、男に問いかける。

 アインスも既に剣を抜き、臨戦態勢だ。


 それを見てハッとなった俺も、急いで身構える。


「……ふむ、、すまない。名乗り遅れたな。我が名は《バハムート》。我が主の命により、光の力を持つ者の首を取りに来た。貴様らには用は無い、失せろ」


 その言葉に、俺は女神から聞いた名を思い出した。


《冥王竜 バハムート》


 –––––闇の龍神の配下の1人で、女神が特に気を付けろって言ってた奴だな。


 まさか、既に闇の龍神は俺の存在に気が付いてたってことか……ッ!!


「いきなり何言い出すのよ!!バハムートって、おとぎ話に出てくる名前じゃないっ!!」


「……ふん、聞こえなかったか。–––––面倒だな、まとめて殺すか?」


 マズいッ! バハムートから感じる殺意が一気に膨れ上がったッ!!


 あの野郎、本当にここら一体まとめて吹き飛ばすつもりだッ!! 


「–––––クソッ! ……メイア母さん、ここは先に行ってくれないかな?あの人、俺に用があるみたい」


 俺がそう言うと、メイアは意味がわからないという顔をしていた。


 そりゃそうだ、まだ10歳にもなってない子供に用がある化け物みたいな男なんているはずないよなッ?! 俺もそう思いたいッ!!


「急いで! あいつがその気になれば、みんな殺されるッ!!」


 あいつはヤバいッ! ヤバすぎるッ!!

 心臓がうるさい、震えが止まらない、怖い、逃げ出したい–––––ッ!!


 けど、それじゃみんなが……ッ!!


「お、おいっ!! 俺に用があるんだろ!だったら、ここにいる人たちを通してくれないか!! 狙いは俺だけなんだろッ?!」


「ふむ……まぁ、よかろう。覚悟はできているみたいだな」


 正直、勝てる気がしない。

 既に龍眼は使ってる、だからこそ分かる……理解してしまうッ!!


 圧倒的な魔力、心臓を抉り出すような殺意、隙だらけに見えても全く隙が無い。

 あきらかにレベルが違う、違いすぎる。


 もし戦えば、俺はここで死ぬ–––––。


「リュウ!何言ってるの!?あなたを置いて行けるわけないじゃない!!」

「そうよ!どうして親が子供を置いて逃げることができるのよ!!」


 メイアもアインスも、俺を心配してくれている。

 二人の額には、冷や汗がびっしりと張り付いている。


 バハムートのヤバさが、二人にもわかるのだろう。


「いいから早く!!みんなを連れて洞窟へ!!!!」


「……馬鹿言わないで、私たちが戦うわ。リュウはサティファ達と一緒にッ–––––」


「–––––良いからはやく行けよッ!!!」


 俺の必死な表情を見て、ただ事ではないとわかったのだろう。

 困惑しながらも、村人たちを森の奥へと進ませて行った。


「リュウ……母さんたちも戦うわよ。あなたを置いていけない」

「ありがとう…でも、行ってくれないかな?母さんたちに、もしものことがあったら、父さんになんて言えばいいか…」


 冥王竜 バハムート。

 こいつの強さは女神から聞いている。


 俺はおそらく、こいつを倒すことはできない。

 母さんたちと戦っても、なす術もなく負けるだろう。


 (俺はまだ死ねない、死にたくないッ!! 誰も失いたくないッ!!!)


 たとえ勝てる可能性が0に近かったとしても、こんな所で死ぬわけにはいかない–––––ッ!!!!!!


「お願い……必ず戻るからさ。父さんが言ったんだ、決して諦めてはいけないって」


「だから俺は勝つよ。絶対勝って母さんたちのところへ戻る。俺はルシフェル・ルークの息子なんだ、俺を信じてよ」


 俺がそう言うと、メイアは押し黙ってしまった。


「……リュウ、帰ってくるのよ?待ってるから」


 –––––アインスはそう言って、メイアと妹たちを連れて、森の奥へと入って行った。


「リュウお坊ちゃん、あなたが何を背負っているのかはわかりませんが、必ず勝ってくださいね。ご武運を……」


「リュウ、絶対だよ?絶対に帰ってきてね……」


 サティファとシロも、森の奥へと入って行った。



「……待たせたな」


「いや、良い覚悟だ。その勇気を認め、名乗ることを許そう」


 なんでこいつはこんなに偉そうなんだよ。

 だいたい、テメェらのせいでこんな事になったんだろうが。


「……リュウ・ルークだ。少しは手加減してくれるんだろうな?」



「ふむ、あまり期待はせぬ事だな」


 チッ……こっちはまだ子供だぞッ!!


「行くぜ、バハムートッ!! テメェなんざぶっ倒して、俺は絶対生きて帰ってやるッ!!!」


「フハハハッ!! よかろう、気に入ったぞッ!! 我が名は冥王竜、バハムート!!! 光の力を受け継ぎし者、リュウ・ルークよ!! かかって来るがいい!!!!」


 圧倒的不利、絶望的な力の差、それでも俺は絶対に諦めない。


(–––––いざって時の心の剣。こんなに早く抜くことになるなんてな……ッ!!)









 –––––






 普段は静かな森の中、だがこの時だけは違った。


 存在そのものが破壊と殺戮を思わせる竜の翼を持つ、黒いローブを纏った男。


 その身体からは殺意と暴力じみた魔力が溢れ出し、触れる者全ての命を壊してしまうほどの狂気。


「まずは挨拶代わりに受け取ってくれよ!!」


 そんな化け物と対峙する1人の少年の姿があった。


 彼が叫んだその刹那、何十にも及ぶ風の刃が吹き荒れ強襲する。

 だが、黒いローブの男は背中に生えた翼を巨大化させ、たったの一薙ぎで少年の魔法を全て打ち払ってしまった。


 あまりにも無謀な、まるで蹂躙と言わんばかりの戦力差。


 だが少年の目も、決して諦めてはいない。

 この絶望的な状況下でも、生き残るために決死の思いで化け物に立ち向かうその心は、もはや恐怖になど囚われてはいない。


 彼の名はリュウ・ルーク。

 冥王竜 バハムートを相手に果敢にも立ち向かう光の勇者。


「ほう!無詠唱魔術を使うか!!大した奴だ!!!!」


 開幕速攻、決して油断も加減も無かった攻撃も全て打ち消されてしまった。


 バハムートは不敵に笑い、腰に差してあった禍々しい黒剣を振り下ろす。

 

 (くそっ! 速すぎるッ!!)


 寸前のところで、リュウは風魔法を真横へ放ち回避した。


 空振りしたバハムートの剣はそのまま大地を引き裂き、その一撃が受け止めるだけでも致命的なのだと言うことを物語る。



「その眼……やはり龍眼か。厄介なものを持っているな」


 気怠そうに吐き捨て、更なる追撃を仕掛けて来る。


 彼が地面を一歩蹴るだけで、ものすごい速さと衝撃でリュウの背後へと姿を現す。


 常人ならまず着いてはいけない速さではあるが、リュウには龍眼がある。


 龍眼は確実にバハムートの動きを捉え、反撃の機会を与える。


「ここだ! 『ライジングブラスト』ォォッ!!!」


 至近距離からの渾身の魔法。

 

 それは背後から斬りつけようと振りかぶっていたバハムートの胴体を確実に捉え、その凄まじい威力によりリュウも後方へと吹き飛ばされる–––––。

 

 –––––しかし、土煙から見えるバハムートは一歩も動いていなかった。


「どうした、もう終わりか?––––– ならば、死ねッ!!」


 その言葉を置き去りにするかの如く、バハムートは地を蹴り音よりも速く姿を消した–––––。



















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