第5話『箱の中で』

 







 ルシフェルとの稽古を終え、俺は森へと出かけた。


「この辺りでいいかな」


 俺はさっそく、昨日女神に教わった魔法を使ってみることにした。

 確かこうだった気が……。


「『禁断の箱パンドラボックス』」


 俺がそう言うと、目の前に禍々しいオーラをまとった黒い箱が出てきた。


 おぉう……。

 これ、開けちゃいけない気がする……。


「『奇跡の箱ミラクルボックス』」


 今度は、神々しい光をまとった白い箱が出てきた。


 うん、こっちは大丈夫そうだな。

 まぁでも、いずれ開けなきゃいけないものだ。

 黒いのも開けるか……。


 そう思い、俺は黒い箱の蓋を開けた––––その瞬間、俺は箱に喰われてしまった。






 ––––––––








「痛っ!なんなんだぁ?––––うお!?」


 目が覚めると、黒いワンピースを着た女の子が俺の顔を覗き込んでいた。


 吊り上がった紫紺の瞳に、腰まで伸びた長い黒髪。

 しかめた眉が彼女の気の強さを見て取れる。


「–––ねぇ、欲しいものを言ってくれないと、持ってこれないんだけど?」


 少女はなにやら不機嫌そうだ。


「え……と。悪いんだが、ここはどこだ?」


 俺がそう言うと、少女は、はぁ?という顔をした。


「あんた、何も知らないで私を呼び出したわけ?呆れた……」


 なんで呆れられてんの?俺……。


「いいわ、教えてあげる!私はパンドラ、この“禁断の箱”の管理を任されている妖精よ!」


 え?妖精?

 あぁ、そうか。妖精種ね、初めて見た。


 いきなりファンタジーになるんだもん、びっくりした⭐︎ ––––早く慣れないとな。


「あなたがこの箱を開けるときに取り出したいものを言えば、私があなたに渡してあげるの。その様子じゃ、この箱に何が入っているのかもわからないでしょ?ついてきなさいっ!」


 パンドラはそう言って、奥の方へと歩き出した。


「––––いい?あれは300年前に作られた《魔断剣 カイザーエッジ》よ。魔法を斬ることのできる剣なんだけど、使うとかなりの魔力を吸い取られる呪われた剣なの。あの無駄に派手な装飾が可愛いのよねっ」


「それで、あれは《魔神鎧 ディクロアイト》。かなり頑丈な鎧だけど、あれも呪われていて鎧に意思があるの。ようするに、利害が一致しなければ装備できないってこと。強情で生意気だけど、性能はお墨付きよっ!」


 パンドラは、アレコレと指差しながら詳しく教えてくれる。

 その顔は、どことなくイキイキしている気がする。


「なぁ〜、なんでお前はそんなに楽しそうなんだ?」


「な!?べ、別に久しぶりのお客さんだから嬉しいってわけじゃないんだからね!!」


 あぁ、嬉しかったのね。

 これがツンデレというやつか。


 生ツンデレ、いただきましたっ!!


「いい?私の箱は主に、《呪い系》の物を扱っているの。それ以外のものを入れようとしたら、腕ごと喰い千切ってやるわ!!」


 ひえぇ〜……見かけによらず、怖いこと言うんだな。


「あなた、もう一つの箱の方にはまだ行ってないんでしょ?だったら、そっちの方も行っておいたほうがいいわ」


 もう一つの箱か。

 正直、また喰われるんじゃないかと思ってしまう……。


「パンドラってさ、外に出れないの?そしたら、ここで寂しく過ごすこともないだろ?」


「だーかーらー!別に寂しくないって言ってんでしょ!? 出れることは出れるけど、外に出てもいいことなんてないし……」


 出れるのか!

 だったらパンドラにも、あっちの箱についてきてもらおう!


 なんなら先に入って貰えると助かるんだが!!


「じゃあさ!もう一つの箱に一緒に来てくれないか?なぁ〜、頼むよ!な?」


 俺が必死に頼むと、パンドラは渋々といった感じで了承してくれた。


 そして俺たちは、パンドラの箱から外へと出た。






 ––––––––






「んー!久しぶりの外はキツイわぁ〜……!」


 外へ出ると、箱がそのままパンドラになった。


 木々の間から顔を覗かせる眩しい日にうんざりといった様子だ。



「それじゃ、早く行くわよ!私はついイライラして食べちゃったけど、この子は違うわ!普通に入れてくれると思うわよ!」


「おい!いくらイライラしたからって、喰っていいいわけないだろ!?怖かったんだぞ!!」


 なんてひどい奴だッ!やっぱりこの箱にぶち込んでやる!!


「な、なにすんのよ?! ふざけてないで、さっさと入りなさいよ!!」


「いってぇ?! 入るから殴るなっ!!」


 俺は白い箱を開けて、恐る恐る中へ入った。


 とりあえず喰われはしなかったけど、あれはもうトラウマになりそうだ……。





 ––––––––





「おわぁ!!」


 目を覚ますと、目の前に白いワンピースを着た女の子が、俺の顔を覗き込んでいた。


 またかよ!

 なんでこんな登場の仕方ばっかすんだよ!

 心臓に悪いわ!!


「うわぁい!久しぶりのお客さんですぅ!–––あれ?なんでパンドラちゃんもいるんですかぁ?」


「久しぶりね、ミシェル。元気そうでよかったわ。こいつが私たちの新しい持ち主、リュウよ!」


 ミシェルと呼ばれた少女は、太陽のような柔らかい笑みをしている。


 よかった、パンドラみたいな子だったらどうしようかと思ったぜ……。


「うわぁい!新しいご主人様ですぅ♪ 私はミシェルって言いますぅ♪ よろしくお願いしますねぇ? ご主人様ぁ♪」


 ご主人様って……。

 まぁ、本人の自由だからいいけどさ……。


「こいつ、私たちのこと何も知らないのよ。この箱に何が入っているのか、教えてあげてくれない?」


「わかりましたぁ!こっちですよぉ〜♪ ついてきてくださいねぇ♪」


 俺とパンドラはミシェルに案内されて、奥へと歩き出した。


「あれはぁ、500年前に作られた《幻想鎧 ファンタズマ》ですぅ!装備した人に特別な恩恵を与える〜とかだったはずなのですがぁ、忘れちゃったのですよぉ〜♪ 」


「あっちにあるのが、《幻夢盾 ファンタジスタ》ですぅ。どんな災厄も払いのける効果があるんですよぉ?」


「そしてあれがぁ、私の一番のお気に入りの《光の指輪》ですぅ!これを付けているとぉ、ピンチになったときに助けてくれるんですぅ!」


「へぇ〜……。これ、俺がつけててもいいか?」


 ブカブカだけど、親指になら付けれそうだな?


 初めて俺でも装備できるやつを見つけたぜ……。


「もちろんですよぉ!はい、大切にしてくださいねぇ?」


 –––俺は光の指輪をはめた。


 金色に輝く指輪からは、不思議な力を感じる。




「それじゃ、何かあったら言いなさいよね!」

「いつでも呼んでくださいねぇ?待ってますからぁ♪」


 俺は二人を戻し、家へ帰ることにした。







 ––––––––






 家へ帰ると、門の前にメイアがいた。


「リュウ、あなた今どこへ行ってたの?」


 なんだか怒っているようにも思える。


「どこって……森ですけど」


 俺なんかやったかなぁ?

 今日やったことといえば、朝起きて階段を降りてたら、寝ぼけて足を滑らせて、そのまま転がり落ちてサティファの胸に飛び込んだくらいだ。


 あれは事故だしなぁ。

 いい感触だったけど……。


「あなた、今日がなんの日かわからない?」


 今日?

 はて、なんの日だったか?


「そう、知らないならいいわ」


 メイアはそう言って、家の方へと目配せした。

 そこにはルシフェルがいて、メイアに頷き返しているのが見えた。


「いいわ、中に入りましょ」


 メイアはそう言って、俺に家の中に入るように促した。

 俺はドアを開け、中に入ろうとしたときだった。


 ––––パンッ!!


「「「「リュウ!!誕生日、おめでとー!!」」」」


 何かの爆裂音とともに、大きな声が聞こえてきた。


 ––––は?え!?

 俺の誕生日…だと!?


「リュウ、さっきはごめんなさいね……。まだちょっと準備が終わってなかったから、足止めしたのよ。あなたを怒ったわけじゃないわ」


 メイアが申し訳なさそうに言った。


 この世界では、年の節目に盛大な誕生日パーティーを開催する習慣があるらしい。


 5歳,10歳,15歳になると、盛大なパーティーを開くらしい。

 ちなみに15歳が成人で、結婚は12歳からだそうだ。


 R15はあっても、R18は無いようだ。



 –––そっか、今日は俺の誕生日だったのか……。


 なんか、こんなに盛大に祝われるのは初めて、だから、とても……嬉しい、な。


「ありがとう……ございます。とても、うれしいですっ!!」


 思わず涙が溢れ出してくる。


 前世での誕生日パーティーなんて、特に何もしなかった気がする。

 こんなに盛大に祝われたのは初めてだ。


「おいおい。泣くことじゃねぇだろ」


 ルシフェルは笑いながら、俺の頭をワシャワシャと撫でた。


「リュ、リュウ!?どうしたの!?」


 シロもオロオロしている。


「にーたん、どこかいたいの?」

「にぃ、だいじょうぶ?」


 妹たちも心配してくれている。


「もう!メイアのあれ、演技に見えなかったわよ!」


「え!?私、そんなに怖かった!?」


 アインスとメイアも、突然泣き出した俺への対応に困っている。


「まぁ、リュウお坊ちゃんたら。とても可愛らしいですねぇ♪そうだ!みなさんからリュウお坊ちゃんにプレゼントがあるんですよ?私からは、これです!」


 サティファさんから渡されたのは、小さな木箱だった。


「開けてみてもいいですか?」


「もちろんです♪ さぁ、どうぞ」


 俺はワクワクしながらその小さな木箱を開けた!


 –––中には小さな白い布が、綺麗に折りたたまれていた。


 それが何か、取り出してみてわかった。


 …………これ、パンツだ。

 小さな可愛らしいパンツが入っていた。


 純白のパンツについた小さな可愛らしいリボン。

 なんでこんな物が……?


「あー!!!それ、シロのパンツだよ!?お母さん!なんでリュウにあげるの!!?」


 やっぱりこれ、シロのだったか……。


「ハハハ、ありがとうございます。大事にしますね」


「大事にしなくていいよ!!」


 シロの顔は耳まで真っ赤だ。

 可愛いなぁ。


「サティファらしいプレゼントだな。リュウ!俺からはコレだ!」


 ルシフェルが前に突き出してきたのは、茶色い靴だった。


「お前に似合うと思ったんだ。これはな、ただの靴じゃないんだぜ?魔力を送ると、風のように速く走ることができるんだ」


 魔法道具マジックアイテムなのか!


「父さん、ありがとう!大切に使うよ」


 俺がそう言うと、ルシフェルは満足そうに笑った。


「私からはコレよ。コレはね、あなたの曾お祖父さんが倒したドラゴンから取れた魔法石なの」


 メイアはそう言って、碧色の石がはめ込まれたペンダントを俺の首にかけた。


「私のお祖父さんは有名な冒険者でね。いろいろな魔物を倒してまわっていたのよ」


 

 昔、よく寝物語にメイアから聞かされてたなぁ……。

 とても強い冒険者で、ドラゴンとも戦っていたとか。


「ありがとう、メイア母さん!大事にするよ!」


 メイアは、うんうん、と頷いていた。


「私はコレをあげるわ。私の師匠からもらったものなの」


 アインスはそう言って、一本の剣を差し出した。

 よく使い込まれた剣で、何度も修理された跡がある。


 それもそのはず、これはアインスが肌身離さず持っていた剣だからだ。


「え?でもコレって……アインス母さんがいつも持っている剣だよね?」


「いいのよ。私が持っているよりも、あなたに持っていて欲しいの」


 メイアの愛剣は《魔法剣マジックソード》で、魔法剣士が愛用する系統の武器だ。

 魔法の威力を高めたりと様々な効果を発揮し、戦闘でとても使い勝手のいい武器だ。


 たしか、その系統の魔法やスキルを持つ鍛治士でなければ作ることはできず、値段もかなり……。


「ありがとう!俺、絶対にアインス母さんみたいな剣士になるよ!」


「今はまだ大きく感じるかもしれないけど、将来きっとあなたの役に立つはずよ!」


 –––俺はアインスとは血は繋がってないけど、本当のお母さんのように思っている。


 アインスはとてもいいお母さんだ。

 もちろん、メイアもだけどね!


「え……とね。リュウ!これ!」


 おぉ?

 シロもくれるのか?なんだろうなぁ〜。


「–––あれ?シロ……これって、もしかして魔法石か?高かったんじゃないのか?」


 小さな紙袋の中には、青色の魔法石がはめ込まれたブレスレットが入っていた。


「リュウお坊ちゃん、それはですね。シロが私たちのことを一生懸命に手伝ってくれた代わりに買ってあげたものなんですよ?あぁ、大好きな人のために働く乙女……!なんて素敵なんでしょうか!!」


 そっか、シロが俺のために頑張ってくれたのか。

 こんな小さな女の子が俺のために……ありがたいなぁ。


「ありがとな、シロ!とても素敵だよ!」


 俺が笑顔でそう言うと、シロはサティファの後ろに隠れてしまった。

 恥ずかしがり屋さんだなぁ。


「にーたん、はいこれ!」

「にぃ、どうぞ!」


 なんだ?

 メイシェルとエレナも、プレゼントをくれるのか?


 二人から渡されたものは、俺とシロとメイシェルとエレナが、仲良く遊んでいる絵だった。


「ありがとなぁ。にぃちゃん、大事にするよ」


 あぁ、幸せだなぁ。

 この幸せが、もっと長く続けばいいのにな。






 ––––––––







「そうなんですね〜! あなたがこの世界に来て、もう5年も経つんですね〜……」


 その日の夜、女神に今日のことを話した。


 そうだな、もう5年も経つんだな。

 時間が経つのが早く感じる。


「代わりと言ってはなんですが、私からもあなたに渡すものがあります」


 女神はそう言って、俺の額に手を当てた。


 なんだろう……。

 どんな魔法を教えてくれるのだろうか。


「これは特別な魔法です。いざという時に、一度・・だけ、使ってください」


 女神の手が淡く光り、不思議な感覚が残る。


「–––––わかった、闇の龍神にぶちかましてやるよ!」


 俺がそう言うと、女神は少し悲しそうな顔をした。










 この時、俺は気が付いていなかった。

 なぜ女神が悲しそうな顔をしたのかを。


 そして闇の龍神もまた、動き出していることに––––。















 ー第1章誕生編終了ー


 〜第2章竜王編へ続く〜






















 

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