第12話 続 遠い国の返事 上 宮子さんの新居

今日で宮子さんと一緒にいられるのも最後。

「今日は私が今度住む施設を一緒に見てくださいね。ここから歩いて行けます。とても近いのよ。」

宮子さんが住むところ、是非見たいとみんなで歩いて行きました。海辺に面した処に薄い水色の5階建ての建物がありました。シンプルな建物ですが上品でした。宮子さんについて玄関を入ると、そこはまるでホテルのロビーのように広々として、ふかふかのソファーがあちこちに配置され小さなテーブルもありました。そこで飲み物を飲みながらお話をしているお年寄りも何人もいました。フロントのような場所にコンシェルジュと呼ばれる案内の女性が二人いて、にこやかな笑みを浮かべていました。全くホテルです。

 「ここがメインのホールです。あちらには図書室や運動をするお部屋があります。そしてあちらが食堂。」

食堂に入ると宮子さんのお手紙にあったように、まさに高級なレストランのようでした。テーブルには深い緑と薄いクリーム色のテーブルクロスがかけられていて、真ん中にガラスの花瓶、そこにお花が飾られていました。

「毎日、3つのメニューで夕食を作ってくれます。前の日にどれが食べたいか記入する紙が配られるので、食べたいものに丸をつけるの。食べなくてもいいのでその時はメニューに×印をつけておくのです。」

「一階はこれだけ。エスカレーターと車いすの人でも大丈夫な大きなエレベーターがありますよ。」


みんなで二階にあがっていきました。

「ここは大きなお風呂と、リハビリの方の練習のお部屋があるの。そしてお泊まりする看護士さんと介護士さんたちのお部屋があります。それから一番大事な医務室があります。

 体調が悪くなったらそこでお医者様に診察してもらえます。この建物の後ろ側、山側の方に総合病院があって、そこからお医者様がきてくれるのです。重症の時はすぐその病院に入院できるようになっています。

 そのことがこれからどんどん年を取っていく私には一番安心なのです。」

二階の施設もとても充実しているようでした。


そして三階に上がりました。

「ここから上はここに住む人達のお部屋です。四人部屋と二人部屋と一人部屋があります。ご夫婦で二人部屋に入っている人達多いのですよ。私はこの三階の一人部屋です。」

宮子さんはすでに自分の部屋の鍵を持っていて案内してくれました。海側の見晴らしのいいお部屋です。なかなか広く、濃い紺色の絨毯が敷かれていてベッドが置いてありました。

 小さいけれどキッチンもあるし、冷蔵庫もありました。壁側には大きなクローゼットが取り付けられていました。エアコンディショナーも設置されていました。

「ここへは夫の机と椅子、それから食事に使ったテーブルと椅子、私のお気に入りのソファ。本棚と私に必要な本。あとは電気製品を持って来ます。あ、それと少しの台所用品と衣類などね。」

宮子さんはニャーモさんの手からメールボトル19を受け取ってベランダに出ました。「見晴らしいいでしょ。海がすぐそこ。でもほらここの柵、1メートル60センチもあるのよ!間違ってベランダから落ちたりしないように高くなっているの。でも高すぎてちょっと外が見えにくいわね。

 今ここには座るものがないから、一階に行って少しお話しましょうね。」

と宮子さんが言いました。宮子さんのお部屋を出てみんなで一階まで戻りました。


「そうそうレストランは3時まで簡単なランチとか、ケーキや飲み物をお願いできるのよ、行きましょうか?」

宮子さんがそう尋ねてくれましたが、ニャーモさんはなんだか胸がいっぱいで、今は何も食べる気にならなかったので丁寧に断りました。それでロビーのソファに座って話しを始めました。

「私が・・・さみしがるって心配してくれているのでしょ。でも本当に大丈夫なのですよ。あの広い家に一人で住んでいるより、ここだとたくさんの人と毎日会えます。お友達もできるでしょうし、橋本さんご夫妻も遊びにきてくれます。

 私はとても恵まれているの。こんな立派ななんでも揃った施設に入れる人ってたくさんはいません。とても贅沢なことなのです。夫が一生懸命働いて私にお金を残してくれたからできることなの。退職金で豪華なモーターボートなど買いませんでしたしね。」

宮子さんは悪戯っぽく笑いました。


「夫の一番の、たった一つの贅沢はアスペンケードですね。それだけ。

 あの家も大学の教授の方が良いお値段で買い取ってくれました。だから夫の膨大な書物は全部差し上げますの。

 私は恵まれすぎているぐらい恵まれた人生を送ってきました。だから・・私の命が消える前に世の中にほんの小さなことでもいいから、何かお返しがしたいと思っています。今はどんな形でお返しできるかまだ何も考えつきませんが。」

「宮子さん、宮子さんならきっと何か素晴らしいことを思いついて、世の中にお返し、必ずできますよ。」

ニャーモさんは宮子さんの手を握りしめて力強く言いました。

メールボトル19も、きっと必ずできると思いました。

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