最果ての魔法使い

 蝋燭の火を灯し終えた時のように光が二人を覆う。蝋燭の時よりも柔らかな光だが、二人はぎゅっとまぶたを閉じて光の中に納まっていた。デジャヴを感じさせる光景にしばらくじっとしていると、ふっと光が止む。

 魔法というのはいつも唐突に始まり唐突に終わるものだ。気が付くと二人は、またしても知らない景色の中に佇んでいた。


「今度はどこに来たんだ一体……」

「塔の住人の居室じゃね?」


 きょろきょろと二人して辺りを見渡す。

 無機質な石の壁は牢獄のような冷たさで二人を見つめ、石造りの暖炉の中には山のように灰が積もり。どこへ続くのだろうか木製の扉が暖炉の向かい側に鎮座し、埃以外乗っていない机が二人の目の前に居座り。

 誰もいない室内は酷く冷めていた。


「住んでいる人はどこへ行ったんだろう」

「もしかしたら誰も住んでいないんじゃないか?」

「でも、暖炉にはあんなに灰が積もっているし、誰か住んでいると思うんだけど」

「もう何年も前の灰なんじゃね?」

「そうなのかな」


 誰もいない、燭台もない。さてどうしたものかと二人で悩んでいると、どこからかコツコツと石の床を叩くような音がした。それはどうやら木製の扉から聞こえているようで、二人は暖炉の方へ後退る。

 コツコツと床を鳴らす軽やかな音は、着実にコチラへ向かってきているようで、アッシュとアルベルトはお互いに息をひそめて身を寄せ合った。あれほど罵り合っていた仲だというのにも関わらず。外敵に怯える小動物のように、二人は小さくなっていた。

 やがて音が扉の前で止まり、ドアノブがゆっくりと回される。


 ぎぃと音立てて開いた扉の向こうから現れたのは赤い長髪の男性。魔法使いの象徴ともいえる長いローブを羽織ったその人は、暖炉の前で小さくなっているアッシュとアルベルトを見つけると、ふわりと微笑んだ。


「巡礼お疲れ様。さぁ、旅を終わらせよう」


 ホーソンを思わすような夜空色の瞳を細めた男性は、二人の方に手を伸ばす。ゆるく結われた長い赤髪がさらりと肩から零れ落ちた。


「あ、あんたが最果ての魔法使いか?」

「名乗ってもないのに最近はそう呼ばれることが多いけど、俺の名前はローレン。果ての島の番人」

「番人?」

「毎年訪れる巡礼者の加護と、十三本目の燭台までの案内人さ」


 ローレンと名乗った赤髪の魔法使いは、何の敵意もないことを示すようににこやかにしている。

 アッシュとアルベルトはそんなローレンの様子に毒気を抜かれたのか、ほっとした顔になっていた。


「十三番目の燭台はどこにあるんですか?」

「扉の向こうだよ。さぁ、行こうか」


 アッシュとアルベルトに背を向けて扉に手をかける。ぎぃと扉を引いたローレンは、二人に扉をくぐるようにうながして、扉の向こうへと消えて行った。


「‥‥‥行くか」

「そう、だね」


 恐る恐る二人も進んでいく。森の魔法使いの弟子と、大陸を治める王族の王子。彼らの不思議な旅は、ようやく終わりを告げようとしていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る