花吹雪

 ろうそくに火がついて壁が崩れた瞬間、燭台から光の柱が立ち上る。太陽の光のような、月の光のような、不思議な光は目の前の燭台以外からも上がっているようで。


「なんだ⁉」

「まぶしい……!」


 杖を構えていたアッシュも遠くの方で光の柱が出来上がっているのを見て驚く。

 一つ、二つ、三つと増えていく眩い光は、やがて十二本にまで増え。まるで花園を囲うかのように光り輝いていた。


「な、なにこれ……」

「オレも分かんねぇよ!」

「魔法使いでしょ⁉」

「まだ見習いだ‼」


 聞きなれた言い合いをしているうちに、光の柱が手を繋ぐように広がりドームのような形を成していった。

 いつの間にか二人を喰らおうとしていた亡霊もいなくなり、晴れ渡った花園の中で花々が優雅に揺れている。赤、青、黄、紫、橙。大きい花弁から小さな花弁。棘のあるものから蔦のようなものまで。

 まるでこの世全ての花々が集まっているかのような光景は、確かに楽園と称するに相応しかった。


「凄い。さっきまでのイヤな感じがなくなってる」

「亡霊もいつの間にか消えたな」


 甘く穏やかに花が揺れ、温かな香りが鼻をかすめる。


「……ここは、たくさんの人が亡くなった場所」


 アルベルトはふと膝を折りかがむと、笑うように揺れている小さな花に手を添えた。


「これは、この花園は。その人たちへの献花なのかな」


 亡霊から逃れるために散々走り回り鼻を踏み荒らしたはずなのに、光のドームにかこまれた花々はとても元気に空を見上げている。心なしかドームと同じように発光している気さえした。


「もしかしたらそうなのかもな」


 アッシュも遠くの方を見ながら呟いた。

 二人ともしんみりとした空気に黙りこくっていると、二人の間を駆け抜けるように一陣の風が吹く。その風はアルベルトの金髪を巻き上げ、アッシュのローブをふわりとなびかせた。


「ここが戦場だったなんて、信じられないな」

「でもそれが歴史なんだ。時間の流れってそういうもんだろ」


 人よりもはるかに長い時間を生きる魔法使いは、他の何者よりも時間の残酷さを知っている。歴史の歪さを、知っている。「時間の流れだ」と口にしたアッシュは、まだ幼いながらもしっかりと魔法使いの風格を携えていた。


「……それもそっか」


風が吹く。穏やかだったはずの風は、ゆるやかに速度を伴っていって。いつの間にか台風のように渦を巻く風は、花園の中央を目としているようだ。しんみりとした二人の空気を壊すようにごうごうと音を立て始めている。


「今度はなに⁉」

「高濃度の魔力……風の中に何かいるぞ!」


 唸る風は弧を描き、花園の花を巻き上げながら竜巻を作った。花の嵐のような光景は、なかなか目にできない幻想的なものだが、それ以上に風の勢いがとてつもなくて。「わぁキレイ」という間もなく、その力強い風を前に二人は両腕を顔の前でクロスさせた。


 そうすることしかできなかったのだ。


 巻き込まれてしまわないように足を踏ん張って、砂埃が目に入らないようにぎゅっと目を閉じて。


 どれくらいそうしていただろうか、風が吹き上げた時と同じくらい唐突にふっと風がやんだ。同時に、風と一緒に飛んでいた花々がふわりふわりと舞い落ちてくる。

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