亀裂
だんだんヒートアップし胸ぐらをつかむ勢いの二人。
亡霊はそんな一触即発な二人の元へ静かに忍び寄り、とぐろを巻く。影はしばらく二人のことを品定めするようにじっと見ていたが、ふいにアルベルトの方へ黒い手を伸ばした。
「王子様!」
それにいち早く気付いたアッシュは、咄嗟にアルベルトの手を引くと叫んだ。
「 」
小さく稲妻が走り、黒い影を跳ねのける。アルベルトは自身の横を過ぎて行ったその小さな雷と、不穏な黒い影に身をすくめた。
「僕にも当てるつもりか⁉」
「しょうがないだろ、咄嗟だったんだから!」
お互いに繋いでいた手をパッと放り出した。
やんややんやと、危機一髪を乗り越えたばかりだというのに二人はまた言い合いを始める。亡霊が怒りを主張するかのように呻き声を上げた。
「というか、この亡霊っていったい何なんだ?」
「この場で亡くなった人たちの未練だってさ」
十一本目の蝋燭に向かって走りながら二人は話す。
「アレが人だったって言うのかい? あんな、子供の描いたぐちゃぐちゃな絵みたいなやつが?」
「未練の塊だって言ったろ? 形なんてないさ、ただの感情の集合体。しかも良い感情じゃなくて、恨みつらみ妬みひがみ。そんな感情を鍋で煮てひっくるめたのが亡霊だ。姿形があぁなるのも仕方ないだろう?」
「仕方ないってそんな……」
辿り着いた十一本目の蝋燭にアルベルトが火を付けながら悲痛そうに言う。
人間は魔法使いよりも目に見えるものが限られている。魔法使いであれば見えるような妖精や、不思議な生き物たちはまず見えない。
だからこそアッシュの説明が腑に落ちなかったのだろう。感情の塊、未知のバケモノ、歪な影。理解のできないものには、恐怖を覚えることが人間の必然で当たり前だ。
それはアルベルトといえど例外ではなく。踏み込んだことのない魔法使いの世界に、この一夜だけでさんざん振り回されてきた彼は、もうくたくただった。
「早く終わらせよう」
「最初からそう言ってんじゃん」
「……」
十一本目を灯した彼らは、亡霊から逃げつつ最後の一本―……といいつつ十二本目だが、そこへ向かう。蝋燭に照らされた花園は、ぼんやりとその全貌をさらけ出し始めていた。
それは花園に咲き乱れる花の色形だけでなく、その場に相応しくない亡霊の姿までしっかりと。
晴れていく暗い空とは対照的に、澄んでいっているはずの空気に雑じって黒い影が浮き彫りになっていき。とどろく暗い亡霊の数々に二人は戦慄した。
「ここで、こんなにもたくさんの人が亡くなったっていう事……?」
「ただ亡くなっただけじゃない。これだけの数の人が、望まない最期を迫られたってことだろう」
「なんてことを……!」
「ま、いかに不毛な争いだったかってことだな」
ゆらりゆらり揺れる影。改めて知ってしまった事実に目を細めてみていたアッシュとアルベルトだったが、『不毛だ』といったアッシュにアルベルトが言いつのる。
「不毛? この戦いは魔法使いからの圧政を、虐げられた人間たちの必死の抵抗戦争だ! 不毛だなんて、そんなわけない!」
「はぁ? ここの戦いは人間が魔法使いを無意味に処刑していったせいだろ? 罪もない魔法使いが次々に殺されていって、だから魔法使いが人との全面戦争をしたって」
「そんなわけない、僕らはそんなことしていない! 大体、なんだいその捻じ曲げられた歴史は。滅茶苦茶だ!」
「それはこっちのセリフだ! 魔法使いが圧政? 人間を支配するくらいなら大人しく隠居生活してるさ。人間なんて関わっても良いことないんだから」
「なっ! 関わってもいいことがないのは魔法使いの方だ!」
「だいだい、虐げてきたのは人間の方だろう。変な力を持った危険な奴って、なにもしてないのに勝手に思い込んで。なにもしてないのに危ないからって勝手に殺して」
出会った当初のように言い合う。十二本目の蝋燭まであと少しだというのに、二人は気が付かないままひたすら言い合った。
二人がお互いを傷つけるような言葉を言うたびに、黒い影が距離を詰めて来る。それだけじゃない。だんだんと、大きく大きく膨らんでいく。
やがて、花園を闊歩していた亡霊が一つにまとまった頃、二人はようやく異変に気付いて口を閉ざした。
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