嚙みつき合い
「あと二本だよな?」
「でも、蝋燭の火は一つしか見えない」
「王子様の目が可笑しいんじゃないか?」
「じゃあ下見てごらんよ」
言われるがままアッシュも眼下の景色に目を走らせる。人間は夜目が効かないからだろうと、そう思ってしっかり目を凝らした。しかし、やはり見える火は一つだけで。
「おっかしいな……十三本って言ってたはずなのに」
「ほら、やっぱり」
「うるさいな」
「うわぁ!」
ぐんと急降下した箒にアルベルトは情けない声を上げた。
「いきなり何するんだ!」
「何も~。早く王子様の子守を終わらせたいだけさ」
「誰が子守だ!」
ぎゃんぎゃんと言い合いをしながら箒は一つの蝋燭に近寄る。目視できる最後の一つにたどり着くと、彼らはそそくさと蝋燭を入れ替えた。もちろん先ほど現れた亡霊に気を配りながら。
「さて、と。火を付けるか」
小さく呪文を唱えただが、杖先に火は灯るのになぜか蝋燭に火が灯らず。アッシュは何故だと首を傾げた。呪文は間違っていない、火力も十分なはずなのに。
「今さっきこの蝋燭を入れ替えたのは君だろう? この追悼の巡礼は、他種族が協力して行わないと意味をなさないんだ」
そう言いアルベルトが燭台に近づくと、シュッとマッチ箱を擦り火をともした。
「蝋燭を入れ替えた者とは別の者でないと火を付けられない、ってことか」
「こんな簡単なことも分からないなんて……」
「うっせ。王子様もオレが火を付けようとするまで止めなかったくせに」
「それは、君の間抜けな顔が見たかったからさ」
「この野郎」
言い合いをしながらも二人は花園の周囲の蝋燭に火を灯していく。その度に暗闇が晴れて、なんだか空気も澄んでいくような気がした。一つ、また一つ花園の周りに火が灯る。箒に乗ったまま十本の蝋燭に火を灯した彼等だったが、その時、ふっと箒が元の杖に戻ってしまった。
「あ、やべ」
「うわぁ!」
地面からそう距離のない高さで杖に戻ってしまった箒は、アッシュの手の中でしんと大人しくしている。箒に乗って優雅に飛んでいた二人はというと、片方は突然の出来事にしりもちをつき、片方はしっかりと着地していた
「急に何するんだ!」
しりもちをついたままアルベルトが叫ぶ。
「仕方ないだろう! 魔力切れだ」
しれっと答えたアッシュは、危なげもなく着地したおかげで打ち身もなく。涙目になって座り込んでいるアルベルトから恨めしそうに睨まれていた。
「ふんっ、これだから魔法使いは……」
「いや、生理現象だから仕方ないだろう!」
「事前に察知して地面にいればよかったじゃないか!」
「なっ、王子様が走れないっていうからわざわざ箒に乗せていたっていうのに⁉」
「もう回復してますけど⁉」
花に囲まれて二人は言い合いを始める。しかし忘れてはならない。この花園には亡霊という悍ましい存在が闊歩しているということを。
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