出発

 最果ての島、その島の中央にある花園は十三本の蝋燭に囲まれているという。死者への追悼の意を込められるそれは、しかし永久的に火が灯ることは決して無く。毎年毎年、縮んだ蝋燭を入れ替えているらしい。歴史を忘れないように、双方から代表を選出して。

 そう話したホーソンは、すこし苦々しい表情をして弟子に向き直る。


「一度選ばれたら辞退することはできない、これは選出されたら絶対なんだ。誰かに代わることも出来ない。あの大戦が終わってからずっと続けている、決まりなんだ」


 説明するというよりも、説得するような言葉。ホーソンは弟子が巡礼に行くことを快く思っていないのだろう。弟子に話す言葉は、まるで自身を説得する言葉のようにも聞こえた。


「人間の代表はどこにいるんですか?」

「アッシュ!」

「行きますよオレ、巡礼に」

「でも」

「蝋燭を入れ替えて火をつけるだけですよね? それくらいオレにもできます。だから、先生は待っていてください」


 先生が渋る理由は、きっと自身が未熟だからだろう。

 そう思ったアッシュは、先生が誇れるような弟子になるいい機会だと張り切ってそう言った。杖も持っていないまだまだひよっこな魔法使いだが、おつかいくらいはこなせるぞ、と。アッシュはいつになく張り切った様子でホーソンに言い放った。


「果ての島にはある魔法使いがおる。その魔法使いはきっと君たちに害を与えることは無いじゃろうが、あまり失礼のないようにしなさい。眠れる獅子ほど恐ろしいものはないからの」


 ほっほっほと朗らかに笑うミハエルは、己が師に啖呵を切った弟子を見つめる。若く青い魔法使い。一昔前であればその青さに渇を入れ、頭を抱えていただろうが、今はその時よりも平和で穏やかな世界だ。その青さを眩しいと思うと同時に羨ましく思ったミハエルは、果ての島の注意点をいくつか挙げていく。


「それから亡霊に気を付けなさい。あそこでは多くの人の命が失われておる。それもほとんどが自身の意にそぐわない、不遇な最期だった。正者を妬ましく思い襲い掛かって来る魂の亡骸もおるじゃろう。十分に気を付けなさい」

「はい!」


 果ての島について注意点を挙げていくミハエルに、アッシュは素直に返事する。まだ見ぬ話に聞いた美しい景色にアッシュは少しだけ楽し気にしていた。


「さて、待たせている人がおるから、そろそろ出発するとしようかの?」


 ミハエルは重厚なオークの杖を取り出すと、ぐるりととぐろを巻いた杖先をアッシュの方に向けた。


「アッシュ、これを持っていきなさい」


 ふとホーソンが弟子を呼び止める。


「え、先生これは……」

「いいから、お守りだと思って」


 アッシュの足元にじんわりと広がる魔法陣を見ながら、ホーソンはあるものを託した。それはホーソンが普段使っている黒塗りされた白檀の杖。アッシュが弟子入りする前からずっとホーソンのそばで、ホーソンの腕のように日々を過ごしていた杖だ。

 魔法使いにとって杖は『命』に等しいものだと、魔法使いたちはよく言う。それを人に預けることはおろか、人に触れさせることはまずしない。そんなことをするのは、それこそ「生死を共にするという覚悟のある間柄くらい」だろうとも。

 アッシュは、言葉のない信頼に言いようのない高揚感を覚えた。手渡された杖を胸の辺りで抱えて、先生に向き直る。


「絶対、傷一つつけずに戻って来ます!」

「杖のことは良いから、君自身になにかあったらすぐに帰って来なさい。引き継ぐことは、きっと可能だから」


 ホーソンは、もうすぐ出発する弟子に向かい激励の言葉を投げかける。アッシュは先生の言葉ににっこりと微笑むと、「はい!」と言い今度はミハエルの方へ向いた。


「さて、準備はできたかな?」

「大丈夫です、お願いします!」

「うむ、気を付けて行っておいで」


 ミハエルがオークの杖を掲げて何事かを唱える。とたん、辺りは目も開けられないような光に包まれた。そうして光が晴れた時、そこにアッシュの姿は無かった。

 しんとした森の中、今年の代表が送り込まれたことを知り、打ち合わせをしたわけでもないのに、会場の魔法使いや魔女は空を見上げた。


 暗い空は何も言わない。キラキラと星は瞬き月も首を傾げているが、空はただ静かにこちらを見つめていた。

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