賢人の言

「ご苦労さまじゃ、森の魔法使い」

「貴方は……いえ、これくらいなんてことありませんよ」

「ほっほっほ。してホーソンよ、そちらがそなたの弟子かな?」

「はい」


 近寄って来た老齢の男性は、腰を曲げることも無くシャンと立ち、サンタクロースのように立派な顎髭を蓄えている。ふかふかの髭を撫でながらホーソンと話す姿から、彼はどうやら上の立場の人間のようで。アッシュはホーソンの背後から姿を現すと、その老齢の男性の前に立った。


「アッシュです」

「ふむ、良い名前じゃ。儂はミハエルという者じゃ。よろしく頼むぞ」


 アッシュというのはトネリコの別名。人として生きることをやめると決心したアッシュにホーソンが与えた名前だが、その名前は魔法使いにとってとてもなじみが深いもので。

 だからアザレアもミハエルも、とても身近なその名に親近感を覚え『良い名』だと言ったのだ。氷のような冷たさを纏う妖艶な魔女も、雲のような髭を持つ熟練の魔法使いも、ホーソンがいかに弟子のことを思っているかを知り得てしまい、その微笑ましさからもそう口にしたのだけれど。


「時にアッシュよ、準備は整っておるかの?」

「え、なんの準備ですか?」


 ふいにミハエルが尋ねる。主語もなく投げかけられた問いに、アッシュは首を傾げた。


「おや、もしかして話しておらんのかの?」

「……本当に、本当にこの子が選ばれたんですか?」

「心配なのかね」

「当たり前でしょう」

「それは『この子』か、それとも『彼』のことかな?」

「一体何のことを話しているのか」

「おやおや。君は優しいね」

「……どちらもに決まっているでしょう」

「君も『彼』も、いつかは前を見なくてはならない時が来る。それは、いつ来るのかは分からない。掴みに行かねばならないものかもしれない。今回がそのチャンスかもしれないよ」


 ミハエルとホーソンは、アッシュを放って話を進める。会話の中に時々出てくる『彼』とはいったい誰なのか、自分はなんの準備をすればいいのだろうか。


「先生、オレはなにをすればいいんですか?」


 なにも分からないことにしびれを切らしたアッシュは、自分を放って話す大人たち、もといホーソン先生に尋ねた。

 先生はぎゅっと口を結んで言うか言わないかしっかり悩んだ後、観念したように口を開く。しぶしぶといった様子で説明を始めた。


「『花園の巡礼』について話したことがあっただろう?」

「果ての島にある十三本の蠟燭の話ですよね。確か年に一回、人間と魔法使いが一緒に蝋燭を取り換えて、灯を灯すっていう話でしたっけ?」

「そう、よく覚えていたね」

「ほっほっほ。良い弟子を持ったな、ホーソンや」

「ボクにはもったいないくらいの弟子ですよ、本当に。……巡礼は年に一回、それはこのサバトの日に行われるんだ」

「それは、もしかして」

「そうじゃよアッシュ。今年の魔法使いの代表は君じゃ」


 

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