波乱の予感

子弟


「アッシュ、ローブは着たかい?」

「先生、これどうやって留めるの?」

「貸してみなさい」


 明るい街の中、不思議の詰まった家の中をぱたぱたと駆け回る影が一つ。

 幼さの抜けない丸い顔にぴょんぴょんとハネた赤い髪。キラキラと輝く海のような青い瞳の少年は、最近になってこの家にやって来た魔法使いの卵だ。

 長いローブを引きずって胸の前あたりで布を抑えているアッシュは、慣れない正装の着方が分からないようで、先生であるホーソンの元に走り寄っていく。


「ブローチなんか付けたことないもん」

「じっとしてて、針が刺さるよ」


 膝をつく先生はもう十五の年であるアッシュの頭を撫でつけると、手慣れたようにローブの留め具を付けた。

 子ども扱いをしないでくれと憤るアッシュだが、三百年を生きた魔法使いであるホーソンにとって十五の少年なんて赤ん坊同然。それが自分の弟子となればなおさらだ。

 ふくれっつらをする弟子に過保護にも加護の魔法を掛けながらホーソンもローブを羽織る。夜空色の髪の間から、月のような淡い光を放つ瞳をのぞかせてホーソンはローブを整えた。


「今日行く場所ってそんなに危険なんですか?」


 日頃あまり見ない先生の魔法に弟子は首を傾げる。

 元々ホーソンは加護などの人に関与する魔法は苦手で、先生も弟子もそれを知っていた。だからホーソンは普段それを使わないし、アッシュもそれに納得していたのだが。


「危険がない、って断言できる場所でもないんだ」


 うんと唸りながら先生は腕を組んだ。

 魔法使いの正装であるローブを着て向かう場所というのはごく限られた場所しかない。

 例えば、人間との会合だとか、強力な魔物討伐の正式な依頼だとか。あとは。


「……今日の目的地ってサバトの会場ですよね?」


 年に一回の魔法使いの集会サバトとか。

 弟子の問いかけに頷く先生は、ただの集会だというのに何故か苦い顔をしている。サバトというのは世界各国の魔法使いたちが一堂に集まる年に一回の祭典のようなものだ。

 といっても、お祭り騒ぎをするというよりも、月夜の下に集まって情報交換や交流をするのがメインだ。弟子も先生からそう伝え聞いており、これのどこに危険があるのかと首を傾げたままでいる。


「ここ数年、ちょっとやんちゃな子が仲間入りしてね。それにつられて年長者まで騒ぐもんだから、最近のサバトは結構荒れるんだ」


 穏やかで粛々とした本来のサバトを返して欲しい。

 ホーソンは遠い目をしながらそんなことを思ったが、ふと暖炉の上にかかった壁時計が目に入り、その時計はもう少しで日付が変わることを指していた。


「もう深夜だ。準備はできたかい?」

「言われた通りの荷物は持ってます」

「よし、じゃあ行こうか」


 ホーソンがふと手を一振りすると、その手には長い杖のようなものが握られていた。

 黒く染められた白檀は真っ直ぐ地面に伸び、一番上には星空を閉じ込めたような石が輝いている。

 杖を使うような大掛かりな魔法を使う先生を見る機会も少ないアッシュは、先生と杖の言いようのない美しさにしばらく呆然としていた。己が魔法使いだと発覚して先生の元に来てようやく半年とちょっと。数えるほどしか見たことないその情景は、アッシュの憧れでもあり、目指すべき目標でもあり。

 うっとりと眺めていたアッシュだったが、ホーソンに促されて先生の杖に手を添える。


「   」


 歌を歌うようなホーソンの囁き。

 その声と同時に、杖を中心とした魔法陣が完成し二人を包み込む。やがて魔法陣から光の柱が出来上がり、目もくらむような光を放った後、二人の姿は掻き消えた。

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