第12話 スズネ
「お前は私のことを信じてたっていうけどな、それは自分の中に作り上げた私の理想像に勝手に期待してたんだ。だから裏切られたとか期待してたとか、聞くに耐えない戯言を吐ける。」
銀髪の少女は朗々と語る。
「実際のところはな、私を構成する要素のうち、お前に見えてなかった部分が見えただけだ。」
この後に及んでなお現状を理解できていない俺に向かって、一つずつ諭すように。
「唯一信じられるのは自分だけだ。信じられるのは、相手がどんな要素で構成されていようとそれを受け止められる揺るがない自分がいるという事実だけだ。」
しかしそれは、「信じれるのは己のみ」という、孤独な結論だった。
美しくも儚い言の葉だった。
「さぁ、ハルキ」
彼女は高揚を滲ませた声音で言う
「その”台無し”の力で私を殺して見せろ」
俺は絶句した。
ワタシヲコロシテミセロ?
理解ができない。言葉の意味が、脳をつっかえて解読できない。
「なんで…そうなる?」
「言っている意味がわからないな」
「こちらのセリフだ」
「言った通りだ。今から私はお前を殺す。死にたくなければ、私を殺して見せろ」
「お前死なないじゃん」
「怠惰系統のユニークスキルに目覚めたお前ならば可能だ。私には怠惰系統の攻撃のみが有効となる。」
「だからってなんで…」
「疲れたんだよ」
重みがあった。生半可な気持ちでは決して否定できない、確かな苦しみが言の端から滲んでいた。
「何百年もずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっと迷宮の最下層に囚われている苦痛がお前にわかるか?衣食住に困らず、ただしやることもなく、毎日を自堕落に過ごしただ時を無駄にすることがどれだけの苦痛かお前にわかるか?生ける屍という言葉がある。「生ける」などという形容詞がついているから勘違いする者がいるが、要は死んでいるのだ。それがどれほど苦しいことか貴様に分かるか!!!!!!!!!!」
彼女は絶叫した。胸をつん裂くような、悲鳴にも聞こえた。
「だから、私はもう終わる。お前がその役に立てないというならば、不要だ。お前を殺して心臓を回収し、また勇者が落ちてくるのを何百年も待つことにするよ。」
彼女はどれほど苦しんだろう。この奈落の底で、たった一人、500年。想像するだけで気が狂いそうになる。
500年、死ぬことも許されず、ただただ生きることを強制されて来たのだ。
かつて、穴をひたすら掘っては埋めるのを繰り返させる拷問があったのは有名だろう。
直接肉体的な苦しみを伴わずとも、無意味な行為を何度も繰り返させるのはそれだけで悍ましい拷問となるのだ。
500年の無意味な生は、彼女にどれほどの苦しみを与えたのだろうか。
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“己の中に生じた憤怒に抗うことのできなかった罪” “怠惰にも、野蛮な衝動に抗うことを諦めた罪”
“その結果魔王に叛逆し、重傷を負わせた罪”
「神聖な自分に支配権をもたせるか、野蛮な自分に支配権をもたせるかの選択だったのだ。私は、野蛮な自分に支配権をおめおめと明け渡した怠惰な軟弱者だ。」
そう、かつて彼女は自嘲した。かつて、自分の激情を抑えることができなかったことを後悔しているように。
何があったのか彼女は語らない。確かなのは、かつて彼女が憤怒に駆られて魔王に矛を向け、そして敗れ、今に至るということだけだ。
叛逆を起こしたとはいえ魔王の娘。立場上、死ぬことは許されない。
魔王の娘とはいえ叛逆お起こしたのだ。その罪の重さから、死んで楽になることは許されない。
彼女は一生怠惰に苦しみながら生き続ける呪いに囚われていたのだ。 ゆえに、彼女は作り出す必要があったのだ。自分を殺すことができる存在を。
怠惰の迷宮とは彼女の城であると同時に、決して出ることの許されない牢獄だ。
そして、悪趣味なことに彼女自身こそがこの牢獄の看守でもある。迷宮を破壊しようとする者に彼女が手心を加えることはできない。そうプログラムされているのだ。
ハルキを育てたのも、全て打算だった。
運良く自分のところに転がり込んできた勇者という強靭な器。この世の理から外れた存在。
ユニークスキルのスロットに空きがあったので、自分を壊すことができる怠惰系統のユニークスキルを無理矢理埋め込むことができた。
自分の処刑人にするにはまさにうってつけの存在だったのだ。
「さぁ、ハルキ」
スズネは、やはり高揚を滲ませた声色で言った。やっと終われるという歓喜すら込められていた。
「その”台無し”の力で私を殺してくれ」
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「お前は、ずっと苦しみ続けて来たんだな」
「あぁ」
「その苦しみを、俺は否定できない」
「当然だ。」
それでも。
それでも、彼女を救いたいと思うのは、俺の我儘だろうか?
生きていてほしいと願うのは、傲慢だろうか?
そうかもしれない。
500年も苦しみながら生き続けた彼女に、これ以上生を押し付けるのは鬼畜の所業かもしれない。それでも、
「俺は、お前を外の世界に連れ出したい」
「出たいと言ったのは方便だ。望んでいない」
もう、一緒にいたいと願ってしまったのだ
「俺は、まだお前と一緒に生きていたい」
「一人で生きろ。私はもう終わる。」
たとえそれがどれだけ強欲で色欲に塗れた感情だったとしても、
「俺は、お前を失いたく無い」
「お前の我儘に私を付き合わせるな!!!」
俺は、彼女が不幸なままでいるのを見たくないのだ。
気に入らない。彼女が死にたがっているのが。
あまつさえ、その死に俺を利用しようとしているのが。
だから、
「スズネ、お前がどれだけ死にたがったとしても、俺は勝手にお前を生かす。」
だから、俺は俺の我儘で彼女を苦しめる。
この生き地獄から、彼女を解放なんかしてやらない。
心臓が焼けるように熱い。
刻まれたステータスが、俺の意思に応えようとしているのが伝わってくる。
甘えるな、覚悟を決めろ、腹を決めろ。何かを得るにはいつも覚悟が必要だ。あらゆる拷問とあらゆる死すら受け入れ、越える覚悟が。…永遠にすら抗う覚悟が。
俺はとうにその覚悟を決めただろうが。
「俺の、全てを此処に」
今のままでは、彼女を殺すことしかできない。だから、与えられた自分の権能に、溜め込んだ魂の全てを捧げる。
超克してきた魂を代償に、己の権能を進化させる。
「哭変」
己のレベルを全て捧げることで、ハルキは破壊と再生を司る「王」の領域へと足を踏み込んだ。
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田中春樹
種族:半鬼人
レベル1
ユニークスキル:哭変
スキル:ナイフ術(上級)
体術(超級)
槍術(上級)
銃術(超級)
補足の魔眼
持ち物:ロンゴミニアド(破損)
ナキメ
ガレス
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左腕と右腕がちぎれ飛び、首も半分抉られた状態で壁に思いっきり叩きつけられた。
ぐちゃぐちゃになった体を、哭変で「台無し」にすることで再生させる。
正直、防戦一方であった。
レベルが1になったのだ。当然である。
捕捉の魔眼で動きを捉えられても、圧倒的なステータスの差で動きが追いつかない。どう動いても吹き飛ばされる。
今俺が生きているのは、半鬼としての再生力に哭変の再生力を掛け合わせているからだ。
これで破壊された肉体を瞬時に再生している。そのおかげで、彼女にどんな攻撃を浴びせられてもその瞬間再生させることができている。
ユニークスキルが哭変になったことで俺が得たのは、台無しにする力を応用した再生の権能だ。この能力でずっと折れたままだったロンゴミニアドを直し、今全力でスズネの猛攻に抗っている。
突き、薙ぎ払い、剣のように上から振り下ろす。そこからナイフに形状変化させて、腹を目掛けて突く。
ステータスが低いのを、この2ヶ月で得たセンスと技術で補っている。
スズネとは2ヶ月の間、ずっと訓練を重ねて来たのだ。
彼女の癖はいい加減理解できている。
だからこそ、なんとかいなすことができている。
だけど動きになれてるのは向こうも同じだ。
だがそれでも、心臓を破壊されたら終わる。
だから、それだけは必死に阻止している。
「何をした」
「何でしょうねぇ?」
「急にお前のステータスが急激に下がっただろう!!まるで豆腐のようだ!!だが再生力だけは常識を外れている!!いかに不死者とはいえ辿り着ける再生力ではないぞ!!」
「覚悟を決めたんだよ。絶対にお前の思い通りにさせないっていう覚悟をな」
「っっ!!……ならば死ね!死んで私の心臓を返せ!!」
「嫌だね。もうこの心臓は俺のもんだ」
「貴様!!!」
「何なんだお前は!お前の目的は自分を奈落へ落とした人間への復讐だろう!私なんかに構うな!」
「嫌だ」
「何故だ」
「お前はもう、俺にとってかけがえのない人だからだ。」
「!!」
彼女は虚をつかれた。
その瞬間を見逃さない。
ナキメとガレスで彼女の両手を迷宮の壁に縫い付ける。それから、俺はロンゴミニアドの槍を彼女のからっぽの胸に突き立てた。
「哭変」
俺は彼女の全身を台無しの闇で覆う。それと同時に自分の心の臓を引き摺り出し、引き裂いた。
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台無しによる破壊の権能。それを応用した再生の権能。そしてそれらを複雑に組み合わせることで万象を支配し、「変化」させるユニークスキル、それが「哭変」の正体だ。
彼女に俺の人間のほうの心臓を埋め込み、そこを起点として彼女を肉体を人間へと変化させる。
俺はスズネの心臓を再生させると同時に、彼女の肉体を細胞レベルで変化させた。
彼女が俺にしたのと同じ処置だ。方向性は真逆だが。
そして、彼女の脳に埋め込まれていた迷宮主としての権限を書き換え、破棄した。
これで、「迷宮主である銀鬼のスズネ」はもういない。ここにいるのは「ただの半人のスズネ」だ。
だから、もう彼女がこの迷宮に縛られることはない。
「つ、かれたぁ」
冗談抜きで死ぬかと思った。殺してしまうかと思った。
レベルを捨てたことも、彼女に心臓を移植したことも、全部あと一歩間違えればどちらかが死んでいた賭けだった。
だが、乗り越えた。
これで、
「俺は、お前を救えただろうか」
いや、そんなことはない。わかっている。
俺は自分の我儘を貫き通しただけだ。
これは始まりに過ぎない。
これは俺が彼女に課し、そして共に歩く地獄、その一歩目に過ぎない。
[100PV感謝!!]勇者召喚されたのに俺だけスキルが無いんですが? 高校五年生 @Ry0190
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