第8話 銀鬼②

「私はこの迷宮の主、スズネだ。お前にはこの怠惰の迷宮を攻略してもらう」


冷たい双眸を向けながら、美しい銀鬼は俺にそう言い放った。


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「私をここから出してもらう」


「いや、お前魔人じゃん。どう考えても野放しにしちゃいけない存在だろ」

「あぁ面倒くさいなお前。そんなこと気にしてるのか。じゃあ契約でもなんでも結べばいい。」

そう言うと彼女は何かしらの魔道具を取り出した。

チョーカーに見えるそれを2つ取り出し、片方に何かしらの操作を加えたのち、通路の彼方に投げ飛ばした。


数秒の後、


ドガァァァァン


とんでもない爆発音が聞こえてきた。


「今のは本来魔人間の奴隷契約で使われる道具だ。これを契約に使えばいいだろう。」

そう言うと彼女はもう片方のチョーカーを自分の首につけ、

「血をちょっとよこせ」

「いった!」

俺の右手の指を針で刺した。急に何するんだこの女

彼女は自分の指も同様に刺すと、俺の指をチョーカーの俺から見て右側に、自分の指を左側に押し当てた。


「『私、スズネはタナカ・ハルキとの契約に従い、怠惰の迷宮からの解放後人類に危害を加えない』」


チョーカーは淡く光ったののち、元の黒ずんだ色に戻った。


「…ほら、これで安心したかビビり。これで私がこの迷宮から出た後、人類に危害を加えることはできなくなった。」



「…なんでそこまでして迷宮から出たいんだ?

「この迷宮に閉じ込められてからもうかれこれ500年だ。私はもう、迷宮主としてずっと下層を彷徨うのに疲れたんだよ。」

「自分じゃ出れないのか?」

「迷宮主である以上、その仕事を全うする義務がある。…実際は刑務みたいなものだがな。とにかく、私はここから自発的に出ることができない。そうプログラムされているんだ。だから、何者かにこの迷宮を攻略してもらう必要がある。」


「…それで、俺に何のメリットがある?報酬は?」

「私の心臓をやる」

「ーーそれは」


ハルキは何と言うべきか迷った。正直、まだ状況が飲み込めていないのだ。


「お前はどうやってここまで来た?」

「…落ちて、来た。落とされた。」

「何層から」

「35層」

「…ここは70層だぞ。一気に記録更新だな」


なんか今更驚くのも疲れてきた。

いろいろありすぎたな。


「それでお前、なんで落ちたんだ。足でも滑らせたか?」


「…裏切られて、落とされた」

「…ハッ!ハハッ!!なんて間抜けな奴なんだお前は」


思いだしたら、腹の底から怒りが湧いてきた。

オライリー。ここから出たら必ず殺してやる。


「お前は信じてたなんて言うだろうが、それは自分の中に作り上げた理想像に勝手に期待してたんだ。だから裏切られただとか、聞くに耐えない戯言を吐ける。」
「…何だと?」

「実際のところはな、相手を構成する要素のうち、お前に見えてなかった部分が見えただけだ。」

「…」

「唯一信じられるのは自分だけだ。信じられるのは、相手がどんな要素で構成されていようとそれを受け止められる揺るがない自分がいるという事実だけだ。」


確かにそうかもしれない。

彼女の言ったことを完全には理解できなかったけど、妙に説得力があった。

おそらく、何かしらの実体験に基づき、何年も考え抜いた末の結論なのだろう。


「弱いからそんな考え方になる。弱いから、他人に騙されたなんて思う。全部お前の被害妄想だ」

「…そんなことないだろう」

「じゃあなんだ?泣いたら誰かが救ってくれるのか?勇者よ。お前らくらいになると、地上ではもう武力の最高峰だっただろう。騎士団や憲兵の権力も及ばない。お前ら一人一人が法だったんだよ。その段階にくると、個人の武力が絶対だ。お前はただの敗北者だよ。あぁ、醜く言い訳を並べているから負け犬か。」

「!…お前もう黙れよ!!」


俺は思わず彼女に掴みかかろうとした


次の瞬間には、世界が反転し、俺は壁にめり込んでいた。


「カハッ…!」

「挙句の果てに八つ当たりか。救いようがないなぁ、勇者?」

「……」


何も言い返せない。


彼女の言葉に言い返せるだけの意見を、自分は持ち合わせてはいない。


全部、彼女の言う通りだ。


正論だ。


だけど、


それでも、


「…許せないだろう。」

「何がだ」

「俺を、謀って、殺そうとした奴を」

「そうだな?ならば」


銀髪の美鬼は腕を組み直して俺に問いかけた。


「お前はどうすべきなんだ?」

「強くなる」

「そうだ」


彼女は俺の言葉を肯定し、続けた


「強くなれ。誰よりも強くなり、自分の法を相手に押し付けろ。王になれ。そして自分を嵌めた奴を断罪しろ。それしか道はない。」

「どうすれば、強くなれる。」

「簡単なことだ。最強を超えろ。今の最強はお前の目の前にいる。そいつを超えるだけでいい。」

「…お前を超えろと?」

「あぁ、そうだ。私を超え、迷宮を攻略し、地上に凱旋しろ。そうすれば、晴れてお前が王だ。」

「どうすれば、それが成せる」

「覚悟を決めろ。腹を決めろ。成り上がるにはいつも覚悟が必要だ。あらゆる地獄とあらゆる死すら受け入れ、耐え、越える覚悟が。…永遠にすら抗う覚悟が。」


彼女は手を差し出した。覚悟を決めろということだろう。


「…わかった。」


俺は立ち上がり、彼女の髪色と同じ銀の双眸を睨むようにして見つめ返した。


「お前の口車に乗せられてやる。こんな迷宮さっさと攻略して、お前なんか超えて、王になってやるよ」


そう言って、俺は美しい悪魔の手を取った。


成り上がる覚悟を決めた。

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「ところで」


スズネが俺の腕にしがみついてくる。

えっ、ちょっと何すかスズネさん、急にそんな距離縮められると俺ドキドキして勘違いしちゃいます当たってますやわらかっもしかして俺のこと助けてくれてるのって俺にちょっと気があるからじゃ…


「さっき『お前なんか』と言ったな。口が悪い。仕置きだ」


次の瞬間には俺の頭部は迷宮の壁にめり込んでいた。

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