第3話 王族会議
「今すぐにあの勇者もどきを始末すべきです。」
金縁のメガネをかけた神経質そうな男が言った。
筆頭宮廷魔術師のオライリーだ。
その長い耳から、彼がエルフと呼ばれる種族であることがわかる。
エルフは寿命が非常に長いことと耳が長いという点を除けばほとんど人族と同じであるため、人類と認められている。
そしてその長い人生の中で蓄えた知恵と経験から、人類を束ねる王として崇められているのだ。
オライリーも、末端とは言え五十年以上生きた王族である。
しかし、その見た目は20代前半にしか見えない。
よく周りを見渡せば、この場にいる全員が長い耳をしていることが伺える。
この国の中枢を担う存在であり、諸々の事情及び歴史をよく理解している者たちだ。
先ほどのオライリーの意見をもしハルキが聞いていたら勝手に呼び出しておいてなんと身勝手な、と思うだろうが、王国側からすると当然の意見だった。
そもそも、異世界召喚のゲートを開くには宮廷魔術師全員が数年がかりで貯めた魔力が必要となる。
しかし魔力のほうはいいのだ。こんな時のために、国民から税として徴収した国家運営用の魔力がある。そこからなんとか再召喚用の魔力を捻り出せないこともない。
だが、それとは別に譲れない問題がある。
召喚できる人数に限りがあるのだ。その人数、たったの12人。
要するに、田中が生きている限り、貴重な勇者枠が一人減るのだ。
勇者も老いる。よって戦力の維持のためには若い勇者を定期的に召喚し続ける必要がある。現在は3年ごとに新しい勇者を召喚している。
36年間勇者を務め上げた人間は、莫大な富と名誉を与えられ、地球へと帰される。その際にもまた召喚と同じだけの魔力が必要となる。
よって、追加で勇者を召喚するだけならまだしも、何の功績も残していない無能な勇者をわざわざ返してやるだけの魔力の余裕は無いのだ。
王国は長年窮地に立っている。勇者枠は全て使い、全力で魔人に抗っているのが現状だ。
無能な”勇者もどき”を生かして一枠を無駄に消費するくらいなら、さっさと処分して新しい勇者を召喚したほうが王国にとって得なのだ。
「オライリーの言うことはもっともだ。よかろう、田中春樹の殺害を許可す…」
「待った」
まさに王の許可が降りようとした瞬間、まばゆい金色の髪をもつ少女がそれに待ったをかけた。
「エリス…反対するつもりか」
オライリーが怒気を滲ませるが、エリスと呼ばれた少女は少しも気にした様子を見せない。
何百年も生きるエルフは老化が遅く、皆若々しい見た目をしているが、その中でもこの少女は一際幼い見た目をしている。この中では最年少だろう。
しかし、覇気とでも言うべきだろうか。発している雰囲気は、何十年何百年と政界という戦場で戦い抜いてきた老獪達をも圧倒するものがあった。
「せっかく召喚したのに、たった一ヶ月で切り落とすというのはなんともせっかちな話じゃないか?」
「強力なユニークスキルとその圧倒的な戦闘力こそが勇者の我々に与えるメリットだ。そのユニークスキルをいつまで経っても発現しないのでは意味がない。おまけに、基礎的な能力の伸び方も召喚者としては底辺だと言うではないか」
「これからスキルが発現する可能性がないわけではない。再召喚用の魔力が貯まるまでの3年間、猶予を与えるべきだ。3年経って何のユニークスキルも発現できない凡人のままなら、その時は思い切って殺せばいい。」
「待つメリットが無い。今すぐ再召喚を行った方が確実性が高い」
「ならこうしよう。一年半で彼にいずれかの迷宮の40層を攻略できるほどの戦闘能力を身につけさせる」
場がざわついた。
迷宮とは、この世に7つ存在する巨大地下遺跡だ。それぞれ大罪の名を冠しており、その内の憤怒を除く6つの迷宮が人類の領地に存在する。
なぜ人類生存域にこれほど迷宮が集中しているのか不思議に思うかもしれないが、実際には迷宮があったからこそ人類が生き残れたと言ったほうが正しい。
迷宮には魔物がうろついている。そして魔物を倒すとその肉体は魔力となり霧散し、魂は倒した者に還元される。経験値と呼ばれるそれを吸収することで人類は軍事力をなんとか保ってきたのだ。
また、迷宮から取れる強力な古代文明の遺物も軍事力の維持に貢献している。
そして何より、勇者は大罪迷宮に潜ることでユニークスキルを授かることができるのだ。
この神秘のおかげで人類は今でも存続していると言っても過言ではない。
人類の存続に迷宮は欠かせない存在なのだ。
さて、なぜ場がざわついたのか。
それは、ユニークスキルを持たないものにとって迷宮の攻略が著しく困難だからだ。
勇者は、迷宮のどれか一つに必ず「愛される」。ゆえにユニークスキルを授かるし、その攻略が著しく容易になるのだ。
迷宮の最深部は100層と予想されているが、これまで召喚された勇者達の奮闘により、どの迷宮も約80層まで攻略が進んでいる。”一つを除いて”。
しかし、勇者でない人間の到達最深部はどれも50層程度だ。
勇者を除いた人類最強の剣聖の力をもってしても、それが限界だった。
そんな中で、ユニークスキルを持たない勇者、要は剣聖でもないただの人間に40層を攻略させるというのだ。それがどれだけの無理難題なのかは想像に難く無い。
「ふむ、確かに、迷宮の40層を攻略できるのなら戦力として数えることができるだろう…」
王が厳かな声で言う。
「…だが、あくまでそれは普通の人間だった場合の話だ。40層なら我が軍の騎士団長でも攻略できる…勇者には到底およばない。その程度であの”勇者もどき”を生かすわけにはいかない」
「…ならば王よ。あなたは彼にどれだけの試練を要求するのですか?」
「半年で怠惰の迷宮の50層を攻略させろ」
「っ……!!それは!!」
「黙れ」
エリスが苦言を呈そうと声を上げたが、その瞬間王は尋常ではない覇気を発し、まだ幼い彼女をたじろがせた。
「これが最大限の譲歩だと理解しろ。剣聖と言えど、王族最年少の身でこれ以上私に楯突くことは許さぬ」
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「ってことで、君、殺されたくなかったら半年で怠惰の迷宮の50層攻略してきて」
「嘘やろ?」
「ほんと」
「嘘だと言ってほしかった……!!」
城の一室で、田中の悲鳴が上がった。
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