4月17日

 通っていた塾の塾長が飼っていたマルチーズ。バカな犬だったが愛嬌がありマスコット的な存在だった。俺は鼻がムズムズするので抱きかかえたりしなかったが同級生の女の子に抱きしめられた犬の股間がルージュアリュールヴェルヴェット。つまり勃起していたのを時々思い出す。この正直者めなどとは思ったがこんな時に適した言葉を今も持たない。ただ可愛いねと犬を抱きしめた彼女は本能に気づくことなく、犬は犬で包み隠さない。これを俯瞰できたはずの我が神視点は言葉に詰まってしまう。「このスケベ犬!」と言えば彼女の純情を砕きかねず、はたまた犬の勃起を許して抱かせ続ければ絵面は神妙だ。俺はただ笑うとも怒るともいえない顔つきでなんとか萎えてはくれぬかと天に祈るより他なかった。犬はハァハァと吐息をあらげ、股間のムックはポンキッキのまま愛情を受諾した。結局俺は何も指摘出来ず授業が始まるまで彼女は勃起犬を抱きしめていた。


 あの日から俺だけが全知の第三者。結果的に誰も傷つきはしなかった。犬は永遠に可愛いままで彼女はずっとワンポコを知らない。であるならば俺だけが背負わされた。被害者である。犬の勃起をまざまざと見せつけられこんなものを日記と偽って書かされている。とはいえ落ち度はある。俺には言葉があったはずである。表現があったはずである。女の子にだっこされた犬が勃起した時、適切な対応が取れていたならそこで終われたはずである。それが何十年と経って払拭出来ていないのは紛うことなく我が落ち度である。だから今日こそ考えたい。過去に向き合う。


「抜刀!!」

 え?である。流石に濁しすぎている。刀をメタファーに用いたところで武士道にあらず。


「Oh ポカホンタス」

 舞台は17世紀初頭のアメリカ。ポカホンタスはインディアンのポウハタン族の娘。旺盛な好奇心と豊かな知性に恵まれ、自然を愛し森の木々とも会話のできる彼女は、イタズラ好きのアライグマのミーコとハチドリのフリットをお供に豊かな大自然の中を自由に駆け回って暮らしていた。だからなんだ。


「月が綺麗ですね」

しかし現実は虚しい。どこまで行っても動物とはさがの袂より逃れ得ぬ。アイラブユーは飾りにすぎない。


 ここでふと思った。取りあげればよかったのではないか。犬を。鼻のムズムズを省みず俺が悪になればよかったのではないか。それならなんだか莫迦な笑い話で済んだのではないか。俺が勃起させたことにすれば或いは……。


 最近俺のまわりには「ちんちん」と言いたがる大人で溢れている。現代社会のスピードに疲れ果てた彼らだからそこに救いを求めたのだろうと仮説を立てた。身を守る為なら致し方ない。でもほんとに出すなよと心配はしている。

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