4月15日

 大人になってから歯医者に通院する時、人はそれまでの生き方と向き合わねばならない。虫歯で歯が痛むとき、軽んじた生活と甘えた態度に直面する。歯科助手のおねぃさんは云う。次回は歯ブラシを持って来てくださいね、歯の磨き方きっちりご指導しますから。治療を終えたあとの待合室で見知らぬ親子と視聴した教育番組「ひとりでできるもん」を忘れない。

 

 歯磨き一つひとりでできないもんだった俺はそれからもことあるごとに歯医者に通った。親知らずは全部やらかして親知らず知らずになった。磨きが甘い、本気で治す気ありますかと魂に詰め物をくらったこともある。大人が普通に叱られるのって結構心に食い込むのね。自動車教習に通っていた頃もそうだ。教官から言われた。「カーブってのはね、目の前じゃなくて曲がる先を見据えるんです。君はいつも予約ギリギリですよね。何ごとも先を見て行動することが大事なんですよ。この先もずっとね」ガチ説教だった。

 歯の治療に際して歯形を取るため、ガムの親玉みたいなスライムを口の中に突っ込まれた。上顎から行きますね、しばらくそのままにしててくださいねと言われるままに口の中に張り付いたスライムを感じながら天井を見上げた。なんだか情けなくて涙の代わりに唾液が溢れ出てくる。溺れかけた。ヨダレで溺死するところだった。続いて下顎。今度はスライムに加えてそれを押さえつけるためにお姉さんの指が突っ込まれた。決してやましい気持ちはありません。本当です。信じてください。そう思えば思うほどヨダレが込み上げた。もう三十路も遠に過ぎてこんな恥辱があるかいといよいよ泣いていたかもしれなかった。型取りを終えた俺はもう処女喪失といった感じで肩は震え目はうつろ。それもこれも日々歯磨きを軽んじることなく丁寧に磨いていれば出会わなかった今である。奇しくも生まれは6月4日。虫歯予防デーとされる日に生まれたはずの赤子はおじさんになってロストヴァージンすることになる。いいかい学生さん、歯だけは大事にしろ。トンカツも歯がなきゃ食えねえんだから。

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