4月14日

 地獄である。ストリートファイター6ってやつ。去年の11月からほぼ毎日のようにやってきた。スト6は格闘ゲームの代表的なシリーズ『ストリートファイター』の最新作で発売からまもなく1年になる今もなお盛り上がり続けている。俺の中で。ハマればハマるほどそう……地獄である。


 初めての格ゲーもストリートファイターだった。その頃は波動拳や昇竜拳が出せることよりもベガやバルログのスライドするしゃがみキックでハメれば勝てることを先に覚えてしまいそればかりやって弟を泣かせたりしていた。弟はゲームに勝てないとすぐ泣くので俺としては弱すぎて面白くないなってのが心のどこかにあって、ここは少し自信をつけさせるかと思い立ちワザと負けてみることにした。格ゲーにおいてワザ負けや手加減といった行為は相手に対する侮辱行為であり、それは勝負の世界ならどこでもそうなのだと子供の俺にはわからなかったし事実弟のことをナメていた。ほとんど使ったこともないでっかいネイティブアメリカンみたいなキャラクターで適当にパンチとキックを振ってガードは全くせずに弟の技は全部もらった。今まで全く勝てなかった弟が無邪気に喜んでなんならそれまで俺がそうしてきたように煽ってくるではないか。けれど俺にはまだベガのスライディングハメ戦法が残っている。遊びは終わりだと言わんばかりにベガを選択した俺は弟の絶望する顔を想像するだけで笑いそうになる。


 ラウンドワン ファイッ


 ……


 …………


 ……….….あれ? 俺のスライディングが一発も当たんない? 壊れた? 

 弟は戦いの中で成長していた。他の技が出せず(ベガの必殺技サイコクラッシャーは溜め技で俺は出来なかった)スライディングを擦るしかない俺に対してきっちりガードした後にそれより出の速い技で差し返したりジャンプで躱した後に空中技で反撃してくる弟。当時はフレームだのコンボだの基礎知識なんて全く持たない二人だったが弟は感覚的にそれを会得していた。そんなバカなことがあるかい。俺はその日から弟に勝てなくなり長きに渡って苦手なゲームジャンルにパズルゲームと並んで格ゲーが名を連ねることになる。

 それでも格ゲー自体は好きでストリートファイターはもちろん他のシリーズも友達と遊ぶ程度にはやってきた。勝とうが負けようが別に命が取られるわけでもない。たかがゲームである。世の中には他にもおもしろいことがたくさんあるじゃないか。気づくと楽器にのめり込んでいた俺はどんどんゲーム自体から遠ざかっていた。


 時は流れて2023年。今年も残り僅かといったところで俺の関心がなぜだかどうしてそこに向いていた。スト6。そう地獄の入り口に。久しぶりに格ゲーってやつをちょっとやってみたい。初めは好きなシリーズでもあるサムライスピリッツを始めようかと思った。けれどスト6の対戦配信などを見ているうちに居ても立っても居られない気持ちになってしまった。それから今日までずっと続けてしまっている。時代の進歩とは凄まじいもので今やゲーセンや友達の家に行かずともオンラインで対戦が出来る。俺はゲーセンのレバーが苦手だった。中指と薬指でレバー軸を挟み込むいわゆるワイン持ちでやってたのだが力の入れ方がヘタクソで指の間の皮がデロデロに剥けて血まみれになったこともある。自宅で対戦が出来るならそんな心配も要らんというわけだ。

 さてさてこのオンライン対戦。友達同士でやるようなカジュアルな勝負も当然出来るのだが一方で勝敗に応じてポイントが増減するランクマッチが存在する。ルーキーからレジェンドまで9段階のリーグ、各リーグごとに5段階のランクが設けられ、各プレイヤーはその高みを目指して日々しのぎを削りあっている。ここが地獄です。相手は同じ人間でその数だけそこにしかない戦いが生まれる。同じ戦い方がずっと通用するわけじゃない。初めのうちはがむしゃらにやってても勝てたりする。ランクが上がって上のリーグに行く度にマッチングする相手も自分に近い強さに上がっていく。「じゃあみんなで手を繋いで頑張ろうよ!協力し合えば乗り越えれないものなんてないさ!」なんて平和主義者は一人もいない。ただ目の前の相手を倒すか自分が倒れるかだけ。勝てている時はめちゃくちゃ楽しいはずなのに負けが続くと盛りのついた犬のように吠えてしまう。枕に顔を突っ込んで呪詛を吐いてしまう。負け越した夜は「なんで勝たれへんかったか明日までに考えてきてください」とE・本田に詰められる。ストレスファイター6といっても過言ではない。


 そうは言っても今日まで一作のゲームをやり続けてしまっていることに複雑な理由はない。ただただおもろいんや。勝ちたいんや。今、俺はリリーというキャラクターを使っている。初めは使うつもりがなかったキャラだが今となってはリリーしかやってない。このリリー、何の因果かかつて俺が弟相手に舐めプで使っていたでっかいネイティブアメリカン、サンダー・ホークと同郷同族の女の子。というかほぼT・ホークである。これは過去の不甲斐ない俺との決別の戦いかもしれん。俺は今日も閉ざされた愛に向かい叫び続ける。

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