4月13日

 昨晩は大変だった。具体的なことは控えるが迷子を家まで送り届けた。迷子と言ってもおばあちゃんだが。今のご時世この対応が正しかったのかといろいろ考えてしまう。見知らぬ他人をどこまで信用できるか。


 かつてECCジュニアに通っていた。教室内ではなぜかイニシャルから連想した海外風のニックネームで呼び合うルールがあって俺はピーターだった。ちなみにイニシャルはiです。私のpはどこから。確かにpも含まれる名前ではあるのだけれどイニシャルがpの日本人はもう林家ぺー・パー子師匠しかいない。兎にも角にもピーターだった俺は毎週毎週少しずつ英会話に傾倒してゆき、初めこそ乗り気でなかったもののひと月も経てば心なしか自信に満ちた「ハワユ?」だった。ピーターはこの学びを実践したくなった。田舎の片隅に外国人を見かけるなど当時では殆どなかった。それでもゼロというわけではなく砂金をさらうような心地でやっと見つけた海外ニキにピーターは話しかけた。


「ハワユ」

" Oh! I’m doing well. Thanks. "


 違う。「ハワユ」と問うたら「アイムファインセンキュウエンジュユ」と答えようと聞いている。麻婆と言ったら丸美屋、味がいいねと言われたらサラダ記念日と聞いている。なのに海外ニキが知らないカードを切ってきて開始ターンで決着した。ピーター、その場を無言で逃走。


 おそらくこの時の海外お兄さんは優しい人で小僧だった俺のよく分からん自信の現れを受け止めてくれたのだけれど、それでもやっぱり見知らぬ他人なのだ。俺は彼を信頼しすぎていた。たまたま悪い人じゃなかっただけでかなりリスキーな行為であったなと今は思う。迷子のおばあちゃんについては警察に任せたほうがよかったのかもしれない。そんなことを考えながらお家の近くに着くとご家族が出迎えに来ていて安心した様子で「ありがとうございました」と言われた。これもまた良しなのかもしれない。ピーターがハワユと聞いてくる。俺はまあまあかなと答えかけて アイムファインセンキュウエンジュユと返した。


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