4月12日

 桜はまだかろうじて咲いている。長いこと花見なんてしていないが桜を見ると花見の季節ですねなどと言っている。最後にわざわざ花見という体裁で花見をした時の俺はまだ20代だった。20代なんてものが自分にもあったのかとあらたまってみると驚きがある。若さとはある瞬間では頼もしく時にひどく愚かしい。

 

 花見なんてのは形式の話で結局は野外の開放感でハメをはずしたいだけじゃないかなどとその男は斜に構えていた。なのでみんなが場所取りに準備にと作業している間も一人で公園の近くにあるたこ焼き屋で明石焼きを嗜んでいた。小腹が空いていたからだ。それになんだかアウトローな感じがしたからだ。明石焼きを食べ終えて公園に戻るともう準備は整ったようでどこに行ってたのかと少し怒られたが男はヘラヘラして誤魔化した。

 乾杯の合図とともに花見が始まる。男は大学三年生で、花見は新入生の歓迎も兼ねていた。初めのうちは先輩の面目を保つべく静かに飲んでいた。世間一般ではこれをスカした態度と呼ぶ。時間も昼下がりになってくるとポカポカした陽気に絆されて気分の良くなってきた男の飲酒量は増していった。残念なことに男はたいして酒の強いほうではなかった。顔色が魔界村のレッドアリーマーだった。こうなってくるともう社会性など二の次で「おいでよどうぶつの森」に誤って迷い込んだあばれうしどり。その場のノリと勢いに任せて公園の池に向かって当時の恋人の名前を叫び「好きだーーーーッ」と続けていた。するとあばれうしどりBがあらわれて同じ攻撃を繰り出してきた。あばれうしどりAであるところの男は負けじと「大ッ好きだーーーッ」とメダパニダンス。闘う者のダンスはしばらく続いた。するとその光景を見ていた全然知らん団体のおじさんが感銘を受けたと言って韓国産の甕入り酒を進呈してくれた。さながらドラクエのイベントだった。男は馴れ馴れしくありがとうありがとうと言いながら早速蓋を開いて口にした。しかし男には酒の味がわからない。「不味ぃーーーッ」と池に向かって叫んでいた。失礼極まりない。


 桜を見るとそんな日のことを思い出す。今も酒には弱い。時には救急で運ばれたりもしたけれど私は元気です。どこかにそこが世界の中心だと思い込んで愛を叫ぶ若者がいたら俺は飲めない酒を奢ってやりたい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る