4月11日
もう去年の話だけど眼鏡を新調した。そこそこ歳食ってきたし身につけるものにも気を遣ったほうがいいかと思い立ったのだ。あまり頓着してこなかった人生だ。腕時計や財布みたいな小物なんて正直なんでもいい。ただ眼鏡はなくてはならない。運転できないからだ。運動会の練習でグラウンドにコンタクトレンズを落っことした奴が拾えたはいいが砂まみれのそれをナメて装着しなおしたのを見て以来コンタクトの選択肢は死んだ。俺と眼鏡はかれこれ20年来の付き合いで過ごした季節は親より長い。だったらお前だよな。
町の眼鏡屋に来た。おじいちゃんが二人。いかにもタコにも眼鏡屋という風情がある。俺には相場がわからなかったが17の頃の記憶に若干プラスアルファして5万握りしめてきた。良いかもと思ったフレームが6万した。ちょっと一回店を出て2万追加してきた。俺は震える指先でフレームを試着すると頭の中で「覚悟」を3回唱える。「お似合いですね」そう告げてくるおじいちゃん店員さんに導かれるまま視力測定をしてもらう。めちゃくちゃに丁寧だ。あれでもないこれでもないこちらはどうかあちらはどうかと入れ替わり立ち替わりいまそかりレンズが交換される。俺からするともういけそうな気がしますって感じだったが職人は妥協を許さない。いろいろあって測定が終了するとレンズを選んでくださいとラミネート加工されたB4サイズの表が一枚差し出された。一番安価なもので5万スタートだった。「このレンズはあれですか? 目に直貼りするそれですか?」と心が叫びたがっていた。無論そんなわけもなくフレームとレンズを足せば予算は軽く越えていた。俺は今カジノにいてこのジジイと魂の勝負を繰り広げているのだという錯覚からか別に一番安価なレンズでいいところを「この値段の違いってなんですか」と問い「先ほどの測定結果により近い感触になっていきます」とスピリチュアルを諭され「ほな一番高いやつ貰えるか」と完全におかしくなっていた。8万した。
その日は半額だけ前金で払って仕上がり日に完済することで話がついた。それから月日は流れ出来上がった眼鏡を受け取った時おじいちゃんは「大切にしてあげてください。本当にいい眼鏡ですから」と仰った。俺はわかりましたとだけ伝えて強めに握った現ナマから少しずつ力を解いた。
約束どおり本当に大切に扱っている。あれから2回しか掛けてない。
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