56.中華街にて②
早速雨姫は
「んっうまぁ……」
想像はついていたが、昼下がりの中華街に来れば、食べ歩きになるのは必然。
両手に湯気が立つ中華まんを持ち、大口開けてかぶり付く。
その食いっぷりと、嬉しげな微笑みに、逸樹もつられて同じ中華まんを買う。一口食べて、熱い肉種を口の中で転がす。
「逸樹、おいしいねこれ……!」
「確かに美味い」
中華まんに限らず、どこの店も店頭にテレビが設置され、グルメ番組の自店に取材が入った部分を繰り返し流して大々的に宣伝している。
まさに選取り見取りで逆に何を選ぼうか迷ってしまう。目についた店で食べたい物を好きなだけ食べることにしていた。
逸樹が中華まんを食べきる頃には、雨姫はもうさらに二、三品頼んでいた。
「
葉に包まり、糸で縛ってある台湾発祥の粽、プラスチック容器の中にニラや水餃子が入ったスープ。そしてまた中華まんを追加でもう一個買ってきた。
「昼飯なら店に入らないか?」
「キミ何言ってるの。お昼はこれからでしょ?」
スープを飲み干す雨姫は仕草が子供らしくて普段よりも幼く映る。
「よく食うな本当」
雨姫の胃袋は埋まることを知らないのだろうか。食欲の底のなさに畏怖すら覚える。
「……程々にしておけよ。高校生の小遣いだと、ちょっと厳しそうだから」
「お金はあるから大丈夫」
雨姫は財布から何枚もある一万円札を見せた。
「……フジシマさんから貰ってるのか?」
「生活に必要な最低限のお金はね。でも、ご飯だけは沢山食べることにしてる。そうしないと体に余計な負担がかかるし」
「如何わしい金の臭いがするな」
「真面目に考えない方が良いよ」
雨姫の雇い主にあたるフジシマは未だに謎の部分が多いが、雨姫もあまり関心を示さないようだ。
「じゃあお昼にしよっか」
二人は派手で色鮮やかな外観の店に入った。
店内は見た目ほど豪華でもなく、学生である自分達の身の丈にあった感じで安心する。逸樹は広い席に体を落とすような仕草で座る。
「何頼もっかな」
「羊肉食ってみたいな。あんまり食べたことないからな」
「あ、それ私も。えーっと。エビチリと、フカヒレ、麻婆豆腐は外せない。あと酢豚、棒々鶏もそれからー蟹炒飯、八宝菜、あとスープも欲しい」
「いや、全部食えるのか⁉」
暫くして料理が並べられる。テーブルがぎっしり皿で埋め尽くされる。
どれもボリューミーで、ここまで頼んでしまうと満漢全席になるのではないか。
雨姫は手前にあるものから箸を伸ばして食べ進めてきた。
「
「口に物を入れながら話しかけるな。行儀が悪いぞ」
「……。ごめんなさい」
口の中の海老を嚥下すると雨姫は改めて話す。
「そういえばあの赤い髪の子はどうなったか知ってる?」
「さあな。俺が退院する前にもう出てったよ。まあ何もされてなきゃいいが」
会話が終わると逸樹も羊肉の汁物を食べ始めた。そして律儀にも飲み込んでからまた話しを続ける。
「俺は沙薙を救って見せたわけだ。この件は完全にお前の負けだよ」
勝利宣言をしてやると、そこで雨姫の箸がぴたりと止まった。
「ねえ逸樹、あの時みたいな無茶はもう絶対にしないで欲しい」
突然先ほどまでの嬉しそうな感情が抜け落ち、雨姫にヴァーミリオンらしい冷血さが戻った。
雨姫は真顔で静かに怒る。さっきみたいに拗ねていない。
命知らずで、あまりに自分を軽視する逸樹に対し、本気で怒りを露わにしていた。
「俺だって本音は危険な目に遭いたくはないさ。でもな、やらないよりはマシだ」
逸樹も茶化そうとせず、きちんと自分の気持ちを伝える。
「キミは毎回命を落としかけている。今回の件もたまたま助かっただけ。あの時すごく怖かった。私のせいでキミが死んじゃうかもって。だから、そんな思いは二度としたくない」
「もう俺に迷いはない。お前に殺されてでも喰らい付くつもりだよ。雨姫には悪いが、この傷も名誉の負傷だと思っているぐらいさ。」
逸樹は食事を辞めて食器を置いた。
雨姫の碧眼は少し揺れ、逸樹の黒褐色の瞳に向かい合っていた。
「これまで何度も目の前で救えるはずの人が殺されたんだ。こんな悔しい思いは二度とごめんだ」
「分からず屋」
「それとな、お前にもこれ以上罪を重ねて欲しくない。その為にも俺は止まらない」
逸樹も雨姫も完全に食事のペースが止まっていた。
「これまでの件で分かったのは、俺にこの問題を解決できる力はなくて、全員救うのは多分無理だ。それでも諦めたくない。いつかヴァーミリオンも人間も共存できるように尽力したい。俺らに違いなんてない」
逸樹は眉を落として悲しげにする。
雨姫は一度テーブルに目線を落とした。羊肉を箸で突いて裂く。
「違うよ。私達の命とキミ達の命は平等じゃないから」
「死人は生きる人を脅かすな。それがお前の持論だったな。でもまた生きている。死なんて些細な問題だ。ヴァーミリオンは物でも獣でもない」
「くどいよ。私達は――」
「『化け物だ』だろ? やっぱ俺、雨姫のそういう所は嫌いだ」
「……私だって逸樹の堅物な所嫌い」
雨姫の顔にも青筋が入り、お互い睨み合っていた。
いつの間にか押し問答となり、喧嘩腰になっている。多分お互いの言葉がなんとなく自分自身に響くのだ。だからついむきになって否定してやりたくなる。
――クソ、つい突っかかってしまう。雨姫には今日詫びに来たのに。
逸樹は軽く首を横に振って、自身の中にあるこれまでの陰気な雰囲気を払拭した。
「悪い」
「こっちこそ。せっかくご飯食べるのに、この話はやめよっか」
雨姫は取り皿に適当に食べ物を取り分けて逸樹に差し出す。
「メシ食い終わったら雨姫の行きたい所ついてく」
「うーん……どうしよっかな」
店を出て思いの外かかった食費に頭を悩ませつつ、中華街の土産を買う。キーホルダーやグッズが売っているお土産店はどこもかしこもパンダだらけだった。
雨姫は道中タピオカミルクと甘栗を買っていた。甘栗は家に帰って食べるつもりらしい。
「これ以上食ってどうするんだよ」
「栄養管理は大事だからね。しょうがないもん」
その決して尽きぬ食欲に、逸樹は正直引いていた。
「そうだ。お前の部屋、殺風景すぎるから置物でも買ったらどうだ?」
「いいや。キミこそ友達とかに何か買ってあげれば?」
「まあ、そうだな……詩織には俺が落ち込んでた時に世話になったし」
最近、詩織達に申し訳なく思う時がある。
自分は後ろ暗い秘密を持っていて、友達に対し何も打ち明けていない。
「俺、あいつらに色んなこと隠したままなんだよな……友達なのに」
「それは私のせい。キミ達は付き合いが長いなら、ずっと友達続けなよ」
「言わるまでもない。あとお前のせいでもない」
「詩織達のこと、大切にね」
小声でやかましいと言って、逸樹はパンダの付箋を手に取った。
「まあ、話の取っ掛かりとして浅ましいが、物の力を借りさせて貰う」
「文房具系?」
「実用も兼ねてだ」
詩織への土産も買い終わり、中華街を後にした。
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