三章 横浜中華街
55.中華街にて①
[5月 3日 11時 49分 横浜市 中区 横浜中華街]
ゴールデンウィークの横浜中華街は普段よりも家族連れが多く、活気づいていた。
中華街の景色は正面からは豪華絢爛な装飾や人混み。上を見れば、晴れやかな空。ペンで殴り書きしたように電線が張り巡らされ複雑に交差して、猥雑な街並みを強調する。
ただそういう雰囲気もまたこの中華街が愛される理由の一つだろう。
中華街に雨姫は出かけていたが、頬を膨らませあからさまに拗ねている。彼女がこうなる原因は一緒に出かけている相方にある。今はその彼から背を向けていた。
「どうか機嫌を直して欲しい」
「……」
「あの、雨姫。本当に申し訳ございませんでした!」
必死に手を合せて頭を下げているのは逸樹だった。
普通なら全治半年以上の重症が、雨姫の献身的な治療や、由来不明の最先端治療のおかげで、輸血も要らず、怪我の治りが凄まじく早かった。
僅か三日でどうにか歩けるまでに回復し退院できた。
そして逸樹が雨姫に謝る理由。きっかけは遡ること三日前、病室で不慮の事故により下着を見られたこと。それと余計な一言のせいで雨姫は腹を立ててしまい、逸樹との会話の一切を封じていた。
雨姫には恨みつらみはあれど、それとこれとは別。退院後に謝罪の機会をと、強引に約束を取り付けた。
しかし待ち合わせてから一度も逸樹と目を合わせてくれない。
「……くっ」
それでも許しを頂けないと察した逸樹は、地にがっしりと掌をつけ、堂々としたその体勢から頭を下げ、究極の謝罪姿勢である土下座をする。
「人間として! 男として! 最低の行為を働いた! すまない!」
人がこれだけごった返している中、堂々とした土下座は人目を引き、全方位からの視線がこの二人に注目していた。中にはスマートフォンのカメラで写真を撮る人まで居た。
逸樹は自分でも自覚があるが、いささか真面目すぎる。決して人目を引いて同情を誘おう等という目論見はなく、むしろ羞恥に晒されることで自分の行いに対し、少しでも釣り合いを取ろうとした。
「――――ッッッ!」
しかし雨姫には四方八方からの好奇の眼差しに耐えかねるといった感じで狼狽する。
悪意は微塵もないが逆に雨姫を困らせてしまった。
「ど、土下座やめてよ! もう!」
あたふたする雨姫は逸樹を地面から引きはがし、無理矢理立たせる。
「気にはするけど、もうなかったことにしよ」
雨姫の許しを得て、ようやく逸樹も安堵の表情を浮かべる。
「で、キミ病み上がりなのに大丈夫?」
「問題なし。むしろ体が鈍っているし動かさないとな。せっかくのゴールデンウィークだし」
逸樹は服の上から雑に腹を摩って、健全さを見せつける。
今日も学校は休み。勿論二人共私服だ。
逸樹はシャツの上にジャケットを羽織っている。制服姿と大差ない格好にも見えるが、体格にもぴったり合っている。肩掛け用のバッグや腕時計も付ける。
雨姫の私服は襟付きのきめ細かいチェック柄のワンピース、その上に白いカーディガンを着ている。いつものハーフアップに結んだ髪型に、黒い光沢のある靴。制服姿とは真逆の清楚な格好だ。
私服を目の当たりにすることがなかったから、妙に新鮮だ。
「変かな?」
「いや。似合っている」
「ふーん……どうも」
――また変なこと言っちまったか。
また思わず忌憚のない感想を漏らしてしまった。
微妙な関係なのに二人きりで過ごすとなると、逸樹もかしこまった態度をとる。
「今日は誘いに応じてくれてありがとう。正直断りそうだと思ってたんだがな」
「そういうことなら帰るよ?」
「い、行こうか」
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