五章 銀朱の正体

28.地区センター跡地

 ◆◆ 



[4月 19日 17時 30分 横浜市 神奈川区 地区センター跡地]


「あとは、ここだけだね……」


 朝、襲ってきたヴァーミリオンの死体を運び出して証拠隠滅した。

 それから捜索を続けたらかなりの時間になった。

 雪下が見つけたのは以前、区の市民館だった場所。今は使われていない廃館。分布した地図で潜伏できる規模の廃墟と言えば、ここぐらいしか残っていなかった。

 入り口と一階の窓は板が打ち付けられ、入れないようにしてある。簡単に中を覗ける隙間もない。

 しばらく敷地内に入り建物を一周して、入れる場所がないことを確かめ、二階によじ登る。軽やかにまるで猫のように跳躍していった。二階は窓ガラスが割れている場所から入れる。ガラス片は室内に散乱していた。

 館内に入ると薄暗くわずかに差し込む光が埃に反射している。館内の一階に飛び降りて着地すると塵や誇りが宙をゆったり舞った。中は机や椅子、ボード等の粗大ごみが撤去されずに残っていた。


――……血の臭いがする。


 まず気がついたのは血の臭い。鉄臭いのが薄らとする、ついでに煙草の嫌な臭いもしてくる。ここにはまず何かがあるだろう。

 異様な気配を感じる。臨戦態勢に入り、氷の剣を創り出した。


「あ? お前誰だッ⁉」


 廃館の中で大声が鳴り響く。

 声を上げたのは茶金に髪を染めた青年、生え際には黒い地毛を覗かせている。煙草を口に咥えて派手なスカジャンとシャカパン姿で、動くだけで擦れる音がよく聞こえる。

 目つきが鋭いだけで、たたずまいも素人丸出しの悪童だ。

 だが暗闇の中でも鼠色を帯びる双眸、ヴァーミリオンであることは間違いない。


――居た。殺す。


 通学バッグを置き去りにし、雪下は真っ先に金髪の青年めがけて剣を突き立てる。


「な……てめ!」


 口から煙草をぽろっと落とした青年は能力を発動した。

 掌から鋭いナイフが飛び出す。小型の刃物を生成する能力系統『Knife』だ。

 刃物を手にもって振りかざそうとする。だが、何節も遅れていた青年よりも、雨姫は氷の剣による一閃の方が圧倒的に早かった。ナイフの持ち手を手首ごと切断した。


「ぎ……ッ⁉ 腕がッ! 俺の腕がッ! 痛ええよおおおお!」


 切り離された手首は宙を舞い、離れた場所に落ちた。それから程なくして大量の血が噴き出すと、青年は手首を失ったことに動揺し、泣き叫んでいた。

 雪下は年上の青年であろうと、容赦なく氷の剣を胸に突き付ける。


「痛……あ、うわ! ああああッ⁉」

「連続殺人犯の実行役じゃなさそうだけど」


 今朝、雪下を襲ってきたヴァーミリオンの能力は『火炎放射』で、この青年は『刃物の生成』といった所だが、連続殺人の手口に繋がるような力ではない。さらに言えば、戦闘に慣れない素人達だ。恐らく殺人経験も皆無だろう。


――仮に仲間が残り四名だとしたら。あと三名潜んでるはず……でも不在かな。


 この『痛がり』の悲鳴は既に館内に響き渡っている。もし実行犯がこの場に潜んでいるなら、これで誘き寄せる。

 用済みになった青年の心臓を貫こうとした時、雪下に風切り音が届いた。


「――――ッ!」


 条件反射で背後に剣を振った。剣で弾き飛ばしたのはナイフで雪下の死角から飛んできた。弾いた感触は重く、鋼をも切り裂く氷の剣が刃毀れする速度だった。もしそのまま気が付かなかったら、頭蓋を貫いていただろう。


――あのスカジャンのヴァーミリオンが作ったナイフと同じ……ナイフを飛ばすのも能力の内……? いや、多分違う。


 ナイフが飛んできた方向に人影はない。だがこれは戦意を喪失している青年にはできない芸当だ。速度と精度から直感で分かる。


「連続殺人の実行犯!」


 雪下が弾いたナイフがひとりでに浮き上がり、再度雪下めがけて飛来する。

 今度は目で捉えているので、十分にナイフを引き付けてから避けられた。しかし避けた後、ナイフは宙で止まってからまた雪下の方向へ向く。

 それだけではない、廊下やエントランスのあちこちからも、いくつもの刃物が飛来してくる。目視した数は十本。それら全てが追尾してきた。


「はぁああああッ!」


 飛んでくるナイフを躱しながら、『Pale Blue』を発動させ、水のペットボトルをもう一本手に取って二刀流にする。一本ならまだしも十本は避けきれない。避けきれない分は弾き返して防ぐ。

 避けたナイフは深々と床に突き刺さる。氷の剣は打ち返す度に、すり減っていく。


――このまま姿を隠されたらジリ貧になるのはこっち、どうやって切り抜けよう。


 ナイフの飽和攻撃が起きる中、張り詰めた殺気をものともしない大声が館内に木霊した。


「雪下ぁああああッ!」

「キミは……!」

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