26.初老の男②

「公安警察吸血鬼特殊案件課所属。吸血性人種ヴァーミリオンを排除する日本政府直轄の公安機関。それが我々特殊案件課だ。公安と言っても構成員には吸血鬼を知悉ちしつする警察官で刑事課、機動隊からも選出されるがね」

「警察手帳は?」

「無い。有ったとしても偽造と疑うだろう?」

「口から出まかせを言ってないでしょうね?」

「吸血被害を少しでも減らそうと、全員が命を懸けて戦っている。無論わたしもだ」


 公安警察吸血鬼特殊案件課。当然そんな課は聞いたこともない。しかしヴァーミリオンという吸血鬼が秘匿されながらも存在しているなら、それに対して抵抗する組織もまた秘密裏に存在するだろう。

 にわかに信じ難いが、少なくともフジシマという男は、行政機関とも太いパイプを持っているのは確実。これだけの暴挙に及びながら、未だに捕まってないことから安易に推測できる。


「とはいっても、三月から起こり始めたヴァーミリオンの増加現象によって慢性的な人材不足に陥っている。正直我々では対応しきれないのが現状だね」

「だから、フジシマさんはヴァーミリオンを戦力にしたってことか?」

「その通り。だが今はだ。特殊案件課は『ヴァーミリオン憎し』で結成された組織で、それはもうヴァーミリオンを殺すことが生き甲斐の者しかおらんのだよ。だから、わたしがヴァーミリオンと手を組んでいることも秘密なわけだ」

「さっきもそうだが、あんた口が軽いな。そんなことを俺に話してもいいのか?」

「はっはっは、心配要らないよ。少年を信用して特別に教えているのだから。平塚少年は絶対に裏切らない」

「確証もないでしょうが……」

「仮に変な気を起こしても、素性は全部知り尽くしている。家族構成も、学校も、住所も、少年自身の知らないことまでもう全て知っている。このまま生かすも殺すも造作もないことだ」

「釘を刺すってそういうことですか……この野郎」


 このフジシマと名乗る男も本当に警察官かどうかも怪しい。刑事よりも暴力団の方がしっくり来る怪しい恰好と、思わず身構えてしまう不気味な雰囲気がある。


「なあに。大人しくして貰うなら、土産話でもしてあげようと思ってね。先日少年が傷害事件通報してきた件で進展があったのだよ」

――一丁前に飴と鞭のつもりか。


 ここ数日何も音沙汰がなかった癖に、今更になって捜査状況を逸樹に伝えてきた。


「聞きたくはないかね? 椎名夕子がどうなったか」


 逸樹は唇を思い切り噛みしめて血が滲む。この男が警察に働きかけて、逸樹の通報を隠蔽したのだと確信したからだ。


「椎名をどうしたッ!」


 逸樹は青筋を立てて椅子から飛び上がった。

 その怒号に周りの客や店員も逸樹の方を見てしまう。この場において平然とコーヒーを飲んでいるのはフジシマぐらいないものだ。

 優雅に珈琲を呷るこの男のせいで、椎名は死んだことも気付かれず、にこの世から姿を消してしまったのだ。弔う亡骸すらもうないと思うと怒りで頭が裂けそうだった。


「まぁまぁ落ち着きたまえ。店の中では静かに」


 周囲の客から視線を感じる。流石に気まずくなり、視線を逸らしながら席に戻る。

 ここ最近、激情に駆られてばかりだ。感情を昂らせないようにと自戒した。


「なら特別に君を殺そうとしたヴァーミリオンの素性を教えてやろう」

――……それで椎名が救われなんかしない。でも。

「椎名夕子。十五歳。遊佐川高校一年。実家は神奈川県横浜市旭区。両親は二年前に離婚、以後は母と同棲。今年の四月十五日に死亡を確認。その後彼女の自宅を捜査した結果、風呂場の浴槽から母親、内縁の夫の遺体が発見された。被害者二名は包丁で刺されたのが直接的な死因」

「椎名が人殺し……」

「母親は死後一か月以上。内縁の夫も死後数週間といった所だねえ。死亡時期が異なることから、母親を最初に殺し、次を訪ねてきた内縁の夫を殺した。椎名夕子は少なくとも二人も殺している殺人犯だ」


 椎名がこの十五年間をどう過ごしてきたのかは想像もできなかったが。しかし、事実を見れば、母親とその愛人を殺し、その後に逸樹も殺そうとしていたのだ。

 その事実を聞いて逸樹は震えが止らなかった。もしかしたら自分が死んでいたのかもしれないと。


「さらに調査を進めた結果、椎名夕子は日常的に母親と内縁の夫から虐待を受けていた形跡がある。恐らくそれが原因だろうねえ……」

「それが動機で殺人を……」

「いやいや、わたしが言いたいのは…………いや、もしかして少年は……忘れたまえ」


 フジシマは何か言いかけたが、何故か逸樹の様子を伺い言葉を訂正した。


「ま、とにかくだ。椎名夕子は親を殺した時点で、彼女の人間性は獣性へと変わった。抵抗でも怨恨でも、利益でもない生存を動機にした殺人は異質だ。生存本能を免罪符に他よりも殺人に対する忌避感が薄れやすい。そして血を取る方法と殺人がイコールの関係で結ばれてしまう。そういう『獣』は殺すという選択肢しか取れなくなる」

「もういい。死人をこれ以上辱めないで下さい」


 どちらにせよ、椎名は罪を償う必要があった。だが裁かれる法律が人間の為にしかないこの世の中に、ヴァーミリオンに対する正しい裁量はないのだろう。


「彼女の亡骸はその日の内に火葬し、既に埋葬してある。埋葬場所は当然極秘だがね」

「そう……ですか」

「吸血鬼が存在する事が世間に露見すれば、混乱を招く。だからこその迅速な処刑と、事実の隠匿が求められるのだよ。だから平塚逸樹君に言うことは唯一つだ」

「何ですか?」

「雨姫君とヴァーミリオンと関わるのを止めなさい」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る