23.ファミレスで行われる推理②

 逸樹が取り出したのは地図とマジックペン。神奈川県の冊子型のマップで勿論横浜の地域も載っている。雪下は首を傾げていた。


「地図なんていつも持ち歩いてるの?」

「お前の家に行く前買ったんだよ。いろいろ見越してだな。いいから寄こしてくれ」

「えーっと。これと、これと」


 逸樹に渡されたマジックペンで雪下は地図に✕印を書き込んでいく。


 ・一件目。事件発生日四月一日。被害者は四十代男性。職業は会社員。現場は横浜市神奈川区、公園の林の中に頭部を大きく損傷した状態で発見。

 ・二件目。事件発生日四月四日。被害者は四十代女性。職業は専業主婦。現場は横浜市保土ヶ谷区、路上で胸部を大きく損傷した状態で発見。

 ・三件目。事件発生日四月六日。被害者は三十代男性。職業は建設現場作業員。現場は横浜市神奈川区、河口で発見される。腹部と頭部大きく損傷した状態で発見。

 ・四件目。事件発生日は四月十日。被害者二十代女性。職業は会社員。現場は横浜市西区、路地裏にて腹部に大きな裂傷を負った状態で死亡。

 ・五件目。事件発生日は四月十五日。被害者は三十代女性。職業は無職。現場は横浜市保土ヶ谷区、被害者自宅。被害者の遺体は右足が大きく損傷した状態で発見。


「これで全部だよ」

「なるほど……犯行の分布の間隔はどれも五キロ圏内程度……」

「んん? 何してるの?」


 今度は逸樹が✕印の地域をさらに円で囲む。囲った円の中には地図には横浜市の西区、保土ケ谷区、神奈川区までもが含まれていた。距離で表すとだいたい十数キロメートル圏内。


「心理学の真似事。犯行現場から相手の場所を割り出せるかもしれないと思ってな」

「キミ高校生の癖になんでそんなこと知ってるの?」

「お前も高校生だろ。父さんの本棚から犯罪心理学の本を引っ張り出してきただけだ。専門家の分析には足元にも及ばない。本当にただの真似事だよ」


 犯罪心理学における地理的プロファイリング。犯行現場の分布から犯人の場所を導き出す捜査方法。地図上に円形を書いた範囲は五キロメートル。


「……でも被害者も年齢も、職業も。発見された場所も全部バラバラ」

「こういう連続で発生する事件の場合、犯人の居場所は事件現場の近くにある場合が多い。生活圏内、ただ今回のように複数犯の場合は、全員共通の活動拠点って形になるかもな。元々複数で群れるってことは裏を返せば一人で活動できない理由がある……」

「普通は固まっている程、発見されるリスクが高くなる……ヴァーミリオンらしくない行動だと思うけど……」

「正直、こいつらは普通の警察を想定した基本的な隠蔽工作に全然気を回していない。もっと別の物を警戒してるんだ。例えば同族のヴァーミリオン狩りを意識してきて……とか」


 逸樹は雪下の方を向いて露骨にお前だという顔を向ける。雪下もむすっとむくれ面をしている。


「この特定範囲の中に廃墟とか空き家、五人以上の規模で、尚且つ人目につかず隠れるのに適している場所、そこが奴らの根城である可能性が高いはずだ」

「ふ、ふーん」


 雪下は目をぱちくりさせていた。単に頑固者だと思われていたのだろう。尤もらしい推理をしたのがそんなに意外なのだろうか。そして、そこはかとなく悔しい様子を見せていた。


「まあ、結論としてはこんなものだ。とはいえ所詮は素人考えだ」

「まあ………………参考にはなったかな」

「その間はなんだよ。俺の推理は不服なのか?」

「あ、ちょっとは自信あるんだ……」


 じっくりと地図と睨めっこする雪下だったが、腹に落ちたようだ。


「ま、そうだよね。逸樹の推理は当てずっぽうだからね。ほんの少しだけアテにさせてもらうよ」

「く……お前本当にむかつくなッ!」

「なら実際に確かめなきゃね」

「ま、そのつもりだ。まずはこの範囲から捜索しなきゃならんな……というか分かったら早く探した方がいいかもしれないな……」


 逸樹もつい推理ごっこに熱が入ってしまい、ハンバーグが冷めてしまった。急いでハンバーグを完食させる。

 雪下はステーキを食べつくした後は、ポテトを一人で貪っている。


「まあ警察もすぐにヴァーミリオンのアジトを特定はするだろうな。そしてこんな雑な犯行を重ねるヴァーミリオン側もまた場所が露見することを承知済みだろうし。だから、殺すだけ殺したらまた別の場所に移るだろうな。ふざけた連中だ……」


 話したいことも全て吐き出し、これからの方針も決めた所で、丁度お互いの食事も終わった。


「ご馳走様でした」

「ご馳走様。俺は飯を食ったら少し体調も戻ったし、まだ気分は悪いのは抜けないけどな」

「まあ、うん。それなり食べたかな」

――というかこいつ。やたら食うな。


 逸樹は雪下の席を見ると空の器ばかり。どれも大盛りの器でそれを一人で平らげたわけだ。その気になれば食べきれない量ではない。しかしこんな小柄で華奢な体つきをしている娘が食べているというのは、ちょっとしたギャップを感じるというか意外というか。素直に驚きだ。

 会計を終わらせ店を出ると、周囲至る所の明かりも消えていよいよ夜という感じがしてきた。外は暖かく、桜が残っているのは、八重桜だけだ。その八重桜も半分以上散っている。だが散りゆく桜はこんな暗くても白く映っていた。


「ぁ……」

「ん?」


 雪下は人目を気にするように目線を落とした。雪下の瞳を見ると青く輝いていた。そのためだろう。

 本来夜が活動に適している吸血鬼が、人目を気にして夜を嫌うなんて皮肉なものだ。


「今日は色々ありがとうね。助かったよ」

「腕っ節もない俺ができることって言えば、こんな『とんち』を思いつくしかないからな」

「なら後は全部私に任せて、荒事は役割。今日中にでもヴァーミリオン共は殺しておくから」


 雪下の周囲がぴりっとした殺気に包まれた。周りだけ薄暗くなっているような。


「いや、それは駄目だ」

「え?」


 殺意を込めていた雪下の出鼻を折挫いた。


「相手の人数が分からない以上、雪下は手を出さずに戦いを避けて欲しい。まずは証拠を掴んでから警察に通報するのが一番だろう。事件を公にする。そして連中の素顔を暴き出せば、逃げ場もなくなるだろう。物理的じゃない。社会的に殺すべきだ」


 雪下雨姫は昼の間は女子高生、終わってからはヴァーミリオン狩りとして活動するように、彼女達には表の顔と本性を持ち合わせている。ならその本性を表の世界に引きずり出せば良い。

 この連続殺人鬼達の犯罪を暴き出し、指名手配することで連中の『表の顔』を潰せば良い。現代における『吸血鬼退治』は心臓を貫くことだけが手段ではない。表の顔というもう一つの心臓を暴けば良いのだ。


「キミの方法も問題があるでしょ。ヴァーミリオンのことがバレたらどうするの」

「どうせお前らが隠蔽するんだし、問題はないだろ? 別に俺としてはそうなっても一向に構わないがな!」


 これは雪下に対する逸樹なりの復讐にもなる。


「……」

「…………」


 お互い目を合わせて無言の牽制が続く。逸樹は刺すような視線を受けて気まずそうに目を逸らすが、雪下は無言のまま圧力をかけている。

 だがやはり逸樹もそれに負けないように、再度雪下をじっとめ付けた。


「わかった。じゃあ明日一緒にヴァーミリオンの根城を突き止めようね。ヴァーミリオンがいるか確かめるだけで十分。その後どうするかはキミに任せようと思う。もし相手が先に襲ってきたら私が対処する。それでいい?」

「今この瞬間にも誰かが襲われるかもしれないと考えたら、やっぱり今日この後一緒にでも行動を起こすべきかもしれないな……」

「……やっぱり明日、学校が終わってからにしよっか?」

「おいおい、さっきと言ってることが違うぞ! そんな悠長な事言ってる場合だったか?」

「考えてみたけど、まだお互い万全の状態じゃないよね。こんな状態で根城を突き止めて、万が一敵に見つかって戦闘になった場合、絶対に殺されるって理由」

「一理あるな……いいだろう、それで異論はない」


 結局根負けしたのは逸樹の方で、やれやれと溜息をついた。

 だが、明日まで待つ提案はかなりの疑問を感じていた。雪下にしてはいやに優し過ぎるような奇妙な違和感もある。


「今日はありがとうね」

「じゃ、もうそろそろ帰らないと親が心配する。また明日な」

「ん、また明日」

「雪下、最後にこれだけは言わせてくれ」

「何?」

「俺にとってはお前も同じ『人間』だからな」

「そう」


 雪下の頬が僅かに緩んだ気がした。

 もう一度見返すと人形のように同じままの表情だったので、ただの気のせいかもしれない。逸樹と雨姫はここで別れ、明日の放課後に備えることにした。


「……?」


 雪下と別れた道中、逸樹は視線を感じた。物陰から誰かがじっとこちらを伺うような気持ちの悪い視線のようなもの。これまで三回もヴァーミリオンに不意打ちを食らったからか、何となく鋭い気配を経験として覚えていたつもりだ。しかし、周囲を注意深く見渡してもそれらしい人物は見当たらない。

 これも気のせいだと思い、帰路に就いた。

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