四章 連続殺人事件・考察

22.ファミレスで行われる推理①

 [4月 18日 21時 57分 横浜市 中区 ファミレス]

 数時間休息をとることで、なんとか立ち上がることができた。夕飯を済ませて居なかった逸樹は、雪下と一緒に駅前のファミレスに入った。

 店内はがらんとしており、明かりだけが煌めく。人生でこんな夜遅くにファミレスに入ることもなかったので、一瞬無人と思うぐらい、静寂だとは思わなかった。

 当然、神奈川県の青少年保護育成条例をしっかりと守っているので、未成年である逸樹は二十三時時前には家に戻るつもりだった。

 元々逸樹は、動く元気もなかったので雪下に牛丼のテイクアウトでも頼もうかと思っていたが、曲りなりにも女子の部屋で牛丼を食べる姿はかなり気まずかった。

 二人はとりあえず、外に出て最初に目に入ったファミレスに入り今に至る。


「はああぁぁ……」

「大丈夫……?」

「そう見えたらお前の目は節穴だ。無理矢理でも食う……食わなきゃ死ぬかもしれん」


 合皮の革張りのソファ席に座り、大きく息を吐く。窓から眺める夜景は存外に暗い。何も面白みもないが、結構眺めて居られる。静かな夜の街というのは新鮮に感じられる。


「キミは何食べるの?」

「肉。滋養……」


 メニュー表を見て即決で注文する。

 血を作っておきたい。何よりも空腹で仕方がない。とにかく肉系の食事を頼む。


「チーズハンバーグ、ライス大盛でお願いします」

「私は……たらこパスタ、デカ盛りフライドポテト、エビフライ付きステーキ、デザートのチョコレートパフェ、あとドリンクバーお願いします」


 貧血の逸樹のために滋養をつけさせてあげたいという雪下からの心遣いだろう。沢山の料理を注文してくれたと思い謝辞を述べる。


「あ、気を使わせて悪いな」

「何のこと?」


 しばらくすると、料理が運ばれてくる。ステーキ皿に乗せられたハンバーグ、まだ油が弾けて焼ける音がしている。皿全体から白い湯気が立ちこめ、肉の旨味が臭いとして伝わってくる。

 誰が言ったか『空腹は最高のソースである』という諺、今身を以て体験している。

 まだまだ貧血気味でふらつくが、なるべく腹に入れなければならない。

 雪下もたらこパスタに手を付け始める。バターと明太子が混ざった桜色の粒立ったソース、それを麺に絡めて啜っている。フライドポテトも来るが、雨姫は自分の方に寄せてしまう。


「今はとにかく血を作らないとな……」

「うん。頑張って食べて」


 とにかく栄養を補給しようとしている逸樹とは対照的に、雪下は空腹を満たすように食べ進めていく。ありふれた凡庸な食事ではあるが、雪下はそれでも美味しそうにして笑みを浮かべていた。

 今日はそのまま分かれても良かったが、連続殺人が現在進行形で起こっていること、雪下をまだ完全に信用できない。だからおちおち休んでいられない。だから無理をしてでもしがみつく必要があった。逸樹も、我ながら無茶をし過ぎという自覚もある。

 ちびちび水を飲んだ後、ハンバーグを口の中へ放り込んでいく。


「雪下……メシくってもいいけど話進めろ。まずはお前の目的を改めて話せ」

「はふ、ごめんごめん。キミには私のやってることを詳しく話さなきゃね」


 雪下はフォークとナイフを起用に使って、細かくステーキ肉を切り刻んでいた。


「私はヴァーミリオンの被害に遭う人間を一人でも多く減らすため、ヴァーミリオンを殺す。当面の目的は関東で増加しているヴァーミリオンを、一匹残らず殺し尽くすことかな」


 能天気に肉を頬張りながらも、やはり常軌を逸した発言に逸樹は眉をひそめていたが、首を横に振って気を取り直していた。


「前々から聞いておきたかったが、お前には仲間がいる。違うか?」

「うん。いるけど?」


 雪下は割とあっさり認めた。特に隠すような素振もないので、初めから知られても問題ないのかもしれない。


「処理担当が居るとさっきも聞いたからな。それに、いくら何でも殺人から証拠隠滅までスムーズにいき過ぎている。常識的に考えて雪下一人じゃ無理だろうしな」

「仲間とは言わないけど協力者はいるよ。人間のね。その人間から人を殺すような凶悪なヴァーミリオンの情報を貰って、私がそのヴァーミリオンを殺している」

「……殺し屋と変わらないんだな」

「否定はしない」

「その協力者は言うまでもなく、警察関係者だよな。お前は警察、ひいては国に雇われているのか?」

「別に。他のヴァーミリオン狩り達がどうかは知らないけど、私はどこかに所属してるって実感はないよ。少なくとも私のやっていることは普通の警察にバレたら面倒臭いことになるかな」

「……それを聞いて安心した。お前を警察に突き出せる可能性もなくはないのか」

「頑張って」


 雪下は相変わらず感情に揺れがなかった。やっぱりどうしても腹立たしい。物騒な会話が続くが、店内には逸樹と雪下しかおらず、多少声が大きい会話でも聞かれる心配はない。


「私は会ったことないけど、同じ『ヴァーミリオン狩り』が各地域を担当している。私は横浜市を担当」

「一人でか? 他に仲間は居ないのか?」

「うん。いつも私一人だよ」

――横浜つってもかなり広いけどな。


 横浜市は神奈川県の中でも一番面積の広い市である。人口も数百万人を超え、政令指定都市に分類される程多い。観光地としても港湾都市としても、全国有数だ。

 そんな都市圏の事件に一人で対応できるものなのか非常に怪しい。


「で、今はその情報提供者から横浜市の連続殺人犯を殺す依頼を受けてる訳か」

「そそ。でもそのことで困ってることがあるんだよね」

「この前、殺して連続殺人は解決したと思っていたが、今回五件目の殺人が発生した。つまりまだ終わっていない。だろ?」

「それって嫌味なのかな?」

「念のための確認だ。罪を犯しているのは犯罪者のせいであって、お前の責任と言うつもりは毛頭ない」


 ここまで殺人が続いているのは、逆に雪下が犯人のヴァーミリオンを殺せていない証明でもあった。


「情報提供者は犯人の顔とか所在とか教えてくれないのか?」

「一応、警察の捜査情報とか、殺す相手の正体や居場所なんかを流してくれるけど、五件目の殺人以降はまだ情報がないよ。横浜市以外、東京もホットラインだからそっちで手一杯なのかも……」


 横浜市では連続殺人事件が今目立っているが、東京都でも最近、暴行や殺人といった事件が横行している。連日メディアで取り上げられている。


「つまり、連続殺人事件は手詰まりという訳か。……五件も被害者を出しても、証拠が掴めなかったのは、犯人もかなり狡猾で、自分達の痕跡を念入りに消しているからだと思うな」

「まあ、血液不足のヴァーミリオンはかなり血液の臭いがきついから、それが体臭にまで現れる。だから近くに寄れば何となく分かるけど……」

「相手の臭いとか痕跡を辿れないか?」

「血を汚い飲み方しているヴァーミリオンとかならできる。人間の血を大量に体に付けてるからね。でもこの連続殺人事件の犯人はそういう鉄臭いのが全然付いてない、キミの言う通り、相当手馴れてる」


 文字通り雪下は嗅覚が鋭いらしい。やはりヴァーミリオンは規格外の存在だ。

 雪下はアパートから出ていくときに持ってきたバッグから、分厚い紙の入ったクリアファイルを取り出す。テーブルに広げる。


「これは?」

「警察で扱ってる捜査資料を横流ししてもらってるんだ」

「いやいやいや、そういう重要なものは早く出せよ!」

「ごめんごめん」


 逸樹は無造作に散らばる書類を整頓しながら、内容に目を通していく。


「最初の事件が発生したのは、四月に入ってから丁度……私が横浜市の新しい担当になってからだね」

「それ……前にも聞いた気がするな。確か前の『処刑役』は全滅したってお前言ってたよな」

「よく覚えてたね。私が来る前にも横浜には四名、ヴァーミリオン狩りとして活動してたっぽいけど、全員殺されてる。裏稼業だったから表沙汰にはなってないかな」


 資料の中に、前任の経歴情報と顔写真の一覧があった。全員見るからに屈強そうな顔つきをしている。資料を眺めているとある人物のプロフィールに目を止める。

 灰がかったブロンドの髪の毛を後ろで束ねている外国人の男性だ。


「この人は、ヴァーミリオンなのか?」

「名前は確かクロード・ラロンド。私と同じヴァーミリオンで私の前任、つまり元横浜担当のヴァーミリオン狩り。能力系統は『Kill Fingers』……ええっと、念動力による投擲だっけ。でも三月頃に同地区の同僚と同じように死んだって聞いてる。死後時間が経過していて死体の判別はかなり難しかったそうなんだけど、所持品から辛うじて身元が判明できたんだって」

――こいつの他にも同族殺しをする奴も居るんだな。

「三月の間に横浜のヴァーミリオン狩りが全滅して、ちょうど最後にクロード・ラロンドの死体が発見されてから連続殺人が起こり始めた」

「思った通りだな」


 事件の状況説明に目を通す。既に事件は五件に及び、全員が凶器の特定が不明な殺され方をしている。それもかなり無惨な方法で。吸血による噛み傷が目立たなくなるぐらい死体を損壊しているのなら、それなら辻褄が合う。


「犯人は複数人。犠牲者の数以上の人数と考えるのが妥当だろうな……単独や二、三人程度ならこんな頻度で五人も殺害しないだろう。一ヵ月が目安にしても多すぎる」


 これは一見猟奇殺人に見せかけて、吸血を目的している殺人と見ていいだろう。


「吸血鬼が起こすなら吸血による死因って個体観念がこびり付いてしょうがないな……だが、こんな残虐な方法で殺すような連中は許し難いな」

「人の体を滅茶苦茶にするのは、稚拙で中途半端なカモフラージュのつもりだと思う。警察はまだ突き止めてないけど辿り着く。ヴァーミリオンの存在が大勢に知られる前に先に私が口封じをしないといけない。でも……」


 雪下は目線を下に落とした。依然として居場所を突き止められない焦燥感がある。

 その様子を見て逸樹は一息つくと、通学鞄を開けた。


「雪下、五人が殺された現場の資料はどこか分かるか? 教えて欲しい」

「どうして?」

「協力するという約束をしたはずだ。こんな一方的に教えて貰うだけじゃなくてな。少しは役に立てるかも」

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