17.仲直りの決心
「俺はつい一週間前……『
連続殺人をトラブルと言い換え話を進める。犯人に命を狙われた所を雪下雨姫という少女に助けられた。ここまでは嘘はついていない。
「
「……暴力沙汰ってこと?」
「暴力に近い行為だと思っていい……悪い。それ以上は言えないが……」
「逸樹は相変わらず小難しい話をするなァ~」
「でも、どういう訳かそいつの悪事は『法に触れてない』ことになっていて、誰にもどうすることはできない……」
雪下雨姫は吸血鬼で、他の吸血鬼を狩って殺す活動をしている。なんて話は口が裂けても言えない。
「トラブルから数日後、俺が出会った友達も、似たようなタイプで、その子にも俺は狙われていた。けどまた一週間と同じ
しばらくの沈黙の後、話を始める。どうにも曖昧で明らかにはぐらかしている話し方になってしまう。今逸樹にできる精一杯の努力だった。
「俺は規律を乱す奴が許せない。
詩織は余計なことは言わず、ただ聞くことに徹してくれる。尚也も興味なさそうにそっぽを向いていたが、なんやかんやで聞き耳を立てている。
「俺は主義も性格も合わないそいつの行為を容認できない。いや……そんな高尚な感情じゃなくて、俺が抱いているのはただの嫌悪感だ。奴は犠牲にした人のことなんか脇目もふらず、ただ『周りを守れた』という結果だけを突きつけてくる。それで、俺を守るという名目で、俺の目の前で友達を傷つけたんだ!」
ふと椎名の姿がはっきりと思い浮かぶ。
眼球の奥の奥に焼き付いたみたいに鮮明に。椎名は何故死ななければならなかったのか。あの時、殺して止めることが唯一の道じゃないはずなのに。
その瞬間言葉に詰まったが、また言葉を紡ぎ始めた。
「俺はそんな
化け物。雪下雨姫に放った言葉。たった『それだけ』だが、その『それだけ』でどれ程傷つけてしまったのだろう。判り切ったことだ。
学校に、自身に会いたくないと決めさせるには十分すぎる言葉だ。ある意味で刃物よりも鋭い痛みを与えてしまったのかも。
「俺はそのことを謝りたいと思うけど……でも、何が何でも絶対にそいつを許せない気持ちもある。だから、その。会って何を言うべきか分からない」
逸樹は拳を握りしめて混濁した感情が溢れ出て顔に出てしまう。
それを見た詩織はこめかみを指で押さえつけた後、ため息を深くついた。
「意味が分からないわよ。話が断片的すぎ!」
「なっ……! なんだ! 人がこうして話しているんだぞ!」
「ただまあ、なんとなくだけど事情は把握したわ。普通に仲違いじゃないの」
一瞬、核心を突かれたのかと肝を冷やしたが、多分詩織が想像しているのは、ただの不良の類いのいざこざか何かであって、本当に殺し、殺されたりの殺人の世界ではないはず。
詩織は大きく胸を張って逸樹に助言を送る。
「なら話は簡単じゃない。まずは『助けてくれてありがとう』でしょ?」
「……!」
詩織の言ってくれたこと、それは人として当たり前の常識だったが、完全に失念していたことだった。
「それでその次は『酷いこと言ってごめんなさい』。後は好きにしていいんじゃない」
「しかし、失言を謝罪するのはともかく。俺は奴が憎い! そんな簡単な話じゃない」
「相手が嫌いなのと、相手にお礼を言うことは逸樹にとって矛盾するの?」
「しないけど」
「お互いの主義主張が合わないってだけでしょ。でも、逸樹はその人に酷いことを言ったのを謝りたいんだよね? じゃあ、それはそれで謝ったらいいじゃない」
「詩織、でも」
「でもじゃない。これはこれ、それはそれ!」
「最初から分り合える人なんかいないと思うし、正反対だからって逸樹はその人に対して何を言ってもいいの?」
「そんなことはない! だから、今もこうして自分が許せないし……後悔もしている……そりゃ謝りたい」
詩織はここで表情を少し緩めて笑みを浮かべた。その表情は見ているだけで、心が解けるような安心感がある。
詩織は他人の異変を察知する観察眼もそうだが、他人の苦悩を知っているところもまた、彼女の長所なのだろう。
「なら良いじゃん! そのまま正反対のままぶつかり続けなさいよ」
「できたならとっくにそうしてる……」
「逸樹はその人がなんで相手を『排除』する道を選んだのか、考えたことある?」
「いいや……」
「きっと、なにか事情があるのよ。その人も『守りたい』って気持ちがあるなら、あんたと同じ正義感の強い人のはずよ」
「……」
「聞かない内から、合わない、合わない、なんて言っても何も進展しない。お互いがそのまま平行線なら、ずっと歪な感情を引きずってくだけよ」
「俺が……理解しないと駄目なのか」
自分は雪下のことをほんの表面的なことしか知らなかった、雪下は何故あそこまでヴァーミリオンを人ではないと割り切る理由、そして殺すという究極の選択をしたきっかけ。その理由を知らない。
椎名や連続殺人鬼を殺した大義名分にはならないが、動機の原点を知らなければ、逸樹の中の雪下はずっと同じ殺人鬼のままだろう。
雪下にはもう関わるなと言われた。なら、せめて雪下がどんな思いでこんなことをしているのか。それだけでも知らないと一生違和感が残る。
「相手とすれ違いながらでも分かり合おうとする。絶対の理解者はいないし、知り合ったら摩擦ができるのは当たり前でしょ。まあ、とりあえずケンカしたら仲直りしなさい!」
「……そうだな」
詩織の助言で逸樹の目の中に活気が戻った。
「ありがとう詩織」
「いいってこと。だから何時までもそんなに萎れてんじゃないの!」
「ははは、解決したみたいでよかったな~」
すっかり蚊帳の外の尚也を見て、二人とも居たのかという反応を示す。軟派な奴にしては珍しく寂しそうに席に戻っていった。
詩織も時計を見てこの話はおしまいと目配せして席に戻った。
――俺は雪下に会って、問い質さなければならない。何故あいつはヴァーミリオンを殺すことで人を守ろうとしたのか。
逸樹は職員室で雪下の居る四組の担任に住所を教えて欲しいと率直に頼んだ。
雪下とは友人で休んでいたプリントを届けてあげるという、やや強引な言い訳をした。この所、友達にも先生にも嘘をつきっぱなしで罪悪感が増すばかりだ。
クラスも違う上に個人情報の漏洩に厳しくなっている昨今、簡単に住所を教えてくれるとは思わなかったが、意外にも担任教師はすんなり雪下の家の住所を教えてくれた。
そもそも雪下がどこかに住んでいるというのが、残酷無比な人物像からは想像しにくかった。
何はともあれ居場所は分かった。住居にいない可能性もあるが、とにかく行ってみなければ分からかった。
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