16.力になってくれる幼馴染
[4月 18日 15時 38分 横浜市 遊佐川高校]
帰りのホームルームで担任が、一日の締めとなる話をしている。先生は大柄だが気さくで、生徒からの評判も良い先生だ。
「事件が多発しているので、用がなければすぐ下校しましょう。日直、号令」
「起立、礼!」
三日が経った、しかし五件目の連続殺人もあってか、あれから警察から電話どころか結局、地元の小さなニュースにもならず。また、現場の公園近くにも注意喚起を促すような警告すらなかった。
事件翌日に椎名夕子が行方不明になっているはずだと、職員室まで確認しに行ったが、椎名のクラス担任は椎名から退学届が出されていたという。連絡がつかず、しかも本人不在のまま退学届が出され、学校側も疑問視していた。しかし警察から事件性を仄めかされたのだろう。そのまま退学を受理するつもりらしい。
隠蔽と断ずるには早い。だが、もとよりあった疑惑は確信へと変わりつつある。
逸樹は一年四組を覗き込んでいた。逸樹がわざわざ別クラスに赴いたのは、ある目的のためだ。要件は雪下だ。一年四組の生徒であることは、時間をかけるまでもなく分かる。あの容姿なら人の目を引かない方がおかしい。この学年の噂にもなっているぐらいだ。教室の前から覗くだけで、すぐ見つかるはず。だった。
「雪下が学校に来なくなってから三日目か」
だが雪下雨姫は教室には居なかった。十五日のあの件から一度も姿を現わさない。
あの女が椎名夕子を殺したあの日からずっと。
そして椎名も学校に来ない。表向きには退学だが、既に死んでいるのは自分だけが知っている。しかし椎名が居ないことを気にする生徒はこの三日間で誰も居なかった。
だが逸樹は覚えている。あの日の争いを、椎名の最期の顔を。そして椎名につけられ首の傷はまだ塞がってない。首筋にはまだ絆創膏が張ってある。だが、たまに鋭い痛みが鮮明に蘇ってくる。
「痛……」
四組の様子を伺っていると四組の生徒が不思議そうに見つめてくる。女子生徒から「どうかした?」と聞かれると、なんでもないとそっけなく答えた。
あまりここに居座っては不審に思われる。逸樹は諦めて自分の教室へ帰る。ここでも自分の規則正しさを通してしまうのは自分でも呆れるぐらいだ。
それに実際雪下に会って何をするつもりだったのだろうかと自分で考えていた。椎名を殺した瞬間や、雪下と理科準備室で言い争ったことが、頭の中で映ったり消えたりの脳内上映を繰り返していた。
その内に椎名が殺され、雪下に向かって放った罵声が一字一句思い出される。
ふと、逸樹は不安になる。『化け物』あの言葉のせいで雪下は学校に来なくなったのではないか。気の沈んだ憂鬱な顔をしながら。心の声が漏れ出していた。
「言い過ぎたかな……」
外は雨が降っていた。自分の憂鬱をそのまま空が鏡のように映し出したかのように。
色も水の落ち着かない動きも雑音も全てが心の模様に似ている。
「うぃーす! 逸樹!」
「……」
朝のホームルームが終わると逸樹は机の上に突っ伏したまま何も話さなかった。眼は開いていても何も見ていなかった。何も考えたくない。何もしたくない。それだけが自分に重くのしかかっていた。
「あれ~元気ないなぁ? 椎名ちゃんとはあれからどうなったのか話聞かせろって!」
「ごめん尚也、後にして欲しい……」
「そういえば、椎名ちゃん学校来てないけどさ、ひょっとして何かあったか?」
尚也は何も知らずに数日前の顛末を毎日聞いてくる、どんな結末であろうと男女に関する話題なら蜜の味。そういう魂胆だろうが、尚也の予想の斜め上の結末を迎えたことは、彼は知る由もない。
見当違いの理由で茶化す尚也に対して人の気も知らないで、気楽なものだと逸樹は心の中で悪態をつく。内容が触れてはいけない繊細な部分だったから、尚也を疎ましく思ってしまうのだ。
「女の子を泣かせるようなことをしてなきゃいいけどな」
尚也は一瞬神妙になっていた。最初会った頃はただの女たらしと思っていたが、彼は彼なりに女子に対しては真摯だった。だから逸樹が女子に酷い真似をしたら、きっと尚也はもの凄く怒るだろう。
しばらく逸樹が素っ気ない顔を見せていると尚也も飽きたらしく、つまらなさそうにしながら離れた。
「ま、逸樹がそんな真似するわけないか!」
次に尚也がとった行動は窓側の席に座る詩織を手招きすることだった。尚也と目が合った詩織は顰め面で睨み付けると、嫌々席を立って要請に応じた。
「何よ、どうかしたの?」
「逸樹の様子がおかしくってさ」
「四市邦君が色々からかうからよ」
詩織は机に頭を置いている逸樹の様子を伺っている。
「全くどうしたのよ、あいつ!」
雪下は立ち上がり逸樹の元へ近づいた。逸樹の座る椅子の足をつま先で蹴飛ばした。
逸樹が同族意識を持つ程の規範的とはいったものの、少しがさつに振る舞うときもある。どんな人間でも完璧出ないということを思い知らせてくれる。
「逸樹!」
一喝されるように名前を呼ばれて、さらに蹴飛ばされた揺れで我に返った逸樹は頭を起こし立っている詩織を見上げた。
「詩織……な、なんだいきなり! 学校の備品を小突くな馬鹿!」
「う、うるさいわね」
話す取っ掛かりが見つからないと、とりあえず物理的な接触から始めるのが詩織の悪い癖である。
「あんたどうしたの? 首筋の絆創膏、怪我したの?」
「いいや、別に」
逸樹の首筋の絆創膏を見るや、詩織は心配そうな声色に変り、しゃがんで目線を逸樹の元まで落す。甲斐甲斐しく世話を焼いてくれるが、放置してもらう方がまだ気が楽かもしれない。詩織が詮索してくるのに対して今度は肘をついて手にあごを乗っけてそっぽを向く。襟を正して首筋の絆創膏も隠した。
その姿に詩織は不機嫌そうな顔を覗かせ、しばらく無言で見ていた。逸樹の体を検問するようにじろじろ見渡している。これは沈黙する逸樹の抱えた事情を一瞥くれてやっただけで推理するつもりだ。
二人が様子を尚也はやはりにやけながら見守っていた。
「そういえば、数日前に遊びに行った娘……椎名さんだっけ。しばらく見ないけど何かあった? この前も注意したけど、また『真面目』発動してないよね?」
「違う。椎名は学校に来れなくなっただけだ……」
詩織や尚也にも真実は伝えない。友達に対して嘘をつくのは極力避けたいが、こればかりは避けられない。だからその場しのぎのはぐらかしをする。
「でも別の誰かとケンカしたでしょ、あんた」
図星を突かれた逸樹はぴくりと体を動かした。
そして逸樹の挙動も筒抜けで、ほらやっぱりという顔をする。それから肺の中の空気を全て吐き出すぐらい大きな溜息をついた。
「あれは喧嘩なんかじゃない……」
「嘘! あんたといつから一緒にいると思ってんの! 小学生からよ⁉ 誰かといざこざ起こしたとき、いつもそういう落ち込み方なのを知ってんのよっ!」
「うわ~嘉山っちこえ~」
尚也が水を差すと、詩織は凶悪な目つきで睨み付ける。尚也は口笛を吹いて知らぬフリをしていた。
そして首筋の絆創膏を見返した詩織は神妙になる。どうやらただの喧嘩ではないと見抜かれ、さらに追求が及ぶ。
「何があったのよ」
「いいだろ……。誰と何があろうがそれは俺の問題だ」
「逸樹が悩んでいるなら友達として相談ぐらいには乗りたいって理由じゃ駄目?」
「……」
「逸樹はどうしようもない頑固者で、いつも下らないことで怒る面倒臭い奴だけど、悪い奴じゃないのはあたしが一番知ってる。こういうときも、いつだって正しいことをしようって行動の現れなんだから」
詩織はつくづく自身の扱いに手慣れていると実感する。
実際、痛いところを的確についてくる。長年の付き合いと詩織自身の面倒見のいい気質が伴っているからこそできることだ。
「突っ伏してても進まないわよ。なら前に進めるように力になってあげる」
それで逸樹の決心がついた。いつになっても詩織には誤魔化しが効かないようだ。それに胸に秘めた感情をこれ以上押し止めるのは限界だった。
「……今から話すのは例えばの話だ。だから別に本当のことじゃないから真に受けなくて良い」
「うん。聞くから」
逸樹は決心して歯を食いしばり、必死に隠していた記憶を呼び起こした。
あの忌まわしき出来事を。
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