三章 吸血
15.新たなる被害者
[4月 15日 19時 30分 横浜市 西区公園]
「ですから、公園でクラスメイトが殺されたんですッ!」
「わかったから。とにかく落ち着いてもう一度最初から話してごらん。誰がその通り魔に刺されたの、犯人の顔とかみたの?」
「刺したのは、同じ学校の生徒です!」
あれから我に返り、すぐさま警察に通報した。雪下に椎名が殺され、形振り構わず大人に頼った。警察は思いの外、到着が遅く、パトカー一台が到着するのみだった。
そして公園での一件をまだ首筋に血を滲ませながら、二人の警察官に事のあらましを説明した。
「どちらかと言えば、刺されたのは第一通報者の君の方だと思うが……」
「確かに自分も刺されましたが……でも違うんです!」
「クラスメイトの名前は? 刺した生徒の名前は?」
怪我をした首には絆創膏が張られ、応急処置を受けながら、現場で簡単な聴取が行われていた。だが警察官は釈然としない顔をしていた。
被害に遭った椎名と、雪下の名前を警察官に伝え、大体の状況を説明し終える。
だが流石に光る瞳の吸血鬼が自分を殺そうとして、別の吸血鬼に殺されました。等と荒唐無稽な話はできるはずもなかった。
まず、まともに取り合ってもらえないだろうし、それどころか自分が『いかれた』人間判定を受けるのが関の山だ。今起こりうる事態を説明できる自信がないならせめて、最低限の情報だけでも流す。
しかし確たる証拠ならあるはずだ。今ここにあるはずだ。依然としてここに証明できる手がかりがある。初めて出くわした殺人事件。あれを起こした男の痕跡は何も残っていなかったが今回は違う。
雪下が血を蒸発させたとはいえ、自分の血液や、椎名の中にあった血液はまだ残っているはずだ。あれだけの血を見たなら事件性があると判断するには十分だろうと判断した。
「そこに刺されたときの血だってあるはずです! ほら」
「確かに血液の染みのようなものは残っているが、乾きすぎている……」
「確かにそうですが! でも!」
「少し落ち着いて、君も襲われて混乱しているんだ。一応証拠がないか調べるけど、被害者も刺した生徒も探すのが先になる」
「……」
警察官も訝しい顔をして、今一つ逸樹の言葉を信用していない。職務に対し忠実で、悪意は見受けられない。
警察官は首を傾げながらも、椎名の死体を持ち去った雪下を捜索すべく、あちこちに連絡して確認をとっていた。逸樹は現に切り傷を負って必死に訴えかけていることから、事件に遭ったということまでは察してくれたが、やはり逸樹の説明に引っかかっているらしい。
「家に、その椎名って子と雪下という子のことについて確認してみたけど、ずっと家に居たようだが?」
「なんだ無事じゃないか。事件にも巻き込まれてないじゃないか」
――嘘だ。雪下は椎名を殺したはずだ。あいつが何処に住んでようが家に誰もいるはずがない。
何がなんだかもう分からない。白昼夢を見ているのか。それとも自分の頭が単純におかしくなって正常に物事に判断が出来てないのか。何を信じて良いのか分からなくなる。
頭をよぎったのは椎名が死んだことを隠蔽しようとしている事実。殺した相手の顔が思い浮かぶ。
――雪下――あいつが隠しているんだ……あの女……ッ!
雪下雨姫がヴァーミリオンの『間引き』をしているのであれば、死体の処理まで何もかも一人だけでこなせるわけがない。実行役は雪下、そして雪下のバックアップをする何者かがいる。その『共犯者』の存在にもっと早く気が付くべきだった。
肩をすくめる警察官二人。我に返った逸樹は、そのことを警察官に話そうとしたが、既に遅かった。
「それは……!」
「まぁ、いきなり通り魔に襲われて気が動転したんだろうね。とにかく病院に行こう平塚逸樹君。応急処置はしたが首の傷が心配だし、その後に署で話聞いたり、被害届とかも出さないと」
「すみません病院は大丈夫です……そうですね……俺も。気が動転して……いたようで」
「保護者の方を呼ぼう。電話番号を教えてくれるかな?」
「いえ、一人で帰れます」
警察官がひそひそと話し始めていた。不都合なことや合点のいかない説明が多すぎた。これ以上騒ぎ出せば、信じて貰えないのは当然、本当に狂言と勘違いされかねない。だからもう何も真実は話せなかった。
警察官の職務について不満を言うわけではない。彼らも規則に則って自分の役割を全うしているだけだ。ただ、今日起こったことは絶対に納得できないだろう。規則というマニュアルで非常識に接しているのだから。
『――事案、入電』
逸樹のことをどうしようかと、二人の警察官が相談している間に、警察無線が鳴る。逸樹には途切れ途切れでしか聞こえなかったが、無線を聞いた警察官は慌ただしい様子になり、急いで逸樹をパトカーに乗せた。
結局、逸樹は横浜駅の交番に連れていかれ、おざなりな事情聴取を受けた。親に来てもらうのを待ち、そのまま家に帰されてしまった。
帰ってから寝るまでの間とにかく親からも散々説教と質問を繰り返しされた。気が動転したと言い訳をして、誰に首に怪我させられたのかも、何もかもはぐらかした。
二度とこのこんなことに巻き込まれないように注意しろ。っというのが親の言う結論だった。当面の外出禁止やら連絡を義務づけられる。まあ当然だろう。息子が通り魔に遇えば神経質にもなる。
逸樹は何一つ思い通りにならず、全ての悩みを抱えたままベッドの中で塞ぎ込む。
――判ってるのに。どうして、どうして……話せないんだよ……!
寝るまで気を紛らわそうと、スマートフォンでニュースを見ている。すると速報が目に飛び込んだ。
『横浜市連続殺人事件・五人目の被害者か』
「は……?」
ニュースの詳細にはこう書かれていた。今日の夕方、逸樹が住んでいる家と変わらない場所、神奈川区で男性の遺体。前の四件と同じ手口で凶器は不明。犯人は死んだとばかり思っていただけに、逸樹も一驚を喫した。
連続殺人事件はまだ終わっていなかったのだ。
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