12.新しい友達③
クレープを食べ終わり、目的地まで到着した。
椎名が訪れたかった場所とは公園のことらしい。椎名にも疲労の色が見え始めているので、そこで一息つくことにした。
公園の敷地はここら辺で一番広く、芝生が広がり、砂利の広場もあって、木も成っている。散歩するのにも丁度良い場所だ。ベンチがあったので二人で並んで座った。
公園には全く人が居なかった。時間も遅くなり、日も沈みかけているという理由もあるが、例の連続殺人の影響だろう。逸樹は殺人犯が殺されたことを知っているが、世間的にはまだ続いているのだから。
「ごめん。歩かせちゃったかな?」
「あ、そんな、気にしないでください! ここに来たいと言い出したのは私ですから」
「確かに広い公園だけど、特別名所とかじゃないぞ。どうしてここに?」
「あはは……」
野暮なことを聞いてしまったと、咄嗟に口を噤む。
「大した理由じゃないですけどね。私こんなに楽しかったのは今日が初めてなんです!」
「良かった……」
「私、友達を作るのが苦手で……」
そうだろうなと、逸樹は一瞬心の中でそう思ったが、言葉にせずとも心中で思うことすら無礼だ。
しばらく椎名は何か言いたげに口を開きっぱなしにしている。この子の癖や距離感もだいぶ把握した。この癖は何か決心したときのはず。
「で、でも……! 仲良くなってくれたのが逸樹君で本当に良かったです!」
照れながら頬を赤く染めていた。目も合わさず、いろんな場所に泳いでしまっている。直視すらできないほどの恥ずかしいことを自分で言ったのだ。調子が狂っている椎名は左右に体を揺らして落ち着きがない。
流石にその態度には逸樹も顔を赤らめて心拍が高まり緊張する。口が自然と開いて冷や汗をかいてしまう。そして逸樹は勘ぐってしまう。椎名が自身に向けている感情はもしかすると『好意』ではないだろうかと。
――椎名さんはまさか……いやいや、今日出会ったというのにありえない。しっかりしろ! 平塚逸樹!
そう言い聞かせ逸樹はわざとらしい咳払いを一回した。心の準備がまだできてないから、どうにかしてこの状況を切り抜けたい。
逸樹も緊張でどうでもいいことばかりに注目する。
公園の時計を見ると六時に差し迫る。空は夕焼けが広がり、建物の影は長く伸びて地表を覆いつくそうとしていた。
「そ、そういえば。もうこんな時間だな。門限は大丈夫か? 親御さんは心配しないのか?」
「え……とあの、大丈夫です」
椎名の顔の赤らみが引く。上ずっていた声の調子も戻っていた。何かに詫びたそうに申し訳なさそうにしている。
「私……両親がもう居ないんです」
それを聞いて逸樹も緩みきった表情もまた強張る。そしてすぐに自分がやってしまった迂闊さ、軽率さを知り血相を変えて椎名に謝る。
「あ、ごめん椎名さん!」
「いえ、気にしなくていいですよ!」
つい生真面目な切り口から会話を切り出したが、見事に地雷を踏んでしまった。
椎名も気遣ってくれて、大丈夫と手を横に振っていた。だが椎名も動揺しているらしく先程まで赤らんでいた顔も心なしかちょっと薄くなっている。
そのままお互いにぽつりと「ごめんなさい」と言い合った。
「でも少しだけ寂しいです。だから普通の家が羨ましいかもしれないです」
下に俯き、前髪で目元が隠れてしまう。もしかしたら思い出さないように蓋をしていた過去を明けてしまったのかもしれない。
今の自分にとっての数日前に起こった事件と同じように、忘れたい程辛い過去だったのかもしれない。
「でも、私のせいなんです」
「な、なんで?」
椎名は苦しそうな表情で語り始めた。
「お父さんもお母さんも普通の人だったけど、私だけ、私だけが普通じゃなかったんです。私こうなったのはつい最近ですけど、いつもいつも抑えてきたんです。でも駄目なんです……怖いんです……我慢できなかったんです!」
「椎名?」
様子が何かおかしい。先程まで一生懸命明るく振る舞っていた椎名ではない、逸樹の目には今、異様な雰囲気に飲まれた別人みたいに映る。まるで何かが憑依したように豹変し、顔も険しくなっていた。
それに呼応して椎名は頭を下げて苦しそうに呼吸をしている。逸樹はトラウマを踏み抜いてしまって気落ちさせたのだと勘違いしたが、それは違うことに気がつく。そうなった原因は体調に原因があるのだ。
これまで椎名の顔ばかり見ていたが、体をよく見れば手には黒い痣がある。スカートから露出する膝にも同様の濁った色の痣が。
「椎名……大丈夫か?」
「お父さんとお母さんだけじゃ駄目なんです駄目なんです駄目なんです、もう駄目なんですッ!」
椎名は自分の通学鞄を開いて何かを取り出そうと中身を激しく漁る。がさつでその狂気的な動きや姿は、逸樹の中の椎名夕子という存在からかけ離れていく。通学鞄をぐちゃぐちゃにかき回した後は目当ての者を見つけてゆらりと起き上がった。糸人形を立てるように奇妙で恐ろしい起き上がり方をした。
そして椎名が探し求めていた物は包丁だった。手に握るのは、刃渡り二十センチはある料理包丁で柄の部分も真新しい。
鏡のように曇りのない鋼は見ればすぐに分かる。切れ味は抜群で、これは現在凶器として使われているのだろうと。
「だから……平塚さん」
だが、それ以上に逸樹が戦慄したのは椎名の容姿だった。
「あなたの血が欲しいです!」
まるで、犬のようにはしたなく涎を垂らしながら、狂気的な笑みを浮かべていた。
逸樹正面は太陽が僅かにのぞかせ、眩しく輝いている。椎名はふらつくと太陽の位置に重なっていた。すると逸樹の目の前に立つと、全身が逆光で影に包まれる。そうなれば瞳も翳る。だから分かってしまうのだ。
前髪から覗かせるつぶらな瞳。本来の黒褐色の面影が失せて、黄色に輝いていた。
それはまるで晴天の下で見る
椎名夕子はヴァーミリオンだった。
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