11.新しい友達②

 [4月 15日 16時 6分 横浜市 遊佐川高校]

 放課後まで授業も帰りのホームルームも一瞬のように感じられた。時間の感覚が極端に短いのは、椎名との約束に期待しているからだろう。いつもより集中が途切れ、比例して時の流れも早く感じるのだ。

 今の逸樹にとって小さな希望だった。真相を秘密にする重圧や、殺された者達への罪悪感、そういう悩みが少しでも紛れるからだ。

 出る前に散々茶化され、色恋沙汰に反応したクラスメイトからも好奇の眼差しを受ける。詩織からも「逸樹の悪い癖を出さないように」と釘を刺されてしまう。

 逸樹はこの際、浮かれて期待しているのは自覚していた。しかしあくまで学生の本分は忘れてはならない。不純異性交遊、門限、様々な不安が頭の中を過る。


「憂いていてもしょうがない。今は全部忘れよう……」


 下駄箱前に椎名はいた。日はまだ明るく、エントランス全体に黄色い光が差し込んでいた。椎名の黒髪は黄色い光を反射して制服も太陽の色に染まっていた。

 椎名は逸樹を見るや、目を見開いて歯を見せ笑う。肩ぐらいまで挙げた手を控えめに振った。その様子からとても初々しく、逸樹も思わず、どきっとした。


「ごめん椎名さん。ホームルーム長引いた!」

「いえ、全然待ってません」


 今度はぶんぶん頭と手を横に振り、気にしていないと全力でアピールしてくる。その光景を見て逸樹は小さな声で笑ってしまう。

 椎名は昼に見たときから少し顔色を悪そうにしており、緊張が顔に現れていた。


「どうしよう。とりあえずその辺回ってみるか?」

「行ってみたい所があるんですけど、大丈夫ですか?」

「うん。大丈夫だ」


 西区にある学校から横浜駅は近い場所にある。何が好みかもわからない状態であっても、駅周辺も娯楽にも溢れ、親睦を深める手段には困らない。

 目的地まで歩き続けると、クレープ屋が目に留まった。賑わいのある大通りから外れた道、その一角にある小さな個人店だった。


「クレープか。食べてみる?」

「はい。いいですね。買ってきますね」

「奢らなくていいぞ。俺が出すから」

「そういう訳にもいきませんから!」

「いや、でも……」

「いいんです!」

「女の子に奢らせるのもアレだ。じゃあ自分の分だけ払おうか」


 荷物を取ってあげた程度でお礼にクレープ奢られるというのは、対価として釣り合わない。しかしお礼を返そうという気持ちだけは押しが強く、それに負ける形で渋々折半という形で承諾した。


「いっぱいあるな……」


 店の前まで来るとクレープのサンプルが並んでいた、選り取り見取りだ。その装飾されたクレープの隊列に目を回していた。


「あはは、選びきれないですよね。私も迷っちゃいます」

「ううーむ。チョコバナナのクレープにでもするか」


 クレープなんて、学校の文化祭かお祭り以外の場面で食べることもない。だから奇を衒ったメニューではなく、ごくありふれた材料を使用するクレープを注文した。

 すぐに店主は皮を全部剥いていない使いかけのバナナを使ってクレープを作り始めた。椎名も注文するが、聞き慣れない名前のクレープを頼んでいた。

 ものの二分で逸樹の分のクレープが出来上がった。薄い皮に生クリームとカットしたバナナ。チョコレートが波を描き線状にクリームの上を走る。


「うまいうまい! クレープなんて久々だ!」


 久々に食すからか多少色をつけた評価になるが、柔らかい食感と甘さも適度で非常に美味だった。舌は肥えているわけでもないし、むしろ馬鹿舌の部類に入るが、素人並の感想でも他のよりおいしいと言えるぐらいには美味だった。


「お、椎名さんは凄いの頼んだね……」

「あ、えへへへ」


 椎名の注文したクレープは苺尽くしで、中身は赤く、そして生地も赤く、何から何まで赤系統で統一されたクレープだった。味については甘すぎるのか、そうでもないのか見当もつかないが、その不自然なほど赤いクレープを前に椎名は目を輝かせていた。


「いただきます」


 赤いクレープに齧り付く。椎名の一口は結構大きく、あっという間に食べてしまった。クレープ自体皮が薄くて何枚でも食べられそうな気はするが、まるで飲み込むように食べていた。口元には苺のソースを付いている。

 ハンカチで口元を拭うと椎名は照れながら歯を見せて笑う。


「おいしいから、つい」

――前髪のせいで地味な印象だったけどよく見れば、椎名さんってすごく可愛い顔してるな……。


 派手ではないし、猫背で暗い印象を受けるが、かなり愛嬌がある容姿だ。少し青白く見えるが黒子や雀斑の見当たらない綺麗な肌。ついつい意識してしまう。自分だけがその良さに気付いているという、よこしまな優越感も抱いてしまう。

 背筋を伸ばしてから逸樹の元に近寄るが、ふらついて転びそうになってしまう。転びそうになった椎名の肩を掴んで引っ張り上げるが、思った以上に軽い。


「あっとっと……」

「大丈夫か?」

「ご、ごめんなさい。ちょっと疲れてて……」

「じゃあ休もうか」

「大丈夫です。もうすぐ目的地ですし」

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