10.新しい友達①
逸樹は最悪な昼休みを過ごして教室へ戻る。ただし授業開始にはまだ時間がある。どのような状況下であっても十分前に行動する。その律儀さだけは、こんな精神状態でも変わらず習慣づけている。
「逸樹~そんな顔してどうしたんだよ!」
教室へ戻ると、尚也が話しかけてきた。飄々とした態度をとっているが、逸樹の顰め面を見て気にかけてくれるのだろう。
尚也とは高校からの浅い付き合いだが、何となく彼の癖が分かってきた気がする。
いつも空気を読んだ上で、あえて空気を読まない行動をする男だ。気持ちを切り替えなければならないときは有り難い接し方ではあるが、わざと空気を読まない男だから、出来た奴と言われれば素直に頷くこともできない。玉に
「機嫌悪そうな顔してるとモテないぜ?」
「やかましい」
「今度さあ女の子誘って遊びに行かない? な?」
「そんな浮ついたことをするかッ!」
「ヒュ~、まっじめぇ~」
そう、この無駄なはしゃぎ様。これが玉に瑕と断ずるに値する理由だ。何事もやりすぎは良くないという典型例を体現したような男だ。段々と尚也の戯れ言が鬱陶しくなってきた。肩に手をかけてくるが、嫌そうに腕を振りほどいた。
「でも確かに逸樹顔色悪くない?」
「
逸樹達に近寄る少女は
同じ一組の生徒で逸樹とは小学校からの古い付き合いがあった。
栗色の髪を後ろに束ね、髪の片側を後ろへ流している。身長は周りの女子に比べて少しだけ高く、常に姿勢がいい。目鼻立ちもはっきりして見てくれは凄く良い。生真面目で
「別に気にされる程のことじゃないって」
「先週からずっと調子悪そうだし、気にもなるわよ」
竹を割ったような性格で、しっかり者で面倒見のいいのも詩織の美点でもある。
入学早々一組のクラス委員長を務めるだけの責任感も備わっており、人望も篤い。
良い学生の規範そのものであった。
「クラスに馴染めてる? 大丈夫? あたしちょっと心配になってきたんだけど……」
「余計なお世話だ。それなりに仲良くしてもらってるよ」
「仲良くしてまーす! 嘉山っちも、そこは心配しなくて大丈夫だぜ」
「四市邦君も相変わらずね……」
尚也は知り合って間もない詩織に対して『嘉山っち』というあだ名を使う。なんというか凄い胆力の持ち主だ。出会って一週間程度しか接していなくても、いつの間にか長年の友人のように感じる。相手の懐に入り込むのが上手いから、詩織も苦笑いしながらもあだ名を受け入れていた。
「そういえば、さっきからあの子が見てるけど、知り合いなの?」
「あ……あの」
「お、誰この可愛い子」
「ああ、えっと、さっきの人か」
詩織が教室のドアを指さすと、そこには昼休みに理科準備室で会った女子が居た。逸樹と目が合うと小さく会釈をしてくる。
「何か用? 入っておいでよ」
詩織が優しく手招きすると、女子はおずおずと一組の教室に足を踏み入れて近寄ってくる。
「わ、私、
「俺は平塚逸樹。よろしく」
「さっきは手伝って貰ったお礼を言うのが遅れてごめんなさい……」
「いやいや、謝ることじゃないよ」
休み時間の終わりに、わざわざこの教室に訪ねてきた。違う教室の生徒から視線を受け、恥ずかしそうにしている。
尚也は可愛い女子を見つけて、
「……平塚さん! あの、さっきはありがとうございました!」
「別にいいって。本当に大した事した訳じゃないしさ」
椎名は何度も何度も頭を下げてきた。
――律儀な人だな。わざわざお礼を言いに他所の教室まで来るなんて。
こうも健気に拝まれるようでは逸樹の方が恥ずかしくなる。
「まあ、俺達クラスは別だけど仲良くしよう」
椎名はしばらく口をパクパクしてから、真っ直ぐ逸樹の方を見据えて、声を絞り出した。
「えっと、もし、よかったらですが……。と、友達になってくれませんか!」
「うん? よろしく」
「なら……何処か、ご一緒してもいいですか! 今日、とか……」
言い終わるとまた顔を下に向け、前髪で顔を隠してしまった。そして、もじもじしながら人差し指を合わせている。
詩織達も目をぱちくりさせて、面食らっている。
「あー……どういう意味?」
「私、高校入ってからまだ誰とも仲良くなれなくて……だから、一緒に……」
逸樹も引きつった愛想笑いをして、何と返答していいのか困っていた。尚也であれば、手慣れた対応ができるはずだが、その点逸樹は普段から異性と必要以上に接してこなかったので経験不足である。椎名につられてあたふたする。
友好を深めるいい機会だとは思うが、逸樹にはやるべき事が山積みになっている。
この誘いは断るべきだろうと考えていた。
「あ~逸樹は暇だからいいよ~!」
「お、おおおおぉい!」
しかし勝手に尚也が了承してしまった。尚也は後押ししてやったみたいに目配せしてくるが、実に大きなお世話を焼いてくれたものだ。
ただ、その後押しがあって逸樹も折角の誘いを
「ま、別にいいけどさ……」
「本当ですか⁉」
誘いを承諾されると、椎名は一瞬身を震わせ、背筋を垂直に伸ばす。
それから満面笑みを浮かべたりして、忙しいリアクションを取っていた。
「じゃ、じゃあ放課後! 放課後待ってます!」
椎名はそのまま慌ただしく教室を出て行った。
居なくなるのを待った詩織と尚也は、逸樹に対しいやらしい笑みを浮かべる。まるで鬼の首をとったのかのような。と言っても弱みを握られたわけではないが。
「このこの~。逸樹もスミにおけねぇな~んん?」
「えーっと詩織、一緒に来るか?」
「あたしは学級委員の集まりがあるから無理。それと、あんまり変なことしないように」
「尚也は⁉」
「邪魔しちゃ悪いから俺もパス!」
「……」
尚也が肘打ちして茶化してくるのが、何か言い返してやろうという気力も起きなかった。だが、逸樹もまんざらというわけでもない。
――少しぐらいなら……いいかな。
密かに淡い期待がする。高校生らしい日常生活、尚也のいうところの青春というものを味わっていたが、それは自身の胸の中だけに止めておいた。
長い昼休みは予鈴が鳴り、終わりを告げた。
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