第16話 本戦トーナメント開始

 ミカは自然体で右手の剣をプラプラとさせながら相手を観察する。


 身長はおおよそ185cm辺りで装備は戟と軽鎧。腕の筋肉がかなりある。

 構えは普通の槍のように真ん中らへんを右手で後ろの方を左手で持った一般的な突きの構え。


 が、そこまで見たところで男は構えを解く。柄をトンと地面にのせてこちらを見ている。


「何故攻めてこない?」


「いえ、自分は遅れてきたので先手は譲ろうかと」


 ミカはにこやかに笑いながら答える。


「ほう?随分と余裕だな」


「いえ、そんなことは無いですよ。貴方の力量も分かりませんしね」


 男は再度構えを取る。

 対してミカは自然体のまま、構えるそぶりも見せない。


「後悔するなよ」


 男は突きの構えで突っ込んでくる。


(攻撃が分かりやすい、この世界ではしっかり構えてから突撃が当たり前なのかな?)


 ミカはそこでようやく構えを取り。男の攻撃を正面から受け止め、弾き飛ばされる。


「ひゃぁ~、すごいね。重たい一撃、剣が少し欠けたし。予戦の時も思ってたけど人が簡単に飛ぶっておかしくない?」


 弾き飛ばされる際に、しっかりと後ろに跳んで衝撃を殺そうとしたが、思ったより強く剣が少し欠けてしまった。


(やっぱりこの剣、衝撃に弱い)


 男の一撃は予想より強く、受け流しきれなかったが、それでも鉄が欠けるほどの衝撃は与えなかったはずだ。が、実際に刃はほんの少しではあるが欠けてしまっている。受ける際は注意しなければならない。


「貴殿は随分と軽いな。顔や体つきも女子おなごと相違無い」


「うるさいです。気にしてるんだからあまり言わないでもらえますかね?」


「いや、これは失敬。次は貴殿から来られますか?」


 ミカは男に気にしていることを言われてイラッとしたが自分からは攻めない。


「いえ、遠慮しますよ」


「攻めなければ、勝機は失われるぞ?」


「いえいえ、そんなことは無いですよ」


 男の警告にミカは意味深な微笑みを見せ答える。


 それを見た男は罠を疑い、一瞬攻めるかどうか悩むそぶりを見せるもすぐさま構えを取る。


「では、参る」


 再度突きの構えで突っ込んでくるが、体重が前に乗りきっていない。それがわかったミカは一撃ではなく、連続で来ると予想し、突きを横に一歩ずれて回避する。

 予想通り突きだけでは終わらなかった。戟は槍の刃先の横に更に刃が付いている。腕を引くことによって、その刃を使ったミカの腕を狙う斬撃を放つ。

 ミカは戟の持ち手部分(木の棒のような刃の無い部分)に剣を叩きつけそらす。

 逸らされた勢いを利用して男は回転、横凪ぎを放ち、ミカは剣の腹を斜めに当てて戟を滑らせ斜め上に受け流そうとするが、角度が足りず、膝も少し曲げてギリギリで避ける。

 それを隙と見た男は更に半回転、ミカに背後を見せて、そこから振り返りながらの回転エネルギーも加えた大振りな振り下ろし。

 ミカは斜め前方に飛び込み回避、同時に剣をふるい男の腕に浅い傷を作る。


 戦闘中に初めてこの剣での傷を相手に与えた瞬間だった。


「ふぅ」


 ミカは息を吐いて相手を観察する。今の傷は継戦になんら影響を与えない。男も気にせずに再度構えている。


 そこからも、傍目から見てミカは防戦一方だった。防ぎ、逸らし、回避し、たまに相手の体に小さな、血がにじむ程度の傷を作るだけ。


 観客も勝つのはガラデューク選手だと疑っていなかった。そもそもミカへの応援は一つしかなかった。リリィのものだ。ブーイングならたくさんあったが。


 それはさておき、ミカは冷静に攻撃を処理し続ける。その表情に焦りの色はない。


 焦りの表情を浮かべているのはむしろガラデューク選手の方だ。


(攻撃が、当たらん!!)


 攻撃回数は圧倒的にガラデューク選手が多い。ミカを吹き飛ばしたりもしている。だが、よく見れば分かる、ミカの着ているジャージには傷が付いているが、その隙間から覗く肌には傷ひとつ無い。

 その上、最初はギリギリで避けている節があったのに、五分たった現在は余裕を持っている節がある。傍目からはギリギリで避けているままのように見えるが、戦っている本人はわざとギリギリで避けるだけの余裕があると分かってしまった。


「んっ、と」


 ミカは再度男に浅い傷を作る。傷はかすり傷程度で目立たないが、数は既に、両手両足の指をすべて足した数よりも多い。


「くっ。ハァァァ!!」


 男は焦り、ミカの体制も崩していないのに大振りの横凪ぎを放つ。


「ん、もういっか」


 ミカは剣を逆手に持ち変え、予戦の時のように男の腕を掴み、両足を地面から離して、引っ張られるようにして横へ、更に半回転して背後に背中を付ける。


「くっ」


「動かないで、降参してください。じゃないとーーー」


 ミカは背中を合わせたまま逆手に持った剣を相手の首筋に近づける。


「・・・わかった、降参だ。」


 ガラデューク選手は武器を手放し、両手を上げて審判に聞こえるように言う。この世界でも降参のポーズは『両手を上げる』のようだ。


「しかし、防御主体の戦い方とは面妖な」


「まぁ、ね」


 異世界出身ですから。とは言えなかった。


「勝者、ミカ選手!!」


 宣言をした後、審判の男はガラデューク選手の傷を確かめるために彼へと歩み寄る。

 試合は終わったが、観客からの歓声は無く、代わりに疑問の声が飛び交う。


『何だ?アイツ結局強いのか?』


『でも、ずっと押されてたよね?』


『ガラデューク選手は予戦でかなり強かったから、強いんじゃない?』


『その予戦でバテてたんじゃないか?』


 ミカは観客の声を無視して、剣を上に放り投げ、入り口の方へと歩き出す。


 観客は雑談を止めて、ほぼ全員の視線が剣を追う。


 ミカは鞘を腰から外して、口を真上にした状態で右手に持ち、腕を伸ばしたまま歩き続ける。


 その鞘にクルクルと回転ながら落ちてきた剣がスポッと入る。


 観客から『おお~』と小さな声を聞きながらミカは入り口へと戻っていく。

 審判がその直前に何かを言ったが、ミカは気付かなかった。






「予戦でも聞いたが、結局、最後の見世物は何なのだ?」


 階段で合流したリリィの最初の一言はミカのパフォーマンスに対する疑問だった。


「ん~。まぁ、保健みたいなものかな?」


「何に対する?」


「それは、その時のお楽しみで」


(使う機会があれば、だけどね・・・)


 リリィの疑問を適当に誤魔化しつつ階段を下りる。途中で、次の試合の選手であろう二人組とスレ違いながら階段を下りた先には例の受付嬢達が待機していた。

 ナナは、あらら、といった感じの苦笑いを一瞬浮かべるも、すぐに表情を仕事用に切り替えて一礼している。が、しっかりしていると思っていたルルはミカを見て涙を浮かべる。


「え?えっと、・・・ルルさん?どうされたんですか?」


 突然泣き出したルルを見てミカは目を白黒させながら、なんとか問いかける。


「ご、ごめん、なさい。私達の、グスッ、せいで」


 ルルは涙を流しながら、ミカに謝罪をしだす。


(え?何?僕なんかやっちゃった?いやいや、試合出てたし・・・か、勝っちゃいけなかった、とか?いやいや、そんなことは無いよね?)


 ミカは謝罪を聞いて、混乱する。心当たりが全く無かったため、どうしたらいいか分からず、視線が右に左にとフラフラしている。

 助け船を出したのはリリィだ。


「何故ぬしが謝る?」


 リリィは思ったことを口にしただけ。それを聞いたルルは、ビクッと震え、更に涙をぽろぽろとこぼし、両手で顔を拭いながら話始める。


「だ、だって、グスッ、私達がミスして。そ、それで、走らせちゃって、そうさせたら疲れちゃうって、ひくっ、分かってたのに、走らせるしかなくて、だから、私が・・・」


 ミカ達は彼女の話は何が言いたいのか分からず首を傾げ、全く同じ動きで比較的冷静なナナを見つめる。

 彼女は頬をかきながら居心地悪そうにしているが、視線に負けて口を開く。


「いや、その、ね。こんな、大きなミスは初めてでね。意外かもしれないけど、ルルはこういうのに弱いの。小さいのだったらいつも私が適当に流してるんだけど、今回のはね。まぁ、ほぼ私のせいですけど・・・。

 それで、私達のミスのせいで万全な状態で戦えずに負けちゃったのかなって、責任感じちゃって。もちろん私もーーー」


「はぁ?」


 ナナの話を聞いている途中でミカはすっとんきょうな声をあげる。二人は突然の大きな声に怒られると思っているのかビクッと震えて縮こまり、ギュッと目をつぶっている。


「え?何でそうなるの?」


「だ、だって」


「ミカは勝ったぞ?」


「へ?」


「・・・え?」


 リリィの言葉にナナとルルは困惑の表情でミカを見る。


「あれ?」


 対するミカも予想外の反応に首を傾げながら二人を見返す。


『・・・・・・』


 しばし、沈黙。受付嬢達はまばたきすらせずに完全に固まってしまっている。この空気がミカには何かが破裂する前兆のように思えてならない。


(何か、こういう時は・・・そうーーー)


 なんだかわからないけど、何かを言わなければ。そんな使命感からミカは口を開く。そう、こういうときに言うべき言葉はーーー


「な、泣き顔も可愛いですね!」


(誉め言葉だ!!)












「こちらは、入口兼敗者退場口です。勝者の出口は審判の方が示された筈です。細かく言えば、最初に審判の方が立たれていた場所の背後、こちらから見て、会場中央の右手です。準決勝からは入口もそちらになるのでお間違えのないようお願い致します」


 先程の涙を思い起こさせない真顔で、ルルがミカ達に出入口について説明する。涙の痕もない。嘘泣きだったのかと疑うレベルだ。


 コクコク、と頷いているミカの頬には赤い紅葉が付いている。誰がやったのかはあえて言わない。ただ、乙女らしい恥じらった表情でのビンタだったと記しておく。


「お、まだ残っていたか。走り回らねばならんかと思っとったが。ミカよ、出口を間違えているぞ」


 ちょうどルルの説明が終わった頃にガラデューク選手が会場から降りてきた。


「うん、今聞いた」


「む、そうか。会場で聞いた話は無駄になったか」


 どうやら彼も初出場だったらしく、ミカのために聞いてくれていたようだ。


「ナナ」


「はい。ミカ選手、勝者の待機場所へは中から行くことのできる道があります。所謂、裏道ですね。案内しますのでついてきてください。リリィさんも」


 二人の会話はとても事務的だ。最初に会ったときと同じように。

 だから、ミカは安堵してナナの目を見た。


 ナナの視線は氷のように冷たかった。


 その視線に気圧され、ミカは硬直してしまう。


「・・・どうかされましたか?ゴミカ選手?」


「あ、えっと、何でもないです、はい」


 ミカ達は黙って表情だけ・・はにこやかなナナについていく。背後から頑張れよ、と男の声が聞こえるが、それは試合にたいしてなのか、この空気を感じてなのか。


 遠くからこちらに歩いてくる二つの足音が聞こえていたがスルー。とりあえずミカはガラデュークに振り返らず、片手だけ軽くあげる。その背中はとても小さかった。








 ナナの言う裏道というのは、役員用通路のようで、二人分くらいの広さしかない、周りの通路より少し暗い通路を歩いていく。

 歩いた時間はほんの数分だが、その間一切の会話がなく、ミカ達はとても気まずい空気に限界が近かった。

 どうするべきか・・・、とミカが悩んでいる間に目的の部屋に到着した。


「こちらになります」


 そう言って、ナナは扉を開いてミカ達を中に入れる。


「・・・フン」


(入ったと同時に鼻で笑われた件について)


 ナナにつれられて入った部屋には先客がいた。一回戦の勝者であるダナル選手だ。

 彼はミカを視界にいれた瞬間、バカにするように鼻で笑い、試合の方へと意識を移す。次の相手だというのに視界に入れる価値もないと言わんばかりである。


 そんな態度をされたミカはジト目でダナル選手を睨む。


 睨み返された。


「すみません、トイレってどこにありますか?」


 ミカはナナに問いかける。逃げるつもりのようだ。


「・・・逃げるのね。こほん、右手の扉を出て左へ、すぐ左手にあります」


 ミカの考えをバッチリ見抜いて一言呟き、小さく咳払いしてから、ミカに場所を説明する。ここはトイレの隣のようだ。


「分かりました。案内ありがとうございます。それと、先程は失礼しました。ごめんなさい。ルルさんにも伝えておいてもらえますか?」


 ミカはお礼と謝罪、どちらの思いも込め深々と頭を下げる。


「ええ。本当に・・・。あと、そういうのは本人にしっかりと、自分で言ってください。それでは、ダナル選手、ミカ選手、私はこれで。準決勝も頑張ってください」


 しみじみと呟いた後、ナナは丁寧に一礼してから、部屋を出ていった。








「ふぅ」


 ミカは本当にトイレによった。日本の公衆トイレとほとんど同じだった。流すときもセンサーが付いていたようで勝手に流れた。

 トイレのマークは少し違って、男は黒丸の下に黒い逆三角とここまでは日本のとほとんど同じだが、こちらの世界のマークは背中に赤く大きな剣を背負っている。見ようによっては男が貫かれているように見えるが、血の色ではないと思いたい。

 女性の方は水色の丸の上下に水色の三角が付いていて、魔法使い風なのか茶色い杖が横に付いている。上の三角も見ようによっては三角帽子に見えなくもない。下のと同じ大きさだが。


 それはさておき、用を済ましたミカは元の控え室に戻る。


 中にはこちらに手を振って駆け寄ってくるリリィと、こちらを一切見ないダナル選手。そして、おそらく先程の試合の勝者であろう青年の三人が待機していた。


「初めまして、三回戦を勝ち残ったルドゥマナと言うものです。ちょっと、決勝には上がれなそうですがよろしくお願いします」


 青年はミカが入室したのを見て丁寧に自己紹介を始めた。が、ミカは彼が頭を軽く下げたことによって自分の顔が見えなくなっている間に一瞬だけ顔をしかめる。


(上がれなそう、とはどういう意味だろうね~)


 彼の自己紹介は自信なさげな話し方と表情で自分のことを言っているように聞こえるが、ミカにはその表情が作り物めいて見えていた。上がれない、というのは自身のことではなく、ミカのことを言っているのだろう。


「ミカです。こちらこそよろしくお願いします」


 ミカは笑って返す。彼は赤の他人になにを言われても、どう思われていようとあまり気にしない性格だ。心の中で呟いた言葉も感情の特にこもっていない適当なものだった。


 青年もミカもその後特に会話もせずにダナル選手の左右にそれぞれ並んで立つ。リリィもミカの横に並び立つ。

 ミカは別に好きこのんでダナル選手の横に立っているわけではなく、試合の見える場所がこの勝者用出口兼準決勝以降の出場口の前しかないのだ。

 ダナル選手も特になにも言わない。



 もう間もなく第四試合が始まる。



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