第15話 インターバル

「リリィ。言い訳、ある?」


「え?えっと、その・・・楽しかった?」


 ズビシ!!とミカが手刀でリリィの頭を叩く。


「あうっ」


「リリィが本を読む前に僕が言ったこと覚えてる?」


「・・・?・・・・・・あ。も、もちろん、忘れてなーーー」


「その間は何かな?」


 ミカは明るい声で、にっこりとした笑顔 (本人に言ったら傷つくだろうが、女性にしか見えなかった)を浮かべながら彼女に問いかける。

 ミカの一撃は対して痛くないはずなのに彼女は涙目だ。


「はぁ。まぁ、考えてみたら、読み聞かせるとか面倒だよね、似たような状況なら僕も同じ事しそうだし、これ以上は何も言わないよ。というか、言えないよ」


「・・・なら、何故、妾を叩いた」


 ミカのため息と共に出た言葉に対して、リリィが突っ込む。

 誰だってそう思うだろう。自分もするようなことで他人を怒るなんて、理不尽にも程がある。

 だが、今回ばかりは怒ったっていいはずだ。何故なら―――


「だって、今の時間、予戦が終わって・・・・・・・三十分経ちそうなんですけど?」


「・・・さんじゅっぷん?」


 リリィはミカの言葉に首を傾げているがミカはスルーする。

 すでに第八予戦、つまり最終戦も終了して、今は半刻の休憩タイムだ。

 そして、半刻は約一時間位、もうすでに半分が消費されている。


 予戦が終わった後、ミカは例の受付嬢達から決勝戦での話を、ルール等も含めていろいろと聞きに行こうとした。


 選手控室に選手がいない状態で、観客だけいるのは困るだろうと思い、彼女に、受付嬢達の所に行こう、と誘った。


『ん~、もう少し・・・』


『後ちょっとで終わるから』


 結果、三十分が経過した。


「まぁ、過ぎたことはしょうがないからいいとして。ん~、時間もあんまり無いし、僕はこれから試合前のストレッチを始めよっかな、リリィはどうする?」


 その場に座りながらミカは問いかける。体操座りだ。


「んー・・・。妾にもすとれっち?を教えてくれ」


 リリィはミカの横に座り、ミカと同じ姿勢をとる。


「教えるって言っても、真似してとしか言えないよ?」


「構わん」


「そう?じゃあ、足伸ばして、あ、足を離さないようにね」


「説明してるではないか・・・。こ、こうか?ちょっと痛いな」


「え?・・・固いね。とりあえず続けるよ?だいたい、十秒くらい息を吐きながら、こうやって体を前に倒す」


 ミカは、ふぅ~、と息を吐きながら実践して見せる。ほとんど抵抗なく、ぺたり、と胸が膝に付いている。


 対して、真似しようとしたリリィは、


「んん~!!」


 手を前に真っ直ぐ伸ばしただけの状態で唸っている。


「・・・」


 それを見たミカは彼女の背中を軽く押してあげる。善意のつもりだった。


「痛い!痛い!何をする!!」


「ご、ごめん」


 が、リリィに怒鳴られる。少し痛いくらいが効果的だ、とか、そんなんじゃ筋肉が伸びないからあまり意味がなくなる、とか、いろいろと言いたかったのだが、彼女は既に涙目だ。ミカは謝ることしかできなかった。

 彼女は少しばかり目尻に涙を浮かばせながら、ミカを睨み続けている。


「・・・えっと、つ、続けますか?止めますか?」


 何故か二択で問いかける。

 彼女は少し悩む素振りを見せてから頷く。続けるようだ。


「え、ええっと・・・次は、足を開いて、体を前に倒します」


「・・・絶対押すな。よいか?絶対だ。絶対にだぞ!!押したらお父様に言って、お前を妾の奴隷にしてやるからな!!返事は!!」


「り、了解しました!!」


 芸人みたいなことを言ったので、押した方がいいのかな?、と一瞬思ったが、リリィの不穏な言葉を聞いて首を何回も縦に振りながら返事を返す。

 彼女は本気だった。

 それが分かったのだろうミカの背中に冷や汗が流れる。彼女の本気はやたらと迫力があった。


 それから十五分ほど丁寧に・・・説明をしながらストレッチを続けていると、扉からナナピンクが顔を覗かせてきた。


「なんだ、居るじゃない。ミカ選手、このままでは不戦敗になってしまいますよ?」


「はい!?え?何故!?」


 彼女の報告にミカは声を裏返し、驚く。


「知らないの?決勝進出者はトーナメント表の受け取りと同時に参加か不参加かを私達受付に報告するの。

 危なかったわね。この大会初の不参加者として有名人になるところよ?」


 ミカはリリィに、知ってる?という視線を向ける。彼女は首を傾げる。ミカの視線の意味を理解できなかっただけだが、ミカはリリィも知らなかったと誤解する。実際に知らなかったので、間違いというわけでもないが。


 本当はリリィがきちんと読んでいなかっただけだ。きちんと書類の下部に書かれていたのだがミカは読めない。それをミカに知られなかったのはリリィにとって幸運なのか。


「知りませんでした。すみません、お手数をお掛け致しました。それと、教えていただいてありがとうございます」


 ミカは頭を下げながらお礼を言う。自分一人のために、わざわざ来てくれたのだから当然の行いだ。


「いえいえ~。それと、そんなにかしこまらないでいいよ。ルルも居ないから私も固くならなくていいし、ルルってば毎回―――」


「呼んだかしら?」


 ピョコっと扉からルルが顔を見せる。


「・・・いつから?」


「たった今よ」


 ミカから見たらナナは何も問題なんて起こしていない。会話でも悪かった点はなかったはずだ。なのにナナはマズイものを見られたといった表情を浮かべてルルに問いかけている。

 ルルは首を傾げながらナナの方へと歩き、手にもった石でコツン、と軽く頭を叩く。


「いた」


「はい、魔石。これ忘れたら私に連絡できないじゃない」


 ナナの頭を叩いた石は予戦前の時に見た魔石だった。


(貴重品じゃないの?それ)


「・・・貴重品ではないのか?話を聞くに、その魔石は念話の類いの物であろう?」


 ミカの疑問は心で思っただけだったが、同じ疑問を持ったリリィが問いかける。


「はい、貴重品ですね。記録されている魔法が上位属性である幻属性の念話ですから」


「そんな貴重なものでなんで私を叩くのよ」


 ルルはミカ達に、失礼します、と一言言ってナナと部屋の隅に行く。そのまま二人はミカ達に聞こえないようにして会話を再開する。


「ナナ、さっきの言葉。私がいなかったら固くならなくていいってどういう意味?今仕事中よ。公私はきちんと分けて接しなさい」


「え~。公私分けてって、いっつもいっつもルルは固いじゃん。そんなんだから彼氏ができ、ごめんなさい。痛い、痛い。関節は、そっちに、っあ、曲がら、ないから。ミカさん助けて!!」


 ナナが何かを言っている途中でルルが彼女の腕をつかんで捻る。ルルの表情はとてもいい笑顔なのに怖いと思ってしまうのは何故なのか。


「あ。すみません。早く登録をしたいのですが・・・」


 助けを求められたからではなく、時間がそろそろ危ないためミカは二人のじゃれあいを止める。

 ルルは手を離して営業スマイル。さっきまでの恐怖は微塵も感じさせない。その事にミカは若干の恐怖を覚えた。


「こほん。失礼。お見苦しいところをお見せしました。必要書類は持ってきているのでこの場で登録できます。ミカ選手は参加、でよろしいですね?」


 ルルの背後では、ぺたりと地面に座っているナナがミカへと感謝の視線を向けている。涙目で、上目遣い、腕は胸を強調するようにして。


「はい。お願いします」


 が、ミカは気づいていない。そのままルルの持ってきた書類にサインしている。

 彼女のしぐさに気づいたのは別の人物。

 リリィはナナのしぐさをしばらく見つめた後、自分の胸に手を当ててため息を吐いている。


「うぇ!ヤバイよルル!開始するから選手呼べって」


 ナナが突然ルルに詰め寄る。さっきまでのは演技なのか、その顔に涙の痕はない。


「すみませんミカ選手間もなく始まりますので」


 それを聞いたルルも慌てているのか、セリフを全く途切れさせず、かといって聞きにくいわけでもない、早口言葉のようにまくし立て、ペコリと一礼して、ミカの手から書類をひったくり部屋から出ていく。このような状況でも営業スマイルを崩さなかった。


「じゃ、応援してるから」


 ナナも出る直前に一言だけ言って扉の向こうへ、


「ちょ、僕はこのまま待機しと...けば...いいんですか・・・」


 言葉の途中で扉が閉まる。彼女達にはミカの声が聞こえなかったようだ。


 ミカとリリィは顔を見合わせる。


「どうする?」


「・・・うん。試合前に彼女達が来てくれるよ。きっと・・・」


「きっと?」


「・・・・・・た、多分?」


「妾に聞くな」


 そんな二人をよそに、モニターが点く。


 間もなく決勝トーナメント開始だ。








『これより!本戦一回戦!ダナル選手対ヴィアンクリーフ選手の試合を開始致します!!』


 モニターの向こう側で予戦の時と同じ審判が二人の選手の間で手を上げる。


 片方は身長二メートル弱の大男。もう片方は身長150cm強程の小柄な女性。二人は離れて向かい合っているはずだが、身長差がありすぎて前後にも離れているように見える。


 二人の選手はガッチリと構え相手を睨んでいる。


 ダナル選手は両手剣の柄を相手に向け、剣を担ぐようにした構え。


 対して、ヴィアンクリーフ選手は短剣と言うには大きく、かといって片手剣と言うには小さい両刃の剣を二振り。剣を逆手に持ち、腕を交差させ、それぞれの腕と逆の胸にギリギリ柄が付かず、刃を地面と水平にして相手に真っ直ぐ向ける、見たことの無い構え。


 どちらも体制は前傾になっている。


 とても分かりやすい突進の構え。ミカは疑問に思う。


(分かりやすすぎる・・・)


 予戦の時から、正確には自身の試合の時から構えが分かりやすかった気がしていた。それはまるで自身の攻撃を相手に教えているかのようで・・・


(いや、考えすぎ、かな?)


 少なくとも、格闘家の男は予想外の攻撃を複数行ってきたし、その後の短剣の男も気付かれないように行動していた。


 ミカは頭を軽く振ってモニターに集中する。


『始め!!』


 決勝一回戦が始まった。




 予想通り開始と同時に二人は互いに突っ込む。


 すぐさま互いの距離は零になり武器がぶつかり合う。拮抗はしなかった。


 女性が押し負け弾き飛ばされる。女性は空中で一回転して地面に左の刃を差し、ズザザザッ、と少し滑ってから止まる。


 ダナル選手は女性を飛ばして、すぐさま追いかけていた。

 止まった女性にダナルはゴルフのように両手剣を振りかぶってぶつける。


 女性は地面から剣を抜き、そのせいで回避が間に合わずに攻撃を右の刃だけで防ぐ。


 再度女性が、先程よりも大きく飛ばされて場外に落ちてしまう。


『勝者、ダナル選手!!』


 ワァァァァ!!と観客からの歓声。

 一分どころか三十秒とかからずに第一試合終了である。





「ちょ、女性頑張ってよ!!待機短っ」


 次の第二試合にミカは出場するため、慌てて部屋を出る。

 とにかく会場の方向へと向かおうとして、その方向からちょうど受付嬢達が走ってきていた。


 二人はミカとちょうど出てきたリリィの前で止まる。


「はっ、ふぅ。ご、ごめん。私、貴方が参加するなら連れてきてって言われてたんだった」


 息を切らせ、笑いながらナナが軽く言う。


「こ、こちらの、不手際で、すみませんでした。第一試合が始まっていますので、少し急ぎ足でお願いします。重ね重ね、申し訳ありません」


 対してルルは、同じように息を切らせながらも深く頭を下げて謝罪している。責任を感じているのか、少し涙目になっている気がする。意外とプレッシャーとかに弱いタイプなのかもしれない。


「いえ、気にしていませんよ。むしろ、こちらが無知なのがいけないんです。すみません」


「おお~、ミカ選手、優しいね~。ありがと」


 ミカの謝罪をナナは軽く受け入れ、ルルは自分の胸に手を当ててホッとした表情で息を吐く。


「それより、少し急いだ方がいいのでは?第一試合、さっき終わりましたよ?」


 が、それもこの台詞を聞くまでだった。


「「え?」」


「「・・・え?」」


 リリィも入れた四人は顔を見合わせる。


「う、嘘」


「・・・じゃないです」


 ナナは片手で口を押さえて、信じたくないといった表情で言っているが、ミカが首を横に振りながらの否定の言葉に再度固まる。


 ルルは涙を浮かべながら、くるりと後ろ、会場の方へと向く。


「ルル?」


「・・・走ります」


「へ?ルル!?」


 彼女は脱兎の如く走り出した。しばし三人は呆然とそれを見送る。

 はっ、と最初に動いたのはミカだ。


「あ、追いかけましょう」


「あ、そ、そうね」


「うむ」


 残りの二人もミカの声を聞いて、三人で走り出す。





「そう言えば、僕の対戦相手の方はもう?」


「え?ええ。ハァ、準備は、できてるはずよ」


「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ」


 ミカは走りながらナナに問いかける。その表情に疲れの色はない。

 彼女は息を切らせながらも答えてくれた。

 リリィはバテバテで走るので精一杯のようだ。




 到着してすぐにミカは会場に入る。横の特別観客席には疲れて、グテーっとしているリリィの姿が。

 そして、正面には対戦相手の男がいる。


「随分と遅かったではないか」


「すみません。ルールが分からず、待機場所を間違えてまして」


 腕を組ながらの台詞に、ミカはペコペコという擬音が似合いそうな感じで何度か頭を下げる。


「貴殿が本当に強いか疑わしいが。それはこの目で確かめさせてもらおう」


 そう言って、男は背中の槍の刃の横に更に刃のついた戟と呼ばれるものを取り出す。


「お手柔らかにお願いします」


 その男はミカと同じトラックに乗っていた。その事に気づいたミカは苦笑いしながら剣を抜く。


「それでは!本戦二回戦!ミカ選手対ガラデューク選手の試合を開始致します!!」


 審判が上げた手を振り下ろす。


「始め!!」


 決勝二回戦、ミカの試合が始まった。

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