第14話 第五ブロック予選

「あの勝ち方は妾もどうかと思うぞ?」


 出会い頭にミカはリリィからそんな言葉をもらう。場所は特別席と会場の分かれ道がある階段だ。


「でもあれが一番安全で確実でしょ?皆が僕のことを忘れてるのが悪い」


 階段を下りながらミカは悪びれもせずにそんなことを言う。

 リリィはやれやれ、といった感じで首を左右に振り、呆れたような表情を隠しもしない。


「・・・否定はせんが、最後のは何だ?ぬしは剣を一度も攻撃に・・・・・・使っていないではないか」


「あれ?気づいてた?」


 ミカはリリィの指摘に少しだけ驚く。ミカはたったの一度も相手に剣を振るっていない。ただ、相手の攻撃を防いだり、逸らしたりしていただけだ。

 攻撃するフェイントも結構見せて、分かりにくくしているつもりだった。


「あれくらい、見てれば誰でも分かる」


「リリィ達のような観客・・かつ戦闘経験者で、その上、僕のことを比較的長めに見てたなら分かるだろうけど・・・。もしかして、僕ばっか見てた?」


 リリィの指摘に、ちょっとだけ自信が無くなっていたが、ミカは自分が見られないように、相手の方に意識が行くように意識しながら戦っていた。

 人は地味に逃げ回っている人よりも派手に戦っている人を意識して見るものだ。


「・・・応援すると言ったではないか」


 ミカの問にリリィは拗ねたようにしながら言い返す。

 すっかり忘れていたミカが曖昧な笑みを浮かべて誤魔化したところで声が聞こえてきた。


「皆さん、待機所で簡単な診察を行いますので、この場で少々お待ちください。体調やご気分が優れないかたは申し出てください」


 階段を下りたところでルルが選手達を並べて待っていた。ミカ達もその集団に混じる。

 すぐに接戦を行っていた二人も下りてきて、気絶しているもの以外が集まる。


「それでは、待機所に戻ります」


 確認したルルは頭を一度下げてから振り返り歩き出す。集団もそれに続く。


 ミカは背後からの鋭い視線を無視しながら歩く。

 途中で来るときと同じようにナナとすれ違い、ルルが魔石を渡す。ナナの背後には第四回戦の選手達。彼らのなかで一番になったものがトーナメントでミカと戦うことになる。

 ミカは集団から離れないようにしながら、四回戦の選手達を見える範囲で観察していた。

 気になったのは、トンファーを持った男。上半身裸である。


(一回戦にも上裸いた気がする。なに?この大会、変態バカが多いの?)


 ミカは、あんなのとは一対一でやりあいたくないなぁ~。などと思いながら、Ⅲと書いてある部屋へと入っていった。





「それでは、勝者以外はここで解散となります。お疲れ様でした。

 勝者はこの場に残っていてください」


 診察を終えたのを確認してルルが言う。選手全員はミカとリリィを残して、部屋から出ていく。

 最後尾は二刀流と両手斧の二人。射殺さんばかりの表情でミカを睨みながら出ていった。


 その光景を、ルルが目を見開きながら見ていた。


「え?あれ?あなた、えっと・・・、ひ弱そうな・・・じゃなくて、ミカ選手が勝たれたのですか?ザギラ選手やフィーゴル選手ではなく?」


「うん、一言多い気がしたけど、勝ったよ。見てなかったの?」


「途中までしか。ナナに終わりそうと報告した後は私も準備があって」


 そこまで言って、ルルは、ハッ!、として姿勢を正す。仕事中なのに砕けた口調になって、愚痴を言ってしまいそうになったようだ。表情は会った時と同じ無表情だが、心なし、顔が赤い気がする。


「コホン。・・・失礼しました。決勝戦について説明致します。

 本戦では一対一でのトーナメント戦になります。試合は第八予戦の終了から半刻後です。なお、予戦終了までここからでないでください。出られると失格になりますのでご注意ください。また、この場にあるものはご自由にお使いください。終了後は時間までご自由にされても構いませんが、本戦に遅れないようにご注意ください」


 それでは試合の準備がございますので。と、どこか逃げるようにしながら、そそくさとルルは部屋から出て行った。






 二十分後


「・・・・・・暇」


 ミカは壁に寄りかかりながら座っている状態で呟く。

 部屋から出てはならず、今行われている試合もモニターされておらず、見ることもできない。部屋のものを自由にしていいと言われたが、あったのはトイレ、飲み物、少しばかりの小説だけだった。

 ミカは一人でボーっと天井を眺めている。そう、一人で、だ。


「・・・」


「・・・・・フフッ♪」


 リリィは少し離れた所で小説を読んでいる。それはもうニコニコと、楽しそうにしている。

 ミカは彼女にお願いしていた、面白そうなのがあったら読んで聞かせて、と。

 彼女は、わかった、と言って現在持っている小説を手に取った。それが今から約十五分前のことだ。彼女はその時からずっと小説を読んでいる。

 彼女にはミカの呟きも聞こえなかったのだろう、ページをめくる音だけが返ってくる。ミカとの約束も頭から抜け落ちているようだ。


(早く第五予戦始まんないかな。くそう、何故ケータイ壊れたんだよ~。まぁ、壊れてなくてもたぶん今日になる前に電池切れるだろうけど)


 そんなことを思っていると、唐突にモニターが点く。


『これより、第五の予戦を始めます!!』


 突然のことにミカは、ビクゥ!!とかなり驚いたが、モニターだと分かると楽しそうな笑顔を見せる。


「やっとか」


 これで暇じゃなくなる、と呟き、じっとモニターを見つめる。

 なお、かなり驚いたミカに対して、リリィは全く動じず。いや、気づかずに本を読み続けていた。






 さらに三十分後


『これより、第七の予戦を始めます!!』


 この予戦にはフェルディナが出場する。彼女の立ち位置は中央から一人分だけ入り口側の所。武器も構えずに突っ立っている。

 騎士の名門というのが気になっているミカは、この世界の騎士はどのように戦うのかと、この試合を少し楽しみにしていた。


『始め!!』


 ラライナ家と言うのは本当に有名なのか、最初から彼女がモニターに映っている。


 開始と同時にフェルディナが腰の細剣の柄を持ちながら半回転、背後に走る。

 背後には不意を突こうとしていた男が驚いた表情で固まっている。止まっていたのは一瞬だが、その一瞬で距離を詰め、どのような原理か、細剣で居合い斬り。男の剣を持っている腕ごと跳ね飛ばす。痛みに叫ぼうとした男の鳩尾、顎、後ろ首を柄で連続に殴り、意識を刈り取る。三秒とかからず一人を撃破したが、彼女の攻撃は終わらない。彼女は倒れた男を大きく蹴り飛ばす。


(うわ、文字通りの死体蹴り・・・)


 ミカは彼女の行動に引いたが、飛ばされた男がモニターに映り納得した。男はぎりぎり場外に出ていて、切られた腕も再生している。

 腕を落とされたままほおっておくと死んでしまう危険があったため、彼女は男を場外まで飛ばしたのだろう。場外まで飛ばした方法や、ほぼ中央に居たのに場外まで蹴り飛ばした脚力には引いたままのようだが。


 モニターが切り替わり、知らない男が映る。獲物は何も持っていない、素手で剣を砕いている。上半身裸だ。


(また変態か・・・)


 ミカはちょっとげんなりした表情でモニターを眺める。

 上裸の男は見た目はともかく、結構強いようで二人同時に相手している。いや、相手していた。剣を砕かれた男は回し蹴りで鎧も砕かれながら、画面外へと飛んでいく。

 残った短剣を持った男へと上裸の男が突っ込む。短剣の男はしっかりと構えて迎撃。腕と短剣がぶつかり、互いに弾き合う。短剣の刃は男の拳に当たっていたのにかすり傷も付いていない。さすがファンタジー、とミカは思う。

 弾かれ、ほんの少しあいた距離を上手く使い、短剣の男が攻め立てる。上裸男は回避に専念するが、何度も攻撃がその体をかすり、体や拳に小さな傷が刻まれる。硬いのは攻撃をする瞬間だけのようだ。

 上裸男がほんの少し体制を崩す。瞬間、短剣の男が決めに入る。狙いは回避しにくい胴体、力をこめた突きを放つ。が、それは誘いだったようで、上裸男が短剣を掴み取る。素手で。


『かかったな』


『くっ』


 上裸男が拳を振り上げ、


 二人の横腹が裂かれる。


『なっ・・・』


『・・・がぁ?』


『これはバトルロワイヤルです。敵は目の前の一人だけではありませんよ?』


 立っているのはフェルディナ。細剣を横に振り切った体制で遅い忠告を言っている。


 ドサリと倒れた二人を無視して彼女はまた別の相手に向かって走り出す。画面から消え、また彼女中心のものにモニターが切り替わる。


 彼女の正面には既に、彼女に貫かれたのであろう腕を押さえて踞っている女性がいる。フェルディナはモニターに映ってすぐに彼女の側頭部を柄で殴り気絶させ、顔から地面に倒れる前に彼女の後ろ首を細剣を持っていない方の手で掴む。

 彼女は女性へと優しく微笑みながら、


『安心してください。この試合での傷は、残りませんか、ら!!』


 と言って投げ飛ばす。その先にはつばぜり合いをしている選手が二人。その二人に激突してなお、勢いは止まらず、三人を場外へと叩き出した。


 ここまで何と二分弱。すでに会場に立っている人物は半数近くまで減っている。


 他の選手達も彼女を危険視したのか、戦闘を一時停止。三人ほどがアイコンタクトだけで協力体制をとり、彼女を囲む。


 彼女は不敵に笑いながら動かない。


 囲んだ三人組が動き出す。

 一人はフェルディナの左正面から。右手の剣を左下にして体を大きく捻った、ショルダータックルのようにも見える斬り上げの構えで突っ込む。

 もう一人は、一人目の男の左側、フェルディナの右正面から。右手の剣の剣先をフェルディナに向け、腕を引き絞り、突きの構えで突っ込む。

 最後の一人はいつでも動けるようにフェルディナの背後で刺突剣エストックを構えている。防御の際の硬直や回避後の隙を狙っているようだ。


 二つの剣閃がフェルディナに迫るが、彼女の表情に焦りの色はない。

 彼女は表情を真剣なものに変え、目にも留まらぬ速度で三度みたび、その手が閃く。三連の突き。剣を振り上げようとしていた男の右腕と右肩に穴ができ、突きを放とうとした男の剣先に彼女の剣先がぴたりと当たり、男の剣を弾き飛ばす。

 シーン・・・、と選手達も観客達も驚愕して動きを止める。


 突きを受けた男はドサリと崩れ落ち、剣を突きで弾かれた男は驚愕の表情で一瞬固まる。

 その一瞬でフェルディナは男を回し蹴りで飛ばすと同時に、背後から攻撃しようと近づいていた男の刺突剣エストックの突きを、またも剣先に当てるようにして弾き飛ばす。


(うわ、すごっ。こう言うのを、後ろに目が付いているって言うんだね・・・)


 一生かけてもできなそー、とミカが呟き、それと同じくして観客からの歓声が上がる。


『スッゲェ』

『流石、ラライナの者は違ェな』

『...格好いい』

『『『ステキです!!フェルディナ様~♪』』』


 フェルディナは刺突剣の男を蹴り飛ばして、熱狂的なファンの方へと手を軽く振る。

 ファンの人達はそれだけで、キャー!!と声のボリュームが三倍近く大きくなった、気がした。

 手を振っている当の本人は表面上は笑顔だが、よく見ると、どこか困ったような表情で、何かを諦めているかのような目をしている。


 操縦者が気をきかせたのか、大音響を戦闘音と判断したのか、何故かは分からないがモニターがファンを映す。


(うわ、リアルで初めて見た。あれ?異世界って、リアルでいいのかな?)


 どうでもいいことを思いながらミカはモニターを見つめる。

 映されたファン達は文字の書かれた白くて長い布を掲げていた。最後尾にはハートマークが付いている。

 ミカには読めないが、確信する。あれには名前がデカデカと書かれている、と。


 会場の緊張感が弛む。選手達も例外ではない。

 その事にフェルディナは一人ため息をついて、真後ろで倒れている男を見世物のように高く蹴り飛ばす。


『試合はまだ、終わってないですよ?』


 男はそのまま場外へと落下する。


『・・・』


 選手達は顔を恐怖にひきつらせる。三人ほどが耐えきれずに場外へと逃げ出した。

 残り、彼女を入れて八人。


『こういうのはあまり好きじゃないけど』

『しゃあねぇだろ、一人じゃ彼女に勝てねぇし。そんなわけで。悪いね、騎士様。目立ちすぎたことを反省しとけ』


 彼女以外の七人は一時的に協力するようで全員が彼女に向かって行く。


『構いませんよ。それも手段の一つですから』


 フェルディナは剣を納刀して、柄を握った状態で走り出す。そのままいけば正面の片手剣持ち二人の間を通り抜けるルートだ。


 当然、二人は通り抜けさせるつもりはなく、それぞれ間に剣を入れた水平斬りの構えを取りながら走り続ける。


(ん?そう言えば、さっきも・・・)


 ミカは彼らの構えを見て、疑問を持ったが、考えるのは後にしてモニターに集中する。


 他の選手達は彼らがフェルディナを止めると考えて、囲むように弧を描きながら走る。


 フェルディナも軌道を変えたりせずに、そのまま突っ込む。


 二人の男と、フェルディナが交差する。


 二人の男はフェルディナに向けて水平斬り、それをフェルディナは地面すれすれになるまで体を前に倒しながら加速。二つの刃をやり過ごす、と同時に回転しながら抜刀。二人の男の片足をそれぞれ、すれ違いながら斬り落とす。


『なっ、ガアァァァ!!』


『グッ、ツ、アァァ・・・!!』


 二人は無くなった方の足の付け根を押さえて踞っている。それを見た他の選手達は一歩あとずさり、軽装の女性が逃げ出す。


 残りは四人。


 フェルディナは女性には見向きもせずに、突きの構えをとる。

 それを見た他の選手達はさらに一歩さがる。


『・・・来ないなら、こちらから行きますよ』


 そう言って、返事も聞かずにフェルディナが動き出す。七、八メートル程の距離にいた右端のフルプレート男 (たぶん)に一足で近づき、突きを放つ。

 フルプレート男 (たぶん)は反応できずにそのまま崩れ落ちる。


 残りの三人も同じようにして、抵抗らしい抵抗もできずに刺され、崩れ落ちる。


『勝者、フェルディナ選手!!』


 審判の判定を聞き、ワァァァァァ!!っと観客からの大きな歓声が会場を包み込んだ。

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