第13話 第三ブロック予選

 選手達は全員配置に着いた。

 ミカの配置は入り口から最も遠い隅っこ。理由はおそらく、先頭にいたからだろう。このバトルロワイヤルでは隅っこは不利だ。ミカもそれは分かっているのか、軽くステップをしてどこまでなら安全に回避行動を取れるかを確認している。


 隅っこで相手を落とすのも作戦としては悪くないが、それは一対一の場合だ。複数の相手をしていたら落ちるリスクの方が高い。もう少し中央へと寄りたいところだが。


(あの人達が行かせてくれないよね・・・)


 視線の先、真正面、ミカから見て中央方向には同じトラックに乗っていた男。彼はミカを睨んでいる。同じようにこちらを睨んでいる男が、二人分程離れた右前方に一人。彼も同じトラックに乗っていたメンバーだ。そして、右隣に一人。こちらは全く知らない男だ。ただ、近いからミカを狙っている。


 彼らは既に己の武器を構えている。睨んでいる男達が片手剣、知らない男は槍をその手に持っている。


 審判の男性が手を上げる。


「はぁ・・・。リリィのせいで・・・」


 ミカはため息をついて呟き、少々気だるげに剣を抜く。クルッ、と軽く一回転させて、狼の時と同じ構えを取る。剣先は正面の男の首に、柄は左足の付け根に付きそうな位まで下げる。


 構えを取った後はさっきの気だるげな表情が嘘だったかのように鋭い目付きをして正面の男を睨んでいる。


「これより、第三の予戦を始めます!!」


 その声を合図に全選手が構えを取る。選手も観客も誰も喋らーーー


「ミカー!! ぬしなら余裕だ!! 焦らずゆけー!!」


 例外が居たが、他は誰も喋らない。呼ばれたミカはリリィを無視している。


「始め!!」


 審判の男性が手を振り下ろしながら叫ぶ。同時に選手全員が動き出し、ワアァァァァ!! と観客からの歓声が鳴り響いた。




(僕なら余裕、か。君が僕の何を知っている―――)


 ミカは心の中で思う。たったの一日で何が分かるのかと・・・。




 大会のルールでは身体強化系以外・・の魔法の使用は禁止されている。つまり、身体強化系だけは使用して良いということだ。


 ミカを狙っていた三人は審判の合図と同時に動き出す。通常は近くにいて、リーチの長い右の槍が先に届くと思うだろう。が、最初に襲ってきたのは最も遠くにいた男だ。

 ミカと男の間にいる選手達を弾き飛ばしながら猛スピードで剣を構えて突っ込んでくる。槍の男は突きの構え。ほぼ同時、だが、彼よりは少し遅れて、槍の突きが迫るだろう。正面の男は普通の速度で剣先を右下にした切り上げの構えをして時間差攻撃を狙っている。


 ミカはそれを見て、すぐさま剣から左手を離し、突っ込んでくる男に剣を向ける。


 ミカは突っ込んでくる男の剣、それを右手の剣で自分の左側を通過させるように反らす。その際、一歩前へと踏み出そうとしているのか、前傾姿勢になっている。これを隙と見た槍の男はすぐさま高速の突きを放つ。狙いは体。


 ミカは突っ込んでくる男と入れ違いになるように飛び込み、片手を地面に着け、腕の力と飛び込んだ勢いを利用して跳ぶ。勢いそのままにクルッと体操選手のような動きで空中で横に半回転、誘った・・・槍の一撃を回避、するだけでなく、半回転する前に槍を足に一瞬だけ引っ掻けるようにして引っ張り、ほんの少しだけ軌道を変え、着地する。


 狙いは正面にいた・・男。


 おそらく計画を立てていたのであろう。突っ込んできた男をブラインドにして急襲しようとしている。が、ミカにはその程度の不意討ちは通用しない。むしろ、逆にその作戦を利用して槍の男を正面にいた男に不意討ち気味に送り込む。


「グッ!? てめぇ、邪魔すんじゃねぇ!」


 自分がブラインドにした男の影からミカが飛び出したのは分かったがブラインドにした男のせいでミカの足は見えていなかった。

 その為、男はもともと自分が狙われていたと誤認して、ミカだけでなく、距離を取った槍の男も警戒するようにしている。


 槍の男は利用されたことに対して舌打ち一つして、冷静に回りの様子を確認している。もちろん警戒は怠っていない。

 突っ込んできた男は既に体制を整え、ミカに剣を向けている。自分が利用されたことに気づいていないようだ。


(―――って、言いたいんだけど・・・。彼女の言う通りだから言い返せないや)


 ミカは開始の時に思っていたことに続けて、心の中で呟く。が、彼はすぐに気持ちを切り替えて三人へと向き直る。


「さぁ、始めましょう・・・。楽しい剣舞祭パーティを・・・。共に、愉快に、躍り狂いましょう」


 ミカは歌うように、楽しそうに彼ら三人へとそんなことを言う。その笑顔はまるで相手を見下しているかのようだ。


 それを見た三人の反応は二つに別れた。


 トラックに乗っていた男達は怒りの表情で正面から攻めてくる。

 対して、槍の男は状況を冷静に判断。ミカの挑発には乗らず、弧を描きながらミカの背後に回り込むように動き出す。


 ミカに迫る二つの刃。一つは頭上からの切り下ろし。直撃すれば確実に死ぬだろう。もう一つは足を狙った切り払い。直撃すれば継戦は不可能となるだろう。

 跳んで回避すれば上の刃が、横方向には下の刃がそれぞれ邪魔をする。バックステップすれば二つの刃は回避できそうだが、背後には既に槍の男が待ち構えている。

 そのような状況にも関わらず、ミカの表情は変わらない。


 足を狙った切り払いをミカは踏んづけて止める。剣を手放さなかったのは流石、と言いたいがこの場合は悪手だろう。完全に体制を崩している。同時に上からの刃を剣で反らし一人目の剣にぶつける。狙いは武器破壊だったようだがどちらの剣も無事だ。その事にミカは舌打ちをして、足を狙ったことにより低い姿勢になっている男の顔面を蹴り飛ばす。


 同時にミカは上体を大きく反らす。蹴り出した足と上体が地面と水平になった状態で剣の上に立っている。そのすぐ上、立っていた状態ならちょうど鳩尾があった場所を槍の突きが通過する。通過した先には剣を振り下ろした男。


「またかよ!」


 男はとっさに横に跳ぶ。槍の攻撃はそれだけではなく、槍を振り上げてすぐにミカへと振り下ろす。


 ミカは振り上げに合わせて上体を起こし、斜め前へとステップ、落ちている剣の柄を踏み、剣を跳ね上げさせながら槍を回避する。跳ねあげられた剣は槍と激突しすぐさま地面へと戻る。ここまでやっても刃が欠けただけな片手剣にミカは驚く。


 槍の男は叩きつけた反動を利用して槍を跳ね上げ、自分ごと回転するようにして大振りの横なぎを放つ。


 ミカは前宙をするように跳び、足が体より高くなった頃に真下に来た槍を掴む。引っ張られる勢いを利用して、空中で2回転して着地。


 着地の隙を狙って片手剣の男が袈裟斬り、斬り上げ、回転して左から右への水平斬りの三連撃。


 ミカは初撃をしゃがんで、二撃目はフィギュアスケートのように回転しながら横に跳んで回避し、一歩踏み込んで水平斬りをしている腕を掴む。掴んだ瞬間、足を踏ん張る、ではなく、地面から両足を離す。男の腕に引っ張られるように男の右側へと移動し、クルッと半回転して背後に回り、男の背中に自分の背中を付ける。


(裏神月流・幻蝶の乱舞げんちょうのらんぶ・・・剣、持ってるけどね)


 ミカの一つ一つの行動はまるで踊っているかのよう。

 この技は、今から放つのではなくずっと行っていた舞。


 今、ミカの正面には槍の男が驚きの表情で突きの放っている。

 彼は片手剣の男ごとミカを貫こうとしていた。が、まるで庇うように前に出たミカに驚く。驚きながらも突きは止めない。彼にはミカの考えが分からなかった。その表情はまるで自分には当たらないと確信しているかのようで・・・。


 片手剣の男の正面には同じトラックに乗っていた男が剣を拾って構えようとしている。背後をとられるのはまずいと判断した片手剣の男はとっさに反転しながら剣を振るう。


 ミカは男の動きに合わせて、背中を付けたまま、九十度回転。それだけで勝手に正面の槍と男の片手剣がぶつかり止まる。


 男達はそれぞれミカを狙っていた。その攻撃が互いの攻撃を止める。彼らからしたらその動きはミカを守ろうとしているようにも見えていた。


 ミカは意味深な笑みを見せ、一言。


「ナイス」


 その一言を聞いて片手剣の男は確信する。


(こいつ、この男の協力者か!!)


 互いの武器をぶつけ、つばぜり合いのように押し合いながら片手剣の男は思う。もともと三対一ではなく、二対二だったのか、と。

 この思考こそミカの狙い通り。

 神月流は他者の力を利用して戦うもの。他者の力で他者を倒す。それは複数人相手でも変わらない。他者相手の力で他者第三者を倒す。死刃の顎のような例外があるが、裏は基本的に一対複数を想定している。


 乱舞とは、連続攻撃を浴びせることではなく、混乱を招く舞。敵の攻撃を別の敵を使って防ぐことによる士気の低下や人間不振にさせることが狙いの技。

 仲の悪い者や、たまたま協力しているだけの者ならばそのまま争うことさえある。


 彼らのように。


 ミカは二人を見ずにさらに一言。


「ここは、任せたよ」


 そう言って、中央へと歩いていく。

 ミカの背後では二人の戦士が戦闘を開始した。





 それからもミカは狙われては擦り付け、狙われては擦り付けを繰り返していた。


 最初はトラックに乗っていた男、ミカが蹴り飛ばした方だ。途中ミカに追いついた男はミカを攻撃していたが、上手く誘導され、戦槌を持った大男に吹き飛ばされていった。ミカは少しだけ可哀想と思った。


 次は戦槌を持った大男。彼は便利だった。最初はミカを狙って小振りだったが、かわし続けているとしびれを切らしたのかどんどん大振りになっていった。戦槌は結構大きく、大振りの攻撃に巻き込まれて他の選手達がぽんぽん飛んでいった。ならばと人が多い所に誘導して半数近くを落としてもらった。

 中には槍の男に勝ったのであろうトラック男がいた。御愁傷様です。


 攻め疲れて動きが鈍った大男を今度は短剣を持った小柄な男が一刺しで倒す。そしてミカを見ようと振り返り、上半身裸の筋肉質な体をした男の跳び蹴りで飛ばされる。

 この中で防具を着けていないことに、バカなんじゃないか、と本気でミカは思う。(※ミカはジャージ上下です)


(流石バトルロワイヤル。混沌としてる)


 格闘家の男はミカに狙いを定める。おそらく、身体強化系の魔法をかけていたのであろう。垂直に五メートル弱程の高ジャンプからの、日曜八時を思い起こさせる跳び蹴りをミカへと放つ。

 ふざけた技だが、ふざけんなレベルの高速で男はミカめがけて突っ込んでいく。


 ミカは大きく横に跳んで回避する。直後に着弾。ドゴォ!! と大きな音と土煙をたてて男の蹴りが炸裂する。

 ミカは、ありえねー、と顔をひきつらせながら呟く。


 土煙から男が跳び蹴りで飛び出してくる。狙いは当然ミカだ。

 先程と違い、普通の跳び蹴り。それをミカは軽く弧を描くようにしてすれ違い、回避する。位置が入れ替わるが、関係ないとばかりに男は再度ミカに向かう。


 男は拳や足を使ったさまざまな技を繰り出している。距離が近すぎて、ミカは剣を振るえず、回避に専念している。男の攻撃はミカにかすりもしない。


 男の表情に焦りが見え始めた頃、ミカの背後から小さな足音、ミカはそれを聞き逃さなかった。ミカは足音が聞こえた瞬間、とっさに男の腕を引っ張り位置を交代する。ミカのいた場所、現在格闘家の男がいる場所に小柄な男が短剣を持って忍び寄っていた。小柄な男はそのまま格闘家の男に短剣を差し込む。格闘家の男は驚いた表情で短剣を刺した男を見て、鳩尾に膝蹴り、小柄な男が腹を抑えて屈んだところに、後ろ首へ肘打ちを叩き込む。


 小柄な男は立ち上がらない。気絶したようだ。

 倒した格闘家の男も膝をついている。短剣が深く刺さっており、気絶はしていないが立ち上がれないようだ。だがそれも時間の問題。いずれ失血で気を失うだろう。


 が、ミカにはそれで気絶するか判断ができなかったので、男の顎めがけて回し蹴り。

 ゴッ!! と言う音を上げて男は倒れ、気絶した。


 ここで、立っている人数がミカ含めて三人になった。


 ミカ以外の二人は激しい戦闘を端のほうで繰り広げている。片方は両手斧を、片方は剣を二刀流でそれぞれ振るっている。観客もほぼ全員が二人の戦闘を応援している。

 声援によると、どちらかがザギラで、どちらかがフィーゴルなる人物らしい。


 ミカは二人をじぃ~と見つめている。






 彼らの戦闘は十分も続いた。いや、ミカが見る前から行っていたと考えるとそれ以上かもしれない。


「ハァ、ハァ。さすがだな、ザギラ。俺の連続攻撃をここまでしのぐとは」


「フゥ。こっちの台詞だ。俺の一撃を正面から防ぎきるやつなんてそうそういないぜ?」


 二人は旧知の仲らしく親しげに会話している。両手斧の男がザギラで、二刀流の男がフィーゴルとそれぞれ呼ばれている。


「そうか、よ!!」


 二刀流の男が突っ込む。両手斧の男は迎え撃つ構えだ。


 右手の剣が閃く。その刃を斧でしっかりと受け止め、ほんの一瞬遅れて反対側から襲ってきた左手の剣を斧の柄で受け流す。

 受け流された二刀流の男は、勢いそのままにクルッと回転。両手の剣を叩き込む。


 その双剣を斧の腹の部分で受け止める。さらにその双剣に斧を滑らせ、二刀流の男へと斬り上げを放つ。

 二刀流の男はバックステップ。距離をとるが、すぐさま両手斧の男が大きく体を捻りながら突っ込んでくる。


「やっべ!?」


「ぬうぅぅぅん!!」


 バヅン!! という音をたて、音速を超えたのか、ウェイバーコーンを作り出した両手斧の全力の横なぎ。それを二刀流の男はスライディングして何とか避ける。衝撃波が観客席にまで届き、飲み物や食べ物だけでなく人も少し吹き飛ばしているが、他の観客からの歓声はひときわ大きくなった。


 回避と同時に背後に回った二刀流の男は高く飛び上がり、二本の剣による全力の振り下ろし、


「なんてな!!」

「何!?」


 に見せかけたフェイントからの蹴りで両手斧の男を場外に落とす。


「くそっ、やられた」


 両手斧の男は場外で悔しがっている。


「いや、お前は強かった。ルールのおかげで俺は勝てたが、フィールド制限無しならたぶん、俺は勝てなかった」


 ま、簡単にはやられんがな。と、二刀流の男は両手斧の男へと笑いかける。


「フッ。当然だ」


 そう言って両手斧の男は観客席を見上げる。


 二刀流の男は観客に剣を振り上げ勝利のポーズ。

 ワアァァァァァ!!というBGM、を聞きながら、


「この試合、俺の勝ーーーー」

「えい」


 BGMにかき消されそうな気の抜けた声を出してミカは二刀流の男を背後から蹴る。男は場外に落ちる。し~ん、と観客からの歓声が急に消える。


「第三予選、勝者、ミカ選手」


 声を張り上げていたわけでもないのに審判の声がやたらと響く。しばらく、静寂が会場を包む。


 ミカは審判に戻っていいですか? という視線を向け、審判が頷いたので、剣をバトントワリングのようにクルクルと回して、鞘の口に刃を滑らせて、シャーっとわざと音をたてながら、チンッ、と納刀。

 その後、入り口のほうへと戻っていく。

 同時に、観客から声。


「ふざけんな!!」

「誰だよあれ!!」

「ちょっと、こんなの認めるの!?」

「あいつ、逃げ回ってた奴だろ!!そんな勝ち方で恥ずかしくないのか!!」


 ほぼ全てがブーイングだった。










 そんな中、一人、何も言わずにじっとミカを見ている男がいた。ギルドの前でミカと会った男だ。


 その目は、どこか、つらそうなものを見ているようだった。

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