第12話 予選の前

(まさか、半刻が三十分程じゃなくて一時間近くあるとは・・・。所々知ってる言葉で違う意味があるのがここまで困ることだとは思わなかった・・・)


 大体四十分ほどたった頃にようやく第一ブロックの試合が始まった。

 壁にプロジェクターのように映し出されている試合を見ながらミカは試合と全く関係のないことを思っていた。

 ちなみにこの映像、プロジェクターのように、と言ったが背後や天井に何かがあってそこから光を出している、というわけではない。例のごとく魔法である。


 この部屋にはミカ達を入れて21人、リリィは出場しないため出るのは20人。第一ブロックもそこは同じようで20人が出場している。160人近くがこの大会に出場している計算だ。


 第一ブロックでは例の男、ダナルが無双している。

 半径だいたい50メートル程の大きな円形リングの上。その周囲は幅五メートル、深さが一メートル程の溝があり、その更に外側には後ろにいくほど高くなっていく観客席がある。

 そのリング上に身長二メートル弱の大男が身の丈ほどの両手剣を振り回して出場者をポンポン弾き飛ばしている様はゲームならば面白いが、現実で見ると迫力が凄い。


(というか、弾き飛ばしてる速度がおかしい。あの大男はトラックか何かなの?)


 ミカはゆったりした動きでリリィを見る。彼女は楽しそうに笑って試合を見ている。


「ねぇ、リリィ?」


「ククッ。な、何だ? 今いいところなのだが」


「あれを見ても、僕が彼に勝てるって言える?」


「??当たり前であろう?」


 さいですか~…、と呟きミカは試合に視線を戻す。なんと5分とかからずに一騎討ちのような状態にまでなっている。弾き飛ばされた選手達はリングの外でほぼ無傷で観戦している。

 それを見て、化物か!? と、ミカは一瞬思ったが運転手が話していたルールを思い出す。


 リングから出た選手は失格。

 死んだ選手も失格。

 気絶し倒れているものは立っているものが三人以下になる前に目を覚ませば続行可能。三人以下になった後では失格。

 闘大会なので魔法は身体強化系を除いて使用禁止。(魔闘まどう大会なる魔法の大会もあるそうだ)

 ギブアップしたい選手は自力でリング外に出ろ。その際どんな怪我をしていても手助けはない。


 リングの中は教会の主である聖女なる人物が結界を張っているらしい。この中での怪我は死んでさえいなければ外に出る際に修復されるらしい。

 原理は、外から内に『入る時の状態』を記録し、内から外に出る時に『入る時の状態』を上書きしているらしい。死んだ者も『入る前の状態』に上書きされ、綺麗な死体が出来上がるらしい。


 正直、ミカは理解できていなかった。

 ちなみにこの聖女さん、この試合を生で見たいと何度も言っているが、この結界を扱えるのが彼女だけであり、使った後は反動で一日中寝てしまうため一度も見れたことがないそうだ。


 閑話休題それはさておき


 第一ブロックの試合は最後もダナル選手が相手選手を剣の腹で吹き飛ばして終了した。見事なスイングだった。

 僅か5分ほどで第一ブロック終了である。




(映像はダナルばっかりだった・・・。やっぱり、目立つ選手を優先で写すのかな?もしそうなら手札を隠すためには目立たないことが一番、かな)


 ミカはどのような戦いをすれば、自分の情報をいかに隠したままトーナメントへと出場できるかを考える。

 情報は力だ。少なくともミカはそう思っている。情報があるのと無いのでは戦い方に大きく影響を与える。特にミカの場合は知られていると対策をたてられる技が多いため慎重に戦わなければならない。


 ミカだってスポーツ大会に出るような青年だ。出るからには優勝を目指す。彼はこの大会、すでにやる気になっていた。


 試合終了後ダナル選手がリングの外に出ると、リングがキラキラと輝き、数秒で傷や汚れが消え去った。

 選手が全員リングの外に出ると発動する、リングがもともと持っている魔法効果だそうだ。


 すぐに第二試合が始まるようで、選手達が審判の指示通りに等間隔開けて配置に着く。


 と、そこで部屋の扉が開く。出てきたのは受付嬢の赤い方、ルルだ。


「第三ブロックの方達は試合の準備を始めます。移動いたしますので私に付いてきてください」


 部屋にいる選手達はそれぞれ準備をして扉から出ていく。ミカ達も彼らの後に続いて部屋を出ていった





 控え室では試合の中継を見ることはできないようだ。理由を聞くと、


「条件を対等にするためです。次の試合までの間隔はほぼありません。その為、次の試合を見れないことが多々あります。その場合、次のブロックの方達は試合を観ることができ、前のブロックは観ることができない、ということになってしまいます。

 本戦は番号のブロックから順に詰めていきます。奇数番は対戦相手の戦い方が分からないのに、偶数番は対戦相手の戦い方が分かっているなど番号で不利になってしまいます。それを回避するために自分達の前後のブロックの試合を見ることが出来ないようにしています。

 こうすることにより本戦の一回戦では誰も対戦相手の戦い方が分からなくなります。まぁ、実際のところあまり効果はありませんが」


 長い説明が返ってきた。 

 協力者が別のブロックにいれば意味がありませんから。と、ルルが付け加える。

 受付嬢はルールをすべて覚えているのか、とミカは思い、ちょっと尊敬していた。


 彼女は中に残るようだ。10分程たった頃、やることもなく、暇をもて余していたミカは大会の注意点などを彼女に聞いて確認しておく。


「えっと、リングから出たらダメで、気絶は三人以上なら復活が可能でしたよね?」


「はい」


「この、気絶はどうやって調べているんですか?」


「厳密に全員を調べているわけではなく、三人になって10秒以内に立ち上がらなかった者達が気絶しているものとして扱われます。三人以内の場合も倒れて10秒経過すれば気絶したものと見なします。例外は押さえつけられている場合です。この場合、抵抗していれば10秒を数えません。本戦も気絶は同じように判断します」


「ふむ。たしか、その本戦は今日中に行われるんですよね?」


「ええ。予戦終了後、半刻の休憩を挟んで行われます。予戦ではこの事も考慮に入れたペース配分を心がけることが優勝には必須とまで言われています」


「あとは・・・怪我はどこまで治りますか?こう、腕を千切られて、その腕が燃やされ無くなった場合とか治りますか?」


「はい、治ります。もともと、千切られた腕、というものは結界を出ると消えて無くなり、本人が結界から出た際に再生されます。例え燃やされ灰になったとしてもそれは変わりません。攻撃魔法は使えませんから、燃える何てことはほぼありえませんがーーー」


 と、そこまで言った後、ルルは突然虚空を見て頭に軽く手を添える。ミカが何かを言う前に彼女は頷いて、ミカではなく部屋にいる選手全員に声をかける。


「第二ブロックが間もなく終了致しますので、会場前に移動します」


 彼女は試合を見ていないのにそんなことを言う。どうやら今のは念話の類いのようだ。恐らくここに来ていないもう一人のピンクの方、ナナと連絡をしたのだろう。


 彼女の指示でミカ達含め全員が移動を開始する。わぁあぁぁぁ!!という歓声が移動中に聞こえ、三ブロックの選手達は誰も彼も獰猛な笑みを浮かべている。中にはミカ達を睨み続けている選手もいるが。

 この空気に若干引き気味のミカは引きつってはいるものの睨んできている者に笑顔を返す。視線が更に鋭くなったが彼はスルーする。


(さて、久々の剣は今度こそ、きちんと扱えるかな~?)


 彼は剣の柄を撫でながらそんなことを思う。その表情が、周りと同じような獰猛な笑みを浮かべていることにミカは気づいていなかった。





「はい、ルル」


「ちょっとナナ、魔石を投げないの」


 会場前、第二ブロックの選手達を連れながら歩いているナナとすれ違う。その際、ナナはルルへと琥珀色の宝石の様なものを投げ渡す。ルルは突然の事だったのに、普通に慌てることもなくキャッチする。彼女の注意を「はーい、気を付けまーす」と、言いながらナナは去っていった。反省しているようには見えないが、ルルは何も言わない。


(あれが魔石・・・見た目は宝石だね。教科書でしか見たことないけど・・・。記録されてる魔法はテレパシー系かな? あ、審判の補助としての視力強化系もあるかも)


 ミカは双子のやり取りよりも魔石の方に興味津々だったが、ルルはすぐに胸ポケット谷間へと魔石を仕舞って振り向く。


「では、ここから会場に入ることができます。リングへの階段を登った後は審判の指示に従ってください。あ、観戦の券は手に持っておいてください」


「うむ。了解した」


 先頭にいたミカ達は彼女の示した扉へと手をかけて、そこで思い出したかのようにリリィへと指示を出した彼女へとリリィが返事をしたのを確認してからミカは扉を開く。


 扉の先は一本道、奥には階段とその横に控えている審判の青年がいる。

 彼は黒を基本にした動きやすい服装をしている。腰には剣、両足には短剣が、それぞれ納刀された状態で装備されており、立ち姿にも隙がない。かなりの手練れのようだ。

 ミカには分からなかったが、服の内側にも投げナイフが結構な数並んでいる。


「お待たせいたしました。会場にご案内致します。付いてきてください」


 青年は執事のように丁寧なお辞儀をしてから階段の方へと歩いていく。


「すまぬが、これはどうすればよいのだ?」


 その青年をリリィは声をかけて止める。振り向いた彼に券を見せるようにしながら駆け寄る。

 そのリリィを少し警戒するように構え、青年は答える。


「観戦券、ですか。物好きな・・・。コホン、失礼しました。階段の途中に横道があります。道に従って歩いていけば観戦席がございますのでお好きな場所にお座りください。ただ、距離が近いため、技や選手が飛んでくる可能性がある点にご注意ください」


「うむ。その点は聞いておる。問題ない」


 会話の間、青年はずっとリリィを見ていた。表情に変化はないが、ミカにはそれがリリィを警戒しているように見えていた。リリィは見られていることには気づいているようだが、自分が警戒されているという可能性は全く考えていないらしく、普通に受け答えしている。


「左様ですか。失礼いたしました。では、皆様。改めて、お待たせいたしました。会場にご案内致します」


 青年は深く一礼した後、リリィから目を離して階段を上り始める。それを合図に全員が歩き、階段を上る。

 青年の言った横道はすぐにあった。


「では、ミカ。応援しとるぞ」


 リリィはそう言って、タタター、と走り去っていく。


(彼女は昨日今日会ったばかりの男をどうして信用できるんだろうね? 僕は君のことを、行動も言葉も、信じきれてなんかいないのに)


 ミカはリリィのことを、にこやかに、だけれど、どこか冷めた目で見送り、審判の青年を見る。彼もリリィを見ていた。その口が、動く。


「・・・魔族の少女、か...」


 先頭に居たからこそ聞こえた小さな声、彼女は変装を解いてなどいない。


(いや、確信は持ってないって感じかな?)


 青年は横目でこっそりとミカの反応を見ていた。ミカにだけ聞こえるようにわざと呟いたようだ。


 対して、ミカのポーカーフェイスは完璧だった。

 青年はリリィを見た時点で少し身構えていた。それを見て、ミカは心構えをしておいたのが功を期したようだ。


 そのまま青年と選手達はリングへと上がる。大きな歓声。








 間もなく第三試合が開始される。

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