第11話 大会受付

 コロッセオの中はイメージ通りの石造りといった感じをしている。入ってすぐに左右に分かれる道があり、二人の正面の突き当たりに受付嬢が二人、長テーブルの後ろに座っている。片方がピンクの髪、もう片方が赤い髪をしている。


「ようこそ、武闘大会へ」


「出場される方はこちらの紙にお名前と」


「こちらの書類にサインをお願いします」


 ピンク、赤、ピンクの順で喋る。双子なのか髪の色以外はそっくりだ。


「わかりました。・・・やっぱりか」


 受付嬢達が提示した書類を見てお礼を言った後、ぼそりと誰にも聞こえない小さな声で呟く。言葉は理解できるから、もしかしたら・・・、と思い紙を覗いたが、やはり文字は読めないようだ。


「リリィ、字、書ける?」


「ああ、ぬしは本を読めんとか言っておったな。安心せい。人の字も書ける」


 二人はぼそぼそと互いにしか聞こえないように会話している。そんな二人を怪しいものを見る目付きで受付嬢達が見ている。


「ありがとう。すみませんが、彼女に代筆をお願いしてもよろしいですか?」


 ミカは気をきかせてくれたリリィへとお礼を言って、受付嬢達に大丈夫なのかを念のため確認しておく。


「ええ、構いませんよ」


「何なら私たちがいたしましょうか?」


「いえ、結構です」


「っち」


 ピンクの提案をミカは断る。小さく舌打ちの音。直後、ガスッ、といった何かを強く踏みつける音。片方の受付嬢は代筆で小銭を稼ごうとしていたようだ。

 ミカは彼女達の技術の高さに驚いていた。

 ミカにはどちらが舌打ちして、どちらがその足を踏んだのか分からなかった。書類を提示するために受付嬢達は殆どくっついた状態で座っている。その為、二人の表情はずっと見えていたが、口は全く動いていなかった。足の踏みつけは机があるせいで見えなかったが、二人の表情に変化は一切無い。どうでもいいところだが、受付嬢達のポーカーフェイスのレベルが高いことが分かる一瞬だった。


「書き終えたぞ」


「はい。えー、三ブロックに出場されるミカ様ですね。サインをされた書類について確認いたします」


 リリィが書いていた書類を受付嬢達に渡す。受付嬢達は書類に不備がないかを確認して最終確認を始める。


「この大会では大きな怪我をされたりしても私たち運営側は責任をおいません」


「全て自己責任となります」


「また、この大会では死者が出ることがあると言われていますが、可能な限り・・・・・殺しは行わないようにお願いします」


「死についてもこちらでは責任をおいません」


 リリィがサインした紙が予想より物騒な内容だったため、ミカは、確認しろよ・・・、と良いいたげな視線をリリィへと向けている。


「これらのことに同意されるならばこちらに、どのような紋様でも構いません、サインの代わりとして何かを書いてください。同意されないならばこの場でこの紙は破って見せますのでご安心を」


 その視線を見たのか、受付嬢達は気を利かせてミカへと紙を渡す。


(まぁ、出場しないとお金が無いし、それにラライナさんにもいろいろ言われちゃったし、出場しないって選択は無いよね)


 ミカは紙に何となく一筆書ひとふでがきの星を書いて返す。


「よろしいですね?では、控え室は右側の通路を行って、三番目の部屋です。三、と書いてあるのでお間違えないようにおねが―――」


「その前にそこの子、フードの中を見せてもらえますか」


 赤がミカ達を案内しようとしたのをピンクがさえぎる。ピンクはリリィのことをじっと見つめている。


「いし―――って、ちょっと、ナナ失礼でしょ」


「それを言うならルル、こういう所で顔を隠すのは失礼じゃないの? 隠す必要が有るものでも付いてるの?例えば、耳が尖っている、とか」


 たしなめようとしたルルの言葉も、ピンクナナは正論で返す。その視線はリリィを警戒するように見つめたまま。

 彼女の言動から耳が尖っている者は人間に敵対している者だと言うことが分かる。亜人は魔族しか居ないのか、あるいはエルフとも敵対しているのかもしれない。


 まずい、とミカは思う。彼女は魔族。人間と敵対している種族だ。フードを取れば尖った耳が見えてしまう。

 彼女が魔族だとバレれば自分もその仲間として追われるようになるかもしれない。


(だから、置いていきたかったんだけど。どの方法で誤魔化すのがいいかな・・・)


「構わんぞ?」


 が、そんなミカの思いとは裏腹にあっさりリリィが許可をする。

 ミカが止める前に彼女はフードを取ってしまう。


「・・・」


 ミカは彼女のフードの中を見て、驚きの表情を隠すのに必死だった。

 尖った耳、ではなく丸い、人と寸分の違いもない普通の耳。髪の色は暗い紫ではなく明るい青色に。ミカからは見えないが、瞳の色も明るい紫ではなく青色になっている。

 そして、前まで無かったはずの傷が左耳の下辺りから左頬の下辺りまで斜めに刻まれている。


「ありがとうございます。もう大丈夫ですよ。妹が失礼をいたしました」


「よい。まぁ、あまり見られたいものではないのは確かだがな」


 リリィは傷を隠すように頬へと手をあてる。


「・・・ごめんなさい」


「よいと言うたろ。こうした確認が大切と妾は知っておる」


 リリィはそう言ってフードをまた被る。受付嬢達、特にナナの表情は暗くなっている。顔の傷を気にしている女の子に顔を見せろと言ってしまったことに罪悪感を覚えているようだ。


「あ、彼女は会場の横で観戦したいそうなんですが。待機場所は私と同じでよろしいのですか?」


 ここで空気を変えるようにミカが口を開く。実際は変えようと思っての台詞ではなかったようだが、空気が変わったことに受付嬢達は、ほっ、と胸を撫で下ろす。


「・・・あ、ええ。かまわなかったはずよね?」


「構いませんよ。ちょっと待ってくださいね」


 ナナは忘れてしまったのかルルに聞いて、ルルが答える。その後ルルは足の横に入れ物を置いていたのか、がさごそと足下をあさりカードのようなものを取り出してリリィへと渡す。


「はい、これが特等席での観戦券です。会場に入る際、審判の方に渡しておいてください」


 リリィはこくん、と頷きカードを受け取る。


「では、右側通路三番の部屋です。お二人ともお間違えのないようにお願いします」


「ありがとうございます」


 ミカは頭を下げて右側の通路を歩いて行く。その後ろをリリィはぴったり付いて行く。


「「頑張ってください」」


 そんな二人に受付嬢達は頭を下げて激励を贈る。リリィだけがクルッと一瞬だけ振り返り手を振る。そのまま二人は通路を奥へと歩いていった。







(まんまローマ数字じゃ・・・あ、4が違う)


 ミカが部屋の前の扉を見た感想だ。

 通路の三番目の部屋。扉にはⅢと、ローマ数字で書かれている。

 ちなみに、一番と二番目の部屋も同じくローマ数字で書かれていた。そのため、ローマ数字と判断していたが、形の違うはずの4は、Ⅳではなくたて棒4つだったので厳密には違う数字のようだ。


「ねぇ、リリィ、5ってどう書くの?」


「何だいきなり。たて棒5つだ」


「・・・6は?」


「5の横にまた1を書く、5が二つ並んだら形を変える」


 こんな風に、とリリィは両手の人差し指で×を作って見せる。


(少しだけしか違わない、か。地球の人間が居る可能性が上がったかな?)


 ミカはいつまでたっても中に入ろうとしない。そんな彼に業を煮やしたのか、リリィがミカの袖を引っ張って口を開く。


「ふぅん・・・まぁいっか。それよりさっきの何?」


「さっき?」


 が、先に喋ったのはミカだ。リリィは何を問われたのか分かっていないようで聞き返す。

 ミカはリリィのフードを払う。中に居るのは青目、青髪のリリィ似の少女。顔の傷も付いている。


「君、いつの間に2Pになったの?」


「2P?」


「外見。何で変わってるの?」


「あぁ、これか?」


 ミカが何を聞きたいのか分かったリリィはその場でクルリと一回転して自分の姿をよく見せた後に答える。


「これは、妾が得意としている幻属性の魔法だ」


「へぇ、上位魔法だっけ? 僕にもいつの間にか掛けてたんだ。あんまり気分良くないね」


 ミカはリリィをじっと見つめている。彼からしたら何時でも自分を、気づかれずに殺すことができると言われている気分だった。視線の意味を理解したのかリリィが慌て出す。


「ち、違う!! ミカを幻属性の魔法に掛けたりなどしとらん!!」


「じゃあ、何で僕にもリリィの色が、耳が変わって見えてるの?」


「あ、そ、れは・・・その」


 リリィは話すか迷っているのか視線が右に左にせわしなく動いている。ミカはそんな彼女を見つめたまま。次第にミカの視線に苛立ちが混じる。その視線に怯えた表情で俯き、震えた声で呟く。


「このことは隠せとお父様が・・・」


「・・・へぇ、利用されないように、とか?」


 こくんとリリィは頷く。


「ま、奥の―――」

「だが、ミカには助けて貰った恩もある、から」


 納得したミカの言葉を遮って、リリィは続ける。その表情はまだ、話すべきか悩んでいる感じだ。

 だが、すぐに彼女は顔を上げる。覚悟を決めた、というよりは捨てられることによる孤独に怯えている感じだ。

 彼女が口を開く、


「また、会いましたね。てっきり逃げていると思っていましたが」


 前に女騎士が通路に現れる。


「どうも」


 ミカは頭を下げて道をあける。が、彼女はミカ達の前で立ち止まる。


(・・・うっそ、まさか、同じ三番?)


「あなたは何ブロックですか?」


「三ですが」


「そうですか、これでは当たることはなさそうですね。私は七です」


「もう一人はどうされたんですか?」


「ダナルのことですか?彼は一番です」


 ミカはこの二人が自分とは離れていることに安堵する。この番号は決勝トーナメントの左から順にその番号のブロックでの優勝者が入る。番号は八番まで。

 つまり目の前の彼女とは決勝まで行かなければ戦うことはない、男の方も準決勝だ。


「そうですか。まぁ、努力はしますが、当たれるか微妙ですね」


「せいぜい死なないように立ち回りなさい。そうすれば、トーナメントには出場できるかもしれませんよ。もっとも、そのような方法で本選へ出場したところで一回戦で落ちるでしょうが」


 では、決勝、楽しみにしています、そう言って彼女は立ち去る。


(まぁ、もともと予選ではまともに戦う気はないけどね)


 ミカは彼女の後ろ姿を眺めながら肩を上下させ、リリィへと向き直る。


「さて、と。じゃ、入りますかね」


「・・・うむ」


 リリィは前の話がうやむやになったことに安堵し、同時に、話さなかったことに罪悪感や後悔を感じているという何とも微妙な表情で頷く。

 ミカはそれに気づいていながらも気にせずに警戒しながらⅢのドアを開ける。


 彼は、いや、彼ら兄弟・・は奥の手を隠すのが当たり前と考えている。




 それが、例え、心を許した友達だろうと、家族兄弟だろうと。





 彼らが扉を開けた瞬間に中に居る人達全員の視線を浴びる。ミカはデジャビュを感じながらも部屋へ入っていく。

 やたらとミカ達を見ている男が二人、どちらもトラックに一緒に乗っていた人物だ。

 ミカはため息を吐いて扉からすぐ左の隅っこへ移動する。リリィも付いて行く。



 予選開始まであと少し、二人は特に会話もなく待ち続けていた。

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