第10話 武芸の都市 ラルバ

 トラックはいつの間にか出発し、到着していたらしい。加速の揺れも、停止の揺れも移動中の振動も全く無かった。

 一番扉に近かったミカが最初に降りる。


「ふぅ。・・・これが町、の入り口ですか」


 ミカは地獄のような空間から解放されて安堵のため息を吐き、トラックの前方を見つめる。あるのは大きな城壁、レンガのようなもので作られ、所々鉄のような金属で補強されている。入り口の鉄の門はかなり頑丈そうで、でかでかと、女性が傷だらけの盾を包むように抱えている絵が描かれている。


(これ、町のシンボルかな?)


 争いの無さそうなシンボルの町で闘技大会?とミカは呟く。

 運転手はその門の近くの兵士とやり取りをしている。手続き的なものだろう。

 その間に中のメンバーが次々降りてくる。少し遅かったのはミカの次に扉に近かったリリィがまだ例の女性達と言い合っていたからだ。降りてきたメンバー達はミカを睨む、睨む、睨む。

 ミカは逃げ出したかった。


(何やってたのリリィは・・・。なんか、あの男の視線がヤバイんですけど?人殺しの目にしか見えないんですけど!?あの人絶対人殺したことあるよ!!)


 特にその女性の横にいる男がミカを睨んできている。

 その視線にビビりまくっているミカのそばに、リリィと女性がよってくる。女性の表情は荷台に乗ったときと変わらない。

 その事にミカはホッとして謝っておく。


「うちの連れが失礼をしました。すみません」


「いえ、構いませんよ」


 女性は美しい笑顔で答える。ミカは改めて彼女を見る。

 日の光を反射してキラキラ輝いている長い銀髪を細く黒いリボンでポニーテールにして纏めている。刃物を連想させる鋭いつり目だが、とても整った綺麗な顔立ち。

 背がミカよりほんの少し高く、165cm程。白人のように白い肌の顔を黒いドレスアーマーがより映えさせている。胸当てを付け、手には鉄の籠手。アーマーのスカートが長く、袖も長い。足には鉄のブーツを履いている。

 首から上以外は素肌がほとんど出ておらず、腰には無駄な装飾の一切無い細剣が暗い紺色の鞘にしまわれている。鞘には剣が盾を貫いているようなマークがあった。

 そんな彼女が口を開く。


「私の名はフェルディナ・トゥ・ラライナ。騎士の名門であるラライナ家の者と言えば分かるか?」


あの・・ラライナ家の・・・」


 もちろんミカは知らない。とりあえず、あの、を強調して、あたかも知っているかのようにふるまう。


「ええ。そのラライナの者である私が弱者かどうか・・・貴方の体に叩き込んで上げます。最も、私と当たれたら、ですけれど」


 笑顔のまま彼女は言うが、目が笑っていない。完全に切れている。


「そ、そうですね。あ、当たれるように頑張りますです、はい」


 それが分かってしまったミカは言葉をどもらせ、語尾をおかしくしながらも何とか返す。が、女性はこちらを見たまま動かない。


「・・・」


「・・・」


「・・・名は?」


「・・・へ?」


「名乗られたら、名乗り返すのが礼儀でしょう?」


 女性は笑顔のまま。

 ミカにはその笑顔に付いていた怒りマークが増えた気がした。


「貴方の、名は?」


「ミカ、です」


「覚えておく」


 最後の一言だけ少し低い声で言い、彼女は彼女と話している間ミカを射殺さんばかりの表情で睨んできていた男の隣に戻る。


(美人の笑顔って、怖っ!!)


 ミカは彼女にビビりまくりであった。


「フン。妾は事実を言っただけだと言うに、何故妾達が謝らねばならんのだ」


 そんなミカに彼の隣に立ったリリィが文句を言う。ミカは元凶の頬を摘まんで引っ張る。


ひひゃい、ひひゃい痛い、痛い!! らりをふる何をする!?」


「むやみやたらに敵を作らないでもらえますかね? 何? リリィは僕に恨みでも持ってるの?死ぬよ?僕が」


ほんなほほもっほらんそんなもの持っとらん!!」


「何やってんだ?・・・手続きが終わった!!全員このまま徒歩で会場まで向かう!!」


 手続きを終えた運転手がミカ達を見てぼそりと呟き、二人を半ば無視した形で指示を飛ばし、返事も聞かずに門へと向かっていく。

 それを聞いた全員が運転手に付いていく。ミカはリリィを解放して歩く。リリィも置いていかれないようにミカの後を追いかける。ミカの足取りはゆったりしていて、周りの参加者にどんどん抜かれている。リリィもすぐに追い付いた。対照的にミカの目付きは鋭い。自分達を抜く際、他の参加者達の体つきや、体感、特に足運びを観察している。

 例の二人がミカ達を抜いていく。


「・・・ふん」


(・・・?)


 男は一瞬ミカを見て、鼻で笑い、そのままフェルディナの後ろを従者のようについて行っている。

 ミカは男を見て首をかしげる。特におかしなところはない。おかしなところはないのに何か違和感がある。

 が、何に違和感を感じたか考える前に門が音を立てて開きだす。機械仕掛けか魔法仕掛けか。とりあえず、この門は自動ドアみたいな物のようだ。


「おぉ~」

「わぁ~」


 門の中を見たミカとリリィは揃って感嘆の声をあげる。門の内側にはたくさんの人で溢れていた。しばらく見ていたミカはあることに気づき、落胆する。


(エルフ耳も、獣耳も無し、か。・・・うわぁ~、楽しみが減った。こういうのは、色々な種族が混じってるものでしょ)


 そう、町の中にはエルフも獣人も居ない。居るのは人間だけだ。


「買い物したいやつは勝手に行ってろ!! 闘技場はこの道をまっすぐ行けば見えてくる!! 開始まで後、半刻ほどだそうだ!! 次の鐘だ!! スライムを迂回したせいで予定より到着がかなり遅れているから気を付けろ!! ・・・ああ、途中で拾った二人は名前を教えてくれ!!」


 集まったメンバーに運転手が声をかける。


 初めての町にキラキラした目を向けているリリィを軽く小突き、二人は運転手の元へと移動する。


「すみません。出場するのは僕だけでお願いします」


「ん? そうか、名前は?」


「ミカです。本日はありがとうございます」


「ミカ、な。おう、気にすんな。あと、堅苦しいのは無しだ。お前らはどうすんだ? 回ってから来るか?」


「いえ。お金が無いので、そのまま会場に向かうつもりです」


 何とか本戦に出なければ、と呟くミカに、頑張れよ!といって運転手はミカの背中を叩く。バチーン!と良い音。この運転手、なかなか力が強いようでミカは痛みにうずくまっている。


「先行ってるぜ~」


 と、手を降りながら運転手は歩いて行く。

 ミカ達も三十秒程してから追いかけるように門をくぐる。


 中に入って最初にあるのは屋台や土産物売り場。それらが商店街のように並んでいる。とても美味しそうな匂いが胃を刺激する。が、二人はお金が無い。フラフラ~と串焼きを売っている方向へとリリィが歩いて行こうとするのをミカが、パシッ、と手を掴んで止める。

 リリィは驚きの表情でミカを見た後に、屋台の串焼きを見て、ミカへと悲しげな視線を贈る。

 その視線にミカは首を横に振る。

 リリィは絶望の表情でうつむき、自分が手をつないでいることに気づいて赤くなる。

 その態度にミカは、ああ、お腹でも鳴っちゃったのかな? と思い。気を利かせたつもりの、気づいていませんよ、という態度でそのまま、つまり、手をつないだまま道を歩いて行く。

 彼女は、あわあわ、と赤い顔でミカについていく。その表情は恥ずかしそうで、同時に嬉しそうでもあった。




 屋台エリアを過ぎると、入り口の門に描かれていた女性(盾無し)の像が掲げられている、大きな教会のような建物があった。


「よらんのか?」


 まだ少しだけ顔が赤いが、いつも通りの口調でリリィは問う。手はつながれたままだ。


「まあ、神様なんて信じてないしね~」


 ミカはどうでもいいことのように、だからこそ、本当に思っていることを口にしながらその建物をスルーする。リリィはそんな彼を不思議そうに見返していた。


 その建物がちょうど商店街と住宅街の境目になっているようで、向こう側に簡素な住宅が見えている。

 奥に行くにつれて建物が豪華に成っている。一番手前は、テントなのでは? と思うほどの物なのに対して、奥の方は立派な現代日本の一軒屋に近い構造の建物が並んでいる。奥の二軒はもはや豪邸だ。さらに奥にはホテルがあった。

 そこから少しだけ離れたところに、ホテルで隠れて見えなかった建物があった。ここまで来ると人通りがほとんど無くなり、建物の前にはミカとリリィの二人しかいない。その建物は屋根のところにドラゴンの頭部、その下に剣と杖がクロスされているという、なんというか、海賊っぽいマークが付いている木造の建物があった。


「ここは?」


「冒険者ギルド。あのマークがギルドのシンボルだ」


 ミカの問いに、リリィのものではない男の声が二人の真後ろから答える。二人はとっさに振り返る、同時にミカは背後に軽く跳んで距離を開ける。視線の先には・・・・・・誰も居ない。


「へぇ? なかなか良い反応じゃねぇか」


 また、ミカの真後ろから声。


 ミカは見もせずに背後へと回し蹴りを行う。ビュッ!!とその回し蹴りは空気だけを蹴る。空振ったミカは小さく微笑んでいる。


(見えた)


 右から、ピゅ~、と称賛しているような口笛の音。

 それを聞いて、すぐさまへ掌底を打ち込む。


「っ!! とぉ」


 男はとっさにバックステップをして霞むほどの速度で移動する。一瞬でミカの背後を取り、ミカの後ろ首へと手刀を放ち、


「何!?」


 ガシッ、と正面を向いたままのミカに手首を捕まれる。

 ミカはその手を放さないようにしながら背後を振り返る。

 そこにいたのは40後半といった年齢の見た目をした男。その男が驚愕の表情でミカを見ていた。


「今のよくわかったな」


「まぁ、何とか見えましたから」


「・・・余裕を持って防いだ奴がよく言う」


「あなたも明らかに手を抜いていたではありませんか」


 ミカは小さく笑いながら手を離す。男は苦笑いでミカの体を見て、人は見かけによらねぇなぁ~、と呟く。


「さて、お前ら冒険者ギルドに興味あるのか? 何なら、中見てっても良いぜ?」


 いきなり攻撃した相手に、男はギルド紹介を始めた。ミカは苦笑いしながら首を横に振る。ついでにリリィはついていけずに呆然としている。


「いえ、今は遠慮しておきます。興味は有りますが、これから大会へ出場するのでその後にまた来ます」


「お、武闘大会に出るのか? 俺も見るから一緒に行こうぜ」


 ミカは一人歩いていこうとしたが、男が背後から肩を組むようにして寄りかかってくる。男の背はミカより明らかに高く、男は肩を組んでいるつもりだがミカからすると、若干ヘッドロックぎみになっている。男はさりげなくミカの胸を触ったが、ミカは気づかなかった。それどころではなかった。


「痛い!! 痛いです!!」


「おお?悪ぃ悪ぃ。にしても珍しい生地の服だな・・・。そして小せぇなお前」


 男は直接触った服に興味が一瞬向いたが、ぼそりと最後にいらぬ変態発言を一言。彼はミカのことを女と思っているようで、触った目的はこっちだったようだ。


「・・・喧嘩ならあとで買いますよ?」


 ミカは気にしている背のことだと思い睨み返す。前半の言葉は後半の言葉を聞いた瞬間に頭から抜け落ちた。


「まぁ、大きさだけが全てじゃねぇからな。気にすんな」


「もっと大きい方が良いですよ」


「コラ、待て。妾を置いていくな!!」


 二人はそのまま会場へと向かって歩いて行く。そこでようやく再起動したリリィがミカへと文句を良いながら二人を追いかけていった。

 男の視線がリリィのことを警戒するように見ていたことに二人は気づいていなかった。










「へぇ~。これはすごい」


「だろ? これからお前らはここで戦うんだぜ」


「む? 妾は出んぞ?」


 ミカ達は会場に到着した。かなり大きく見た目はローマのコロッセオのようだ。ホテル辺りから上部らしき部位は見えていたが、いきなりの時代変化で信じきれていなかったようだ。

 リリィの返答に「まじか? お譲ちゃんなかなか強そうなのに」と驚いている男を放って置いて、ミカは見つけた運転手の元に行く。


「お。遅かったな? 直接来なかったのか?」


「ちょっと、途中で勧誘をされてしまいまして」


 少し離れたところで、ミカ聞いたか、妾強そう・・・あれ?ミカ?と、同じくほおって置いたリリィの声が聞こえたが無視して続ける。


「試合の詳細は決まりましたか?」


「気が早いな。メンバーはまだだ。ただ、順番は決まった。お前さんは三番目、三ブロックだ」


「三番目、ですね。ありがとうございます」


 他にもミカはいろいろと大会のルールを聞いておく。


「もう中で待機できる。がんばれよ」


 一通り聞き終えたミカは軽く頭を下げて、コロッセオの中に向かおうとする。


「妾を置いて行くでない!!」


 が、リリィがミカへと声をかけて止める。


「いや、だって、こういう控え室には出場者以外入れないでしょ?」


「入れるぞ」


 ミカの疑問にリリィに付いてきたギルド前で会った男が答える。


「付き人は会場の真横で観られるっつう権利がある。その場合は控え室も同じ場所になる。最も、会場の真横は結構危ない所だったりするが」


「そうなんですか。すみません、お礼がまだでしたね。案内していただいてありがとうございます」


 ミカはギルドの男にも軽く頭を下げる。

 

「ああ、良いって。頑張れよ」


 またも頷き今度こそ二人はコロッセオの中に入って行った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る