第9話 崩れる幻想
ミカはいつもの癖でまだ日が上りきる前に目を覚ました。大きなあくびをひとつして立ち上がる。そのまま日課のトレーニングのために道場へと行こうとして立ち止まる。
「?どこ、ここ?」
キョロキョロと周りを見回して、リリィで視線が止まる。
「あぁ、・・・夢じゃなかったんだ。これからどうしよう?」
まだ、眠たそうな目でミカは言う。
とりあえず、温かい火のそばによって、いつも道場でやっているストレッチから始める。まずは、右腕を左へ真っ直ぐ伸ばして左腕で右腕の肘辺りを挟み固定する。そこから左腕を引いて右腕を伸ばす。これを左右ニセット。
今度は、右腕を上に伸ばし、頭の後ろに右手が来るように肘を曲げる。その肘を左手で持って左へ引っ張る。これも左右ニセット。
次に足を伸ばしたまま体を前へと倒す。掌が地面に付き肘を曲げる余裕まである。
体を起こして今度は足を開いて座る。彼の体はかなり柔らかく、足が百八十度近く開いている。そこから、体を前に倒したり、横に倒したりを行い、周りを見回す。
このあとは、いつも弟と二人で行っていたが今はいない。どことなく物足りなそうにしながら今度は筋トレを始めた。
「んぅ・・・」
リリィが目覚めたのはミカが起きてから3時間程たった頃だ。恐らく学校にも遅刻するような時間だ。
とっくに筋トレも終えていたミカはその後にもう一度ストレッチをした後、約二時間もの間、剣を鞘から抜いてはしまうという作業を延々と、時に持ち方を変えたりして繰り返していた。
彼女はくしくしと目を擦りながら周りを見回して首をかしげる。
「? どこ、ここ?」
ミカと同じことを言いながら彼女もミカで視線が止まる。
「おはよー」
「・・・ぅむ。おはよう?」
リリィは状況の整理に時間がかかっているようだがミカに待つ気はない。彼はお腹も空いているし、汗もかいているのだ。水でも肉でも良いからはやくだして貰うために、彼女の頬に左手を添える。
「・・・ふぇ?」
その添えた左手を右手で、パチン!! と叩く。後ろから見ればリリィがはたかれたように見えるだろう。
「ひにゃあ!!??」
リリィはビクン!! と驚いて飛び上がる。ズリズリと後ろに下がり、頬を押さえて何が起きたか分からないといった表情でミカを見返す。
「え? え? な、なん、なに? 何何何何が?」
「汗流したいから、あの水出してもらえる?」
ミカは彼女の疑問を完全に無視して自分の要求を口にする。
「え? み、ミズ? ミズ・・・あ、水。洗浄の水か?」
「名前は知らないけど、昨日血を洗い流してくれたやつ」
まだ、ちょっと混乱している感じだが、リリィは首をかしげながらも昨日の水を出す。
ミカはその水に一瞬だけ入る。やはり苦手なようだ。
「・・・ふぅ。後は、ご飯か・・・。あれしかないんだよね・・・」
・・・抜くか。そう考えた瞬間お腹が鳴る。ミカはため息をついて、
「リリィ、お肉出して」
「あれをまた食うのか?」
とても嫌そうな表情でリリィが言う。
「あれしかないし、リリィは止めとく?」
「・・・・・・・・・食べる」
かなりの間があったが空腹には勝てなかったようで、影から前日に既に切っていた肉を取り出す。二人は昨日と同じように、昨日より少ない量の肉を焼いて、昨日と同じように顔をしかめながら食べる。
(焼き肉のたれが欲しい・・・切実に)
(城に帰ったら、料理人はもっと優遇してもらえるようにお願いせねばな・・・)
食べ終わった二人は外に出てまた歩き出す。リリィは外に出る際、フード付きのローブを羽織っていた。何でそんなもの着るのか?と、ミカが聞くと、
「妾は魔族だぞ? 人間に見られたらどうする」
と、考えてみれば当たり前のことが返ってきた。
日が上りきる頃に二人は整備されている道を発見し、二人は嬉しさのあまりハイタッチをする。さらにミカは虎の子を取り出す。
「これは?」
「僕の国のお菓子。念のためにとってたやつ」
残量三分の一程のグミを一つリリィへとプレゼントする。リリィは初めて見る食べ物をしばらく見つめてゆっくり、恐る恐る口に含み・・・目を見開く。
「おいしい?」
「おいしい。・・・甘くて、柔らかくて」
「それは良かった」
それを見てミカも一口食べる。あんな食事の後なのでとてもおいしく感じる。
そんなやりとりをしながら道を歩いている二人の横を大きな物体が通過していった。
「・・・・・・・・・」
それを見たミカは立ち止まって暫し呆然とする。
「・・・どうしたのだ?」
リリィは心配して声をかける。が、ミカには聞こえず、彼は膝をつき、両手もついて、四つんばいでうなだれる。
「な、何だ!? どこか痛むのか?」
「何・・・で?」
ミカは周りが見えていないようで、うなだれたままボソボソと呟く。
「魔法もある。魔物もいる。このファンタジーの世界で・・・」
リリィにも聞こえないような声で、心のそこから思ったことを呟く。
「何で・・・車が有るんですか・・・」
彼らの横を通過していった物体はミカの故郷でもよく見ていた車にそっくりだった。音はほとんどしていなかったが、そんなものは彼らの故郷にも高いが販売されていた。
夢が、幻想が壊されたといった表情でうなだれているミカの背中をリリィは慰めるように撫でている。彼女の表情は困惑7割心配3割といったところか。
そんな二人に影が射す。ミカは視線を上げ、横を向く。目の前には太いタイヤが。視線をもっと上に上げる。
目の前にたたずむ大きなトラックが二人を見下ろしていた。
「おう、お二人さん、大丈夫か?」
中から運転手らしき、中々の美青年が窓から顔を覗かせている。
リリィはフードで顔を隠しうつむき、ミカは顔を伏せようとして気付く
(このトラック、浮いてる)
タイヤと地面の間によく見なければ分からないほどの隙間があった。
「いえ、ちょっとリアルが、っと、現実が夢を壊してしまって」
ミカは立ち上がり苦笑いしながら言う。この際、リリィはミカの背後にスッ、と移動し隠れる。
「あん?」
困惑した表情でミカを見返す運転手。ミカも自分が何を言っているかよくわかっていない。
「それよりも、お二人さんもラルバの町を目指してんのか?」
「はい。そうです」
ミカはとりあえず話を合わせる。その表情は嘘を吐いているのにとても自然だ。
「まだ結構あるだろ? 乗るか?」
「・・・お金は無いですよ?」
「構わねぇよ。それでも気になるってんなら、あれだ、護衛の依頼だ。報酬は時間。どうだ?」
おいしい話だ。だが、そういう話には裏があるのがお約束。ミカはそう疑い、首を横に振る。
「い「うむ、ぜひ頼む」え~・・・」
が、リリィが勝手に引き受ける。ミカは文句ありげな表情で背後の彼女をみる。ミカに見つめられたリリィは気まずげにしていたが、譲る気はないようだ。表情が物語っている。
歩くの疲れた、と。
ミカはため息を一つ吐いて、トラックから降りてきた運転手を見て言う。
「はぁ、すみません。ご好意に甘えさせていただきます」
「おう、子供は大人に甘えとけ」
そう言って運転手は二人を荷台の方へ案内する。
(このまま誘拐とか、無いよね?)
ミカは運転手を警戒しながらついていく。
運転手が荷台を開ける際は、ギリギリ手が届きそうで届かない距離ですぐに対応できるように身構える。
荷台が開く。
(ウワッ、入りたくないな~)
中には、己の武器とにらめっこしている厳ついオッサンや、武器を研いでいる武骨なオッサン、何やら瞑想のようなことをしている無精髭の生えたオッサンなどがいた。数は合計9人。一人だけいる騎士風の女性が場違いに見える。
「ちょっと狭いが、我慢してくれ」
「うむ、問題ない」
リリィはピョンと荷台に乗る、瞬間中にいた人達が一斉にミカたちを値踏みするかのように見てくる。
リリィはそれらに一切気づいていないかのようにミカに手を伸ばす。
「ほれ、ミカも」
「・・・乗りたくないな~」
誰にも聞こえないような小声で呟きながらミカも荷台に乗る。瞬間、視線の嵐。が、すぐに、半数以上が、まるで興味が無くなったといった感じで自分の世界に戻る。
「じゃ、出発するぞ」
運転手が荷台を閉めて、運転席に戻る。ミカは出口に最も近い場所に片膝を立てて座る。その横にリリィも座る。
「これで、楽に行けるな」
「この空間は、肉体的に休めても、精神的にはむしろ疲れそうなんですが。何この空気・・・戦争でもするの?」
『今日、ラルバで武闘大会があってな、優勝者はなんと、金貨二十枚貰えるんだぜ?』
突然聞こえた声にミカは驚いて、目だけで周りを見回す。が、誰も喋っていない。ミカは小さく首をかしげ、また、声が響く。
『・・・ありゃ? 反応が薄いな、二十枚だぜ? 二十枚』
「・・・この声、運転手さん? ・・・あ、もしかしてここにいる人たちって」
『おう、その参加者だ。なんならお前らも出るか? 手続きしてやるぜ? もちろん、報酬は貰うが』
ミカはその話に考え込む。
彼は今この世界のお金を一切持っていない。どうにかしてお金を得なければならない状態だ。試しに出てみたいが、優勝できなければ報酬が払えない。
「優勝以外に賞金は無いのか?」
ミカが考え込んでいる隣でリリィが、興味を示して質問する。
『二位が金貨五枚、三位がミスリル貨三十枚、四位が銀貨四十枚、本戦出場者にはもれなく銅貨十枚のプレゼントだ』
「それ、主催者儲からなくない?」
だが、貰えるならば出場する価値がある。それに今の情報はミカたちにとって重要な別の価値があった。
(なるほど、一番上が金貨、その下がミスリル貨で、次に銀貨、銅貨。単位は、確証が無いけどたぶん百枚ずつで上がってる、っと)
運転手の話にはお金に関しての情報がたっぷりあった。ミカは鞄から筆箱と新品のノートを取り出して、誰にも見られないようにしながら、得た情報を書き込む。ついでに覚えている範囲で昨日の情報も書き込んでおく。スライムと冒険者、魔法について簡単にまとめ、次のページに『必要なもの、調味料』と書き込んで閉じる。
顔を上げる際、何人かがミカから顔を反らした。本人は気づかなかったが、メモをしている間、周りから変人を見るような目で見られていた。
「ほう、そのような目的で始まったのか」
『おう、だから金を払ってでも行われる。さらに集まる場所は最前線に近い町だからな、強者の多いここが、魔族や魔獣に落とされることはほぼない。大軍や魔王本人が来れば話は別だが、な』
まぁ、そうなる前に最前線の町の方で戦闘になるからありえないんだがな、と運転手。
ミカがメモをしている間、運転手とリリィは話続けていた。何でも、武闘大会は戦力を最前線近くに集めることによって、魔族への牽制としているらしい。つまり、町には少ないだろうが魔族が紛れている可能性が高いということになる。報告するものがいなければ牽制にならないのだから。
(そこまで行けばリリィにも迎えが来るかな)
彼女は自分のことを『貴族のようなもの』と言っていた。ならば、その情報を得た魔族の報告を彼女の関係者が耳にすれば、おそらくだが迎えが来る。これは、彼女にとって好都合なことだろう。ミカはそう考えていた。そしてなにより、
「・・・お金、か」
無一文の彼にとって、賞金が魅力的だった。
「手続きの報酬はどのくらいですか?」
『お? 出場するのか? 報酬は自分が得た賞金の一割だ。これは、ここにいる面子も同じな』
出場しようと乗り気になったミカに運転手が楽しそうな声で取引をする。
「・・・止めておきなさい」
唐突に、騎士風の女性がミカに言う。ミカは女性の方を向くが、女性はミカを見もしない。見てもいないのに、見られているのが分かったのか女性は話を続ける。
「武闘大会の予選はバトルロワイヤル、
「人を見かけで判断するのはよくないですよ?」
弱者、という言葉に少しムッ、としてミカは言い返す。
「ここの約半数、至近距離で顔まで向けている者達の殺気にすら気づかないような素人が、強者?」
女性はこちらを見ないままバカにしたように薄く笑う。ほかの半数、入ったときに顔をすぐに逸らしたメンバーも同じような表情をしている。
(いや、殺気に気づけって、僕は漫画の世界には生きてませんよ。て言うか、周りの。いきなり殺気とかぶつけてたの?)
ミカは心の中で文句を言う。心の中なのは、女性の言っていることが事実なので言い返せないようだ。
「・・・ぬしは、見る目を持っとらんな」
「何?」
言い返したのはリリィだ。ミカはリリィを見る。彼女の表情は不愉快そうにしかめられている。
その表情を見たミカは何故不愉快そうにしているか分からないようで、首をかしげた。言われた女性も不愉快そうにして、リリィを見返す。
「・・・何故ミカまでそんな表情で妾を見る?」
「彼女の言ってることが事実だと思ったから?」
ミカは疑問系で返す。リリィは一瞬だけ女性の方を横目で見る。本当に一瞬で、間近でじっとリリィを見ていたからこそ、ミカは気づいた。リリィはすぐにミカを呆れた表情で見返し、何かを言おうとする。
「
が、何かを言う前に女性が割り込む。本人だからだろうか、彼女も見られたのに気づいていたようだ。
「
「確かにミカは殺気に気づいておらん、その上、己の視覚外に居るものに見られても気づかんほど鈍感だ」
「・・・いや、それだと僕、弱者じゃん」
「少し黙っとれ。・・・ッン。だが、妾はミカの実力を知っておる。ぬしとその横のおんし、二人以外は相手にならん」
リリィはミカを一言で黙らせ、女性とその横に壁にもたれ掛かるようにして立っている二十代後半くらいの男性をそれぞれ見て言う。男性は頬に傷があり、かなり迫力のある顔つきをしている。
「リリィさん、リリィさん。僕、弱者、弱者でいいから。お願いだから挑発しないで? あー、ほら、周りから睨まれてるから。予選で、集中攻撃は、平気だけど、ここに居づらくなるから!!」
最初の評価に文句ありげだったミカはその後の評価を聞いてリリィを止めようとする。周りは己の作業を全員止め、リリィとミカ、特にミカを射殺さんばかりの表情で睨んできている。鈍感な彼でも今は、殺気をビシバシ感じているのだろう。
が、そんなミカのことを二人は無視して続ける。
「ほう?このような男が私と互角、ですか。面白いことを言いますね」
女性の目は氷のように冷たい。その目で見られたミカは若干涙目だ。
「誰が互角と言った? 勝負の形に成るというだけだ。十回中十回、ミカが勝つ。ぬしとおんしの二人掛かりでなら勝機が有るかもしれんな」
これには男性もミカを睨み付ける。
(しかし、全く揺れないな~。このトラックは出発に時間かかるのかな?ラルバってどんな所だろ~)
ミカは視線に耐えきれずに心の内に逃げる。視線は何もない虚空を見つめている。まるで人形のようだ。
「そこまでだお前ら、ラルバに着いたぞ」
運転手が扉を開けながら言う。
「・・・はい?」
そんな運転手を現実に返ってきたミカは困惑した表情で見返していた。
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