閑話1

 ミカが目を覚ます少し前。


「で?どこだよ、ここ」


 三神大蛇おろちは少し整備されている街道の上で歩きながら右横の女性に問いかける。何とか目視できるといった距離に高い建物がいくつか見える。もっとも高い建物は城だろうか。


「ここは、貴方にとって別世界になる場所です」


 女性は背が170後半に入るのではないかという程の高身長。スタイルは出るとこは出て、引っ込むところは引っ込んでいる。腰辺りまである綺麗な金髪を先端でロールにしている。瞳は青色で、腰には少し細い片手剣を、手には刀をそれぞれ鞘に入れたまま持っている。

 彼女は三神家を壊した内の一人で、ミカを攻撃した女性だ。


「いや、まぁ、それは聞いたんだが・・・。」


 彼女の持っている刀は大蛇が持っていたものだ。この平原で気絶している間に取られたらしい。

 大蛇はため息を吐きながら、少し前のことを思い出す。





 彼女の鏡を割った大蛇は光に飲まれ、この平原で気絶していた。


「起きてください!!」


「―――っ!?」


 一緒に気絶していた女性が大蛇より早く目覚め、彼の体を調べてから起こす。このとき、すでに危険なものとして刀となぜか家の鍵を取られていた。

 突然耳元に聞こえた大声に大蛇は驚いて目を開け、とっさに距離をとる。すぐに状況を確認しようと周りを見回し、首を傾げ、


「ここは? ・・・おい、竜兄りゅうにぃはどこだ? それと、その刀、俺のだろ?返せ」


 女性に向けドスの効いた声で問いかける。今にも殴りかかりそうだ。が、女性はそんな大蛇のことに脅えたりせず、一つ一つ答える。


「ここは、貴方にとって別世界になる場所です。竜兄というのが、あのときの方ならここにはいませんでした。おそらく、コクロウの近くでしょう。あと、これらを返すと私が危険になるかもしれませんので今はお渡しできません。安全だと判断したらきちんとお返しいたします。なので、私にしばらくついて来てもらえますか?」


 疑問系で問いかけてはいるが、手が片手剣の柄に置かれている。これは強制だろう。大蛇はため息を吐きながらもしょうがないと了承する。




 直前のことを思い出していた大蛇は少し憂鬱になりながらも質問を変えて問いかける。


「じゃあ、今、どこ目指してんだ?」


「見えている、あの町です。ガルツ王国中央都市カルディナといいます」


 女性は、遠くに見えている町を指しながら答える。


(ガルツ王国、ねぇ? 聞いたことある気が・・・外国にあったか? ゲームか? ・・・なんにせよ聞いたことあるならやっぱり異世界じゃねぇだろ)


 ちなみに、三神兄弟は二人とも世界地図をほとんど覚えていない。本人たちいわく、外国に行く気はない、だそうだ。


「まぁいいや。それよりなんでお前はりゅ「アクリア」・・・は?」


 質問をしようとした大蛇に女性が被せる。何をいっているのか大蛇は分からずに首をかしげる。それを見て彼女が名乗る。


「私の名前はアクリアと言います。貴方の名を聞いても良いですか?」


「俺?」


「貴方以外にいないでしょう?」


 いきなりの問に大蛇は自分を指差して問い返し、呆れたように返される。


「俺は、アキラだ」


 大蛇は堂々と嘘を吐く。大蛇は竜のように疑り深いわけではない。では何故、偽名を名乗ったのか。理由は単純だ。そもそも大蛇はこの名前がコンプレックスだからだ。

 親が神話好きだから、ヤマタノオロチを元に付けられた名前。竜はまだ、普通っぽいが大蛇は別だ。他にこの名前の人物も見たことはなく、ヤマタノオロチについて調べても出てきたのは自分が討伐されるような嫌な話ばかり。


 だから、大蛇は自分のことを知らないならと偽名を名乗る。地元じゃないなら自分のことを知っているものもいない。そう判断して、少し喜んでいた。


 何故、アキラなのかというと、大蛇がやっていたゲームで名前を入力せずに始めたとき主人公の名前がこのアキラになったためだ。これ以来、彼のゲームキャラ名はずっとアキラだ。


「アキラ、ですか。良い名ですね」


 女性は微笑みながら言う。大蛇、改めアキラは何で敵対していた相手にそんなことを言われるのか分からずに首をかしげるが、途切れた質問を続ける。


「それより、何でお前は「アクリア」・・・おま「ア・ク・リ・ア」・・・アクリアは竜兄を攻撃してたんだ?」


 アキラは女性を名前で読んだことがなく何度も言われてようやく名前を呼ぶ。名前を呼ぶときにとても言いにくそうにしていたが、呼ばれたアクリアは少しご機嫌になっていた。


「だって、彼、単身で、しかも武器もなしでコクロウに挑んでいたんだもの。だから、それを止めようとして・・・それにアキラが来る直前は彼を狙ったコクロウの攻撃を防ごうとしてたのよ?」


 いきなり変わった口調に少し戸惑ったが、兄を弱者と思われるのは嫌だったようで口答えするようにアキラは言う。


「・・・ああ見えて竜兄は結構強いぞ?」


「え? 鍛えているようには見えなかったわよ?」


「竜兄は力じゃなく技で戦ってるんだ。見かけだけで判断してたらあっさり負けるぜ?」


「それは、お兄さんは私より強いってこと?」


「ああ」


「へぇ~」


 アクリアは話を聞いて頷き、腰から剣を抜き半回転、隣のアキラへと勢いをつけた突きを放つ。その速度は音速に迫るのではないかというほど速い。


「な!?」


 が、驚きの声を上げたのはアクリアの方だ。完全に不意をついたつもりだった右肩を狙った突きを、アキラは左に一歩ずれるだけで避けてみせた。彼の表情に焦りはない。


「狙いがバレバレだ。何? 今の不意打ちのつもり? 俺に通用しない程度なら竜兄にはどんな状況でも通用しないぜ?」


「・・・参考までにどうして判ったのか教えて貰えない?」


 アキラの挑発に対し、剣をしまいながらアクリアはどこがダメだったのか判らないといった表情で問いかける。


「まず、目だな。頷いているときに鋭くなっていたし、剣を抜く際も一瞬右肩を見ていた。二つ目は半回転したことだな。不意打ちなら動きを最小限にするべきだ。三つ目は、これが一番の理由だな。そもそもアクリアの剣技は真っ正面から正々堂々と戦う類いのものだろ? その剣技で不意打ちはできねぇよ」


「むぅ、あれだけでそこまでわかるの?」


 アクリアはアキラに畳み掛けるように言われて不満げに口を膨らませている。が、同時に楽しそうでもある。


「まぁ、一応家の前でも少し戦っただろ?」


「あれだって、一、二回しか振ってるの見てないでしょ?」


 アキラは言い返せなかった。アクリアは言葉に詰まった彼を見て、フフ、と笑う。


「・・・ねぇ。貴方と貴方の兄どっちが強いの? やっぱりお兄さん?」


「それはどういう強さだ? 力なら俺の圧勝だが?」


「力だけじゃなくて、戦闘で、よ」


 アキラは顎に手を当てて考えるような体制で答える。


「一応は俺か? 勝ち越してるしな。ただ・・・」


「ただ?」


「俺と竜兄は強さの質が違うんだよ。俺は正面から戦うタイプで、竜兄は相手の意表を突いたりして戦闘運びが上手いっていうのか、ああ、あと攻撃を回避したりが得意だ。そういうスタイルだから何度も闘うと技の対処法ができちまうんだ。

 竜兄の攻撃は初見殺し。俺は竜兄の初出しの攻撃を捌けたことがない」





 そのような会話をしているうちに門が見えてきた。城も高い建物(この距離だとファンタジーの貴族の家のように見える)もまだそれなりに距離がある。中央都市と言うだけあってかなりの広さがあるようだ。


 門の前には人がズラーっと並んでいる。


「うわっ、人がびっしり・・・。何待ちだよ?」


「一般や商人の通行証の確認待ちね。それに見た目ほどは並んでないわ。ほら前の方、魔動輪があるでしょ?」


 おお~、何かファンタジーっぽい、と思っていたアキラはアクリアの示した方を見て


「ええ~・・・」


 やっぱりファンタジーは幻想なんだと思い直す。そこにあったのは、雰囲気ぶち壊しな車であった。トラックもちょうど門をくぐっている。

 そんなアキラの反応を、待たされるのが嫌なんだ、とアクリアは思い込み、


「大丈夫、こっち来て」


 アキラを引っ張りほとんど人のいない門の前に移動する。


「ちょっと待ってて」


 アクリアは一人で門番のところに行き、カードのようなものを見せている。それを見る前から門番は慌てて何かを書き込み、上司のような人が頭を下げて門を開けさせる。


「お待たせ」


 そう言ってアクリアはアキラの手を引き、門を潜ると振り返って言った。


「ようこそ!! 私たちの町、中央都市カルディナへ」


 その笑顔はとても綺麗で、
























「いや、歓迎するなら刀返せよ。あと、家の鍵」


 アキラには特に響かなかった。

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